第41話「100円グッズから逃れられると思うなよ」
「処刑?
それは無理だね」
俺はアルフォンの前に進み出た。
死の宣告をしたにも関わらず、俺が少しも動じていないので、奴は明らかに動揺している。
「俺がさっき、お前の体に水をまいたのは、消火のためだとでも思ったか?」
「何だと!?」
「知ってるよな?
高位の魔法使いは、離れた場所から水を爆発させることができる。
しかもここにいるのは、エスラーダ最強の魔法使いだ」
俺の視線に応えるように、フローラム執政官は両手のてのひらを、アルフォンに向けた。
さっきまでの疲れ果てた様子は消え失せ、その姿には力と自信に満ち溢れている。
「や……やめろ……」
アルフォンは自分の置かれた立場を悟ったようだ。
死の宣告をされたのは、自分のほうだったのだ。
エスラーダの人々や執政官にした仕打ちを思うと、もうちょっと痛めつけてやりたいところではあるが、こいつには今後、いろいろと白状してもらわなくてはならない。
「部下を武装解除させろ」
「く……」
アルフォンはついに観念し、部下たちに目配せすると、その場に座り込んだ。
衛兵たちはこの男との雇用関係が終了したことを悟ったのだろう。
次々と剣を投げ捨てた。
「今度こそ、裁判に出廷してもらうぞ」
俺はアルフォンの両手を「結束バンド(100円)」で縛ったうえで、「シンプル革製首輪(100円)」を首に巻き、「犬用リードスライドストッパー付き(400円)」を取り付けた。
「ヒャクエングッズから逃れられると思うなよ。
さあ、エスラーダまでお散歩の時間だ」
俺はアルフォンの首につながれた犬用リードを引っ張った。
***
グレイドの先導で町の中心広場に到着すると、集まった住民たちの歓声はいっそう大きくなった。
フローラム執政官が馬車から降り立つと、広場は爆発的な拍手に包まれた。
俺たちはといえば、感動よりも空腹のほうが勝っていた。
なにせ昨夜はカップスープだけだったのだ。
「おお、戻ったか!」
人垣をかき分けて走ってきたのはミリアンの祖父、レバリスだった。
その後ろには、マジックギルドの魔法使いたちもいる。
「おお、よくぞ無事で……。
報せを聞いたときは腰を抜かしたわい」
「俺たちも何度か腰を抜かしかけましたよ」
レバリスはミリアンの顔を見て、目を見開いた。
「ミリアン。
お前……魔力の質が変わっておるな」
「え?」
「氷結の魔法を実戦で使いこなしたのじゃな。
しかも、火炎の呪文を物質に定着させたと見える。
……見違えたぞ」
「おじいちゃん……」
ミリアンの目に涙が浮かんだ。
祖父に認められたことが、何よりも嬉しかったのだろう。
「マロンちゃーん!」
ケンイチが飛んできて、マロンの肩に着地した。
「無事だったか!
心配したんだぞ!」
「ああ。
お前のおかげで洞窟に入れた。
礼を言うよ」
「えへへへ。
俺はまあ、洞窟の入り口で番をしていただけだけどな。
それよりマロンちゃん、その髪に絡まった蜘蛛の巣、取ってあげようか?」
「え、蜘蛛の巣?
どこ?」
「ここここ、じっとして」
ケンイチはマロンの髪の上をちょこちょこと歩きながら、蜘蛛の巣を器用に取り除いた。
マロンはくすぐったそうにしながらも、されるがままだ。
……あのな、ケンイチ。
蜘蛛の巣なんて最初からなかっただろ。
俺の目はごまかせないぞ。
「ミノル殿!」
振り返ると、道具屋のスロビーが大柄な体を揺らしながら走ってきた。
その足元には、小さな緑色の影がちょこちょこと付いてきている。
「ミーちゃん!」
ミリアンがしゃがみ込むと、ミーちゃんは警戒するどころか、彼女の膝にぴょんと飛び乗った。
「ニャアオン」
「あらあら、すっかり懐いたな」
マロンがミーちゃんの頭を撫でると、オークの子どもは気持ちよさそうに目を細めた。
以前は凶暴で手がつけられなかったことが嘘のようだ。
「いやあ、お前さんたちが教えてくれた方法で毎日遊んでやったら、すっかりおとなしくなってな。
今じゃ店の看板娘だぜ」
「看板『娘』だったのか」
「ミーちゃんは女の子だよ。
知らなかったのか?」
知らなかった。
***
その夜、広場で宴が開かれた。
住民たちが持ち寄った料理がテーブルに並び、エールの樽が惜しみなく開けられている。
俺も「光るブレスレット12本入り(100円)」を配って回ったところ、子どもたちに大人気で、広場のあちこちで色とりどりの光の輪が揺れていた。
「こりゃあ凄い!
宝石が光っているようだ」
ガイラスが腕にブレスレットを巻いてはしゃいでいる。
その横で妻のエレクトラが呆れた顔をしていたが、やがて自分も一本を手首にはめると、まんざらでもない表情を浮かべた。
「あんた、今夜くらいは楽しんでいいよ」
「おう!
……いいのか?」
ガイラスの顔がぱあっと輝いた。
奥さんに弱いのは相変わらずだ。
モエカは地元の子どもたちに囲まれ、剣の型を見せてくれとせがまれている。
普段は恥ずかしがりそうなものだが、今夜は上機嫌で、木の枝を剣に見立てて基本の構えを教えていた。
マロンはミーちゃんを膝に乗せたまま、スロビーやガイラスとエールを酌み交わしている。
ケンイチはマロンのマグカップの縁に止まり、エールのしずくを舐めては「くーっ、うめえ」と小さな声で叫んでいた。
みんな、笑っている。
ほんの数日前まで、この町はメタルオークに襲われ、執政官をさらわれ、絶望に沈んでいたのだ。
それが今はこうして、温かい食事を囲んで笑い合えている。
俺はエールを片手に、この光景をしばらく眺めていた。
「ミノル」
気がつくと、モエカが隣に立っていた。
子どもたちの相手を終えたらしく、額にうっすら汗をかいている。
「ちょっと……いい?」
モエカは広場から少し離れた、建物の影に俺を連れ出した。
宴の賑わいが遠くに聞こえる。
「あのさ」
「ん?」
「洞窟で言ったこと……覚えてる?」
「全部終わったら言いたいことがある、ってやつか」
「うん」
モエカは腕を後ろで組んで、目線を少しそらした。
「私ね、この旅が始まる前は、剣の腕を上げることしか考えてなかったの。
父に認めてもらうことが、全てだった」
「……」
「でもね。
ミノルと旅をして、ミリアンやマロンと出会って、一緒に戦って……。
剣の腕なんかよりも、ずっと大切なものがあるって気づいたの」
モエカは俺のほうを向いた。
光るブレスレットの光が、遠くから彼女の瞳をかすかに照らしている。
「あなたがこの世界にいてくれて、よかった」
「……」
「それだけ。
言いたかったのは」
俺は少しだけ拍子抜けした。
もっと重大な告白が来るのかと身構えていたのだ。
だが、彼女の声の震えと、まっすぐな瞳を見て、その言葉の重さが分かった。
魔法を邪悪だと信じていた少女が、仲間を信じ、自分を変え、ここまで来た。
その全てを振り返った上での一言なのだ。
「俺もだよ」
「え?」
「この世界に来てよかった。
お前たちに会えてよかった。
……心からそう思ってる」
モエカはしばらく黙っていたが、やがて、ふっと笑った。
「なんだ。
同じこと考えてたんだ」
「みたいだな」
「……ふふ」
それ以上の言葉は必要なかった。
俺たちは並んで広場に戻り、仲間たちの輪に加わった。
宴はまだまだ続いている。
グレイドが酔っ払ってエスラーダ民謡を歌い出し、レバリスが魔法で花火のような光を夜空に打ち上げた。
ミリアンとマロンが手拍子をしている。
ケンイチはいつの間にかミーちゃんの背中に乗っかって寝ていた。
光るブレスレットに照らされた広場は、まるでこの世界のものとは思えないほど美しかった。




