第35話「俺の言っていること、信じてくれるのか?」
「マロンちゃん……ていうんだ。
可愛い名前だね」
ケンイチは虫かごの中で喋り続けていた。
隊列の三番目を歩くミリアンが虫かごを持っているので、ケンイチから見ると最後尾のマロンを下から見上げているようなアングルになる。
「そうかな。
ちょっと、子供っぽくないか?」
「そんなことないって。
僕の故郷では、マロンという言葉は愛や夢への憧れを意味しているんだよ」
「へぇー、そうなのか。
それは嬉しいな」
そりゃ、マロンじゃなくてロマンだろが!
と、突っ込みたいところだが、ここで突っ込んだら俺が日本人だとバレてしまう。
いずれバレるとしても、まだ早い。
「そのピアス、似合ってるね!
もしかしてお手製?」
マロンは少し頬を赤らめて、銀色の耳飾りに触れた。
言われてみれば、ちょっと変わったデザインかもしれない。
「うん。
よく分かったな。
真鍮の板を加工して作ったものだ。
不格好だが、母から教わりながら、時間をかけて作ったものだ。
私にとっては思い出のものなんだ」
「不格好なんてとんでもない!
とてもセンスがあると思うよ。
強さと繊細さを併せ持ったデザインは、マロンにぴったりだよ」
「そうか。
ありがとう。
そんなふうに言ってくれたのはお前が初めてだよ」
おいおい!
なんか妙な雰囲気になってないか?
この蜂は、俺を半殺しにした腐れ外道だぞ!
甘い言葉の裏で、どんな悪どいことを考えているか、わかったもんじゃない。
だいたいこいつ、男女で態度が違いすぎるだろ。
人称代名詞まで、いつのまにか「俺」から「僕」に変わってるし。
俺はイライラして、ミリアンの水鉄砲でケンイチを凍らせたい衝動に駆られた。
だが、そんなことをしたらマロンに怒られそうだ。
いまや完全に奴の術策にはまっている。
だいたい、エスラーダでは醜悪なオークの子どもを可愛いとか言っていたし、彼女はちょっと感覚がおかしいところがあるのだ。
そのとき、モエカの声がした。
「メタルオークの足跡、見失ったみたい」
当初は土の地面だったが、山を登っているうちに岩が多くなり、足跡が残りにくくなってしまったようだ。
「まずいな。
唯一の手がかりだったのに……」
俺たちは立ち止まって周囲を見渡したが、とくに痕跡はなく、いよいよどっちに向かえばいいのかわからなくなってしまった。
「メタルオークって……あの、鎧を着た怪物たちのことか?」
ケンイチがポツリと言った。
「知っているのか!?」
俺たちは虫かごを覗き込んだ。
「ここに来る途中で、洞窟に入っていくのを見たぞ」
「教えろ!
それはどこだ?」
「……どうするかなあ。
そんな上から目線で言われてもなあ……。
まずはこの箱から外にだしてもらわんと。
話はそれからだな」
こいつ……ぶっ殺したろか!
「ミノル、出してやってもいいんじゃないか?」
悲しいことに、マロンがケンイチの肩を持つ発言をした。
「だが、そいつ、また俺を攻撃するかも……」
ミリアンは腰をかがめ、ケンイチに話しかけた。
「ケンイチさん、お願いです。
協力してください。
メタルオークを操っているメタルギルドをやっつけることは、大天使ザクウェルさまのお望みでもあるのですから」
「……ミリアンちゃん。
俺の言っていること、信じてくれるのか?」
「もちろんです!」
ミリアン……君は正直者だな。
しかたない。
ちょっと方針を変えよう。
「そう言えば、聞いたことがあるな。
大天使の望みを達成すれば、
もとの姿に戻れると……」
「なに!
それは本当か?」
ケンイチは俺の話に食いついた。
「ああ。
お前が本当に大天使から召喚されたのだとしたら、メタルギルドを倒すことで、人間に戻れるはずだ」
「やはりそうか。
俺がこの世界に召喚されたのは、そのためだったんだ……」
「協力して……くれますね?」
「……わかった」
「ケンイチ、もうミノルのことは襲わないと約束してくれるな?」
「……ああ。
わかった」
マロンは承認を求めるように俺を見た。
しかたない……解放してやるか。
虫かごの留め具をはずし、蓋を開けると、ケンイチは勢いよく飛び出した。
俺の顔の横を通り過ぎる際、奴は小さな声で囁いた。
「俺が勇者だと証明してやる。
あとで吠え面かくなよ」
くそ。
やっぱりムカつく奴だ。
だが実際のところ、今は奴の情報だけが頼りなのだ。
ケンイチは舞い上がると、体をストレッチするようにぐるぐると回ってみせた。
「このあたりは俺にとっては庭みたいなもんだ。
ついてきな」
***
ケンイチの案内に従って山奥へと進むと、岸壁に大きな洞窟が口を広げていた。
しかもその前では、一体のメタルオークが見張りをしている。
どうやらここが敵の本拠地と見て間違い無さそうだ。
「ほら、俺の言った通りだろ。
感謝してもらおうか」
「ありがとうございます。
ケンイチさん、凄いです!」
ミリアン、ケンイチが調子に乗るから、あまり褒めなくていいぞ。
「残念だが、俺のこの昆虫の目は暗い場所が苦手でな。
いっしょに洞窟の中に入ることはできない。
だが、世界を救う勇者として、やれることはやるぞ」
「ケンイチ、何をするつもりだ?」
「マロンちゃん。
少しの間だったけど、楽しかったよ。
人間の姿に戻ったら、また会ってくれるか?」
「ああ。
もちろんだ」
「ありがとう。
俺があのメタルオークを追い払うから、その隙に洞窟に駆け込むんだ」
そう言うと、ケンイチは一直線にメタルオークへと襲いかかった。
おい、相手は鎧を着てるんだぞ、どうするつもりだ?
ケンイチはメタルオークのフェイスガードから、ヘルメットの中に入った。
「ギャアアッ!」
メタルオークは叫び声を上げながら体をよじらせた。
ケンイチがヘルメットの中で暴れまわっているようだ。
奴らのヘルメットは自分でははずせない構造になっている。
これはかなりキツい拷問だろう。
「やるじゃねえか」
俺はちょっとケンイチを見直した。
今度、奴と会うことがあったら、いちおう勇者だと認めてやるか。
「いくぞ!」
俺たちは門番が苦しみもがいている隙に、洞窟の中へと駆け込んだ。




