第31話「久々に燃えてきたぜ!」
「私、氷結の魔法水が作れるようになったんですよ」
そう言ってミリアンが得意そうに取り出した小瓶には、僅かに青みがかった水が入っていた。
「氷結の魔法……マジックギルドで炎を消す時に使ったやつか」
「はい。
火を噴くような怪物が出てきても対抗できますよ」
「ありがとう。
もらっておくよ」
俺は火炎の魔法水を左側の胸ポケット、氷結の魔法水を右側の胸ポケットにしまい込んだ。
左右を間違えて使うと、場合によっては命取りになる。
そのうち分かりやすいようなラベルを貼ることにしよう。
「ミリアン、すごいね。
こんな短時間で新しい魔法を覚えちゃうなんて!」
モエカはミリアンの偉業に驚いていた。
俺は魔法を習得するための方法も難易度も知らないが、どうやら凄いことらしい。
「はい。
マジックギルド滞在中に、いろいろ教わりました。
私も皆さんのお役に立ちたいですから」
いや俺なんかより十分に役立ってるから。
相変わらず健気な子だ。
この旅は命の危険もあるんだぞ。
「ミリアンが一緒に来てくれるのは嬉しいけど無理はするなよ。
君に何かあったら、おじいさんに会わせる顔がないからな」
「 大丈夫ですよ。
ミノルさんの使命は、大天使ザクウェル様の勅命でもあるんですから。
マジックギルドにとっては最優先事項です」
「な、なるほど」
マスター・レバリスが俺の話を信じてくれたことは嬉しい。
しかし、ザクウェルも俺のことをこの世界へ呼ぶだけ呼んどいて、あと放置だもんな。
もしかしてもう、忘れられているんじゃないだろうか?
「なあ、ミリアン。
もしかしてその氷結魔法を使えば、ぬるくなったエールをキンキンに冷やせるのか?」
俺の憂いをよそに、突然、マロンが思いっきり個人的な質問を投げかけてきた。
「は……はい。
透明な容器があれば……多分」
「よしっ!
そいつは楽しみだ!」
「おいおい。
ミリアンは冷蔵庫じゃねーぞ」
俺は思わず突っ込んだが……この世界の住人に冷蔵庫って言っても通じないか。
まあしかし、マロンのすっとぼけた態度のお陰で、少し心が楽になった気がする。
仲間ってのはいいもんだ。
「よし、町を出る前に、メタルオークの目撃情報が欲しいな」
「それなら、ゲート広場がいいだろう。
噂が集まる場所だ」
さすがマロンはエスラーダに詳しい。
俺たちはマジックギルドを後にすると、 エスラーダの入り口近くにある広場へと向かった。
***
「あいつらは、北方の山岳地帯に向かったよ」
ガイラスと名乗るその男は、メタルオークの隊列を、町の外まで追跡したという。
ダンディな口髭、軽くカールした短い髪。
年齢的には俺よりは少し上に見える。
涼しげな眼差しとは対照的に、タンクトップから垣間見える屈強な大胸筋は、日頃の鍛錬を物語っている。
「メタルギルドの兵士は約10人。
鎧の怪物は少なくとも20匹はいたかな」
「執政官の姿は見えたか?」
「ああ。
フローラム様は拘束されて、怪物の背にくくりつけられていたよ。
お可哀そうに……」
「 あの鎧の中身だが、巨大化されたオークだったよ」
「……そうか。
言われてみれば、あの歩きかたや手足のバランスは、オークの特徴だな。
それで山に向かったのか……」
「 どういう意味だ?」
「あいつら……オークたちは、山岳地帯の洞窟を住処にしていることが多いんだよ」
「なるほどな。
ありがとう。
助かったよ」
俺たちが礼を言って立ち去ろうとすると、ガイラスが小走りに追いかけてきた。
「ちょっと待った!」
「?」
「なあ、俺も仲間に加えてくれよ。
フローラム様をさらわれたとあっては、エスラーダの住人として見過ごせないんだ」
ガイラスからの意外な提案に、俺たちはどうしたものかと顔を見合わせた。
こういうとき、いつも慎重なのはモエカだ。
「あなたの気持ちは嬉しいけど、とても危険な旅だってこと、わかってる?」
「ああ。
もちろんだ。
こう見えて、俺もかつては冒険者だったのさ。
オークたちを退治するため山岳地帯にも行ったことがある。
何度もな。
きっと頼りになるぜ」
「おお」
「 でも……メタルオークは
魔法で強化されているのよ。
しかも、金属の鎧をまとっているし……」
「 俺は、格闘技の使い手だ。
美しい魔法使いとコンビを組んだ武勇伝は、ここら辺じゃちょっと有名なんだぜ」
ガイラスは懐から金属製の鉤爪を取り出し、腕に装着した。
格闘技の構えをしてみせたが、それなりに様になっている。
モエカはどうするべきか判断を求めて俺のことを見た。
俺としては足手まといにならないのであれば、仲間は多いほうが嬉しい。
しかも土地勘があり、オークとの戦闘経験もあるというのであれば、申し分はないだろう。
「歓迎するよ、ガイラス。
俺はミノル。こっちはモエカ、マロン、そしてミリアン。
よろしく頼むな」
「おう。
任せておけ!
久々に燃えてきたぜ!」
ガイラスは自分の胸をドンと叩いて見せた。
冷静に考えると、マロンとミリアンと俺は遠隔攻撃担当なので、直接的に敵とぶつかり合うことができるメンバーが増えたことは、戦闘ではかなり有利に働くだろう。
「それじゃ、さっそくだけど、案内してくれるか?
北方の山岳地帯へ!」
「おう、
ついてきてくれ!」
俺たちはガイラスに続いて、ゲート広場から出ると、エスラーダの町を後にした。
町の北方を見やると、確かに遠方に山岳地帯が見えた。
幾重にも山並みが連なり、地形も険しそうだ。
これは覚悟して挑む必要があるだろう。
先頭を歩くガイラスは、ツアーコンダクターのように身振りを交えて喋りはじめた。
「ここら辺は平地で見晴らしがよいし、危険な獣も出てこない。
早めに移動して、陽のあるうちに距離を稼いでおく方がいいだろう。
みんな……武器が重そうだな。
どれか持ってやろうか?」
モエカとマロンは大丈夫という表情をしたのでガイラスはミリアンに手を差し伸べた。
プラスチックの水鉄砲とはいえ、タンクには魔法水が満たされている。
歩くたびにタプタプと波を立てるので持ちにくそうだ。
「ありがとうございます!」
ミリアンはガイラスに水鉄砲を渡した。
「でも、衝撃が加わると氷結の魔法が発動しちゃうので
気をつけてくださいね」
「お、おう」
ガイラスは慌てて水鉄砲を両手で持ち直した。
「ちなみにオークの攻略法も教えておこう。
奴らは集団で行動するとなかなか厄介だが、狭い場所では上手く立ち回ることができない。
地形を利用して戦うのが基本だ」
「なるほど」
「とはいえ、このパーティーなら安心だな。
俺が現役冒険者だったころは魔法使いとの二人組だったが、剣士に弓使いもいるからな……」
「あれを見て!」
ガイラスの言葉を遮って、モエカが叫んだ。
彼女が指を差した方向を見ると、巨大な鎧の兵が一体、近づいてくるのが見えた。
「メタルオーク!」
同時に敵もこちらに気づいたらしい。
殺意に満ちて大剣を振り上げると、雄叫びとともに襲いかかってきた。




