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第27話「こんなことを続けていたら、いずれ食い殺されるぞ」



「カワイイ」の定義は実に多様だ。


 ミーちゃん(オークの子ども)は確かに毛がフサフサで、手足が短くて目が大きいという点においては可愛さの条件を満たしているかもしれない。

 しかし、鋭利な牙は口からむき出しており、今にも人間を食い殺そうとしている様は凶暴な猛獣だ。

 そういえば俺が元いた世界でも、かわいがって育てていた大型の豚に飼い主が食われた事件があったっけ。

 後には骨も残らなかったとか。


 身震いする俺をよそに、マロンは口元に手を当て、名探偵のようなポーズで考えこんでいた。


「どんなふうにエサを食べるのか見てみたいのだが、

 試しにエサをやってみてもらえるか?」


「あ、ああ。

 わかった。

 鶏肉が好物なんだ」


 道具屋の主人は近くにあった壺の蓋を開けると、鶏肉と思われる肉片を小鉢にとりわけた。

 主人を先頭に、ミーちゃんがいる2階へと階段を上っていく。


 2階は寝室だった。

 窓が閉め切られているため、昼間だというのに薄暗い。

 よく見ると、部屋の隅で大きな金色の目がこちらを睨んでいた。


「ミーちゃん。

 ごはんの時間だよ」


 道具屋はオークの子の1メートルほど手前に小鉢を置くと、さっと身を引いた。


「なぜ下がる。

 いつもそうやってエサを与えているのか?」


 マロンは厳しく問い詰めた。


「近づきたいのはやまやまだけど、俺まで食われちまうから……」


 店主はビビっているが、当然の反応だ。

 ミーちゃんは死んだ鶏の肉より、新鮮な人肉のほうを好むだろう。


「そんなことをしていては、いつまでも懐くことはないぞ。

 小鉢を持ったまま近づくんだ」


 へええ……手厳しい。

 店主はゴクリと唾を飲み込むと、決心したようで、いったんは床に置いた小鉢を拾い上げた。


 フーッ!


 ミーちゃんが低い唸り声を上げた。

 エサを取り上げられたと思ったのかもしれない。

 大丈夫なのか?


「ミーちゃん。

 大好きな鶏肉だよ……」


 店主は小鉢を持ったままオークに近づくが、小鉢を持つ手が震えている。


 シャーッ!


「いでぇっ!」


 ミーちゃんの素早い右フックが店主の手を捕らえ、彼は思わず身を仰け反らせた。

 右手の小指の付け根から出血している。


「くうぅ~っ」


 さすがに見かねて俺は声をかけた。


「なあ、オヤジ。

 諦めたほうがいいんじゃないか?

 こんなことを続けていたら、いずれ食い殺されるぞ」


 店主は右手の傷を左手で抑えながら、苦痛に顔を歪めている。


「そうかもしれねえ……。

 そうかもしれねえが、この子を自然に返したら、きっと冒険者に殺される。

 俺には……見放すことはできねえんだ」


 そういえば相談所の掲示板に「オーク退治」の依頼が貼ってあったのを思い出した。

 確かに子どものオークが一匹で生き残るのは難しいのかもしれない。


「モエカ……。

 あのオークの動き、見きれるか?」


 突然マロンがモエカに問いかけた。


「え?

 あの攻撃を避けられるかってこと?」


「そうだ。

 お前の得意分野だろう?」


「そうね……。

 精神を集中して気配を感じ取れば、避けられる……と思う」


「なら、頼む。

 店主の代わりにエサをやってみてくれ」


「……わかった」


 おいおい、大丈夫か?

 今まで相手してきた大型の怪物よりも、このオークのパンチは素早いぞ。


 モエカは鶏肉の入った小鉢を店主から受け取ると、ミーちゃんに近づいた。


「さあ、どうぞ。

 召し上がれ。

 美味しいよ……」


 フーッ!


 オークの子は唸り声を上げながら、大きな金色の瞳でモエカの手を睨んでいる。

 今にも攻撃しようとしているようだが、ピクリとも動かない。


 モエカは少しずつにじり寄り、距離を縮めていく。


 そのとき――


 なんと、ミーちゃんはエサをパクパクと食べ始めた。


「な、なんだと!」


「そんな、ばかな!」


 俺と店主は同時に驚きの声を上げた。

 モエカはいったいどんな技を使ったというのだ?

 もしかしてオークはオッサンが嫌いで美少女が好きなのか?


「マロン、これはいったいどういうことなの?」


 当のモエカも事情がわからないようだった。


「恐怖だよ」


「恐怖!?」


「そう。

 野生の動物は、相手の緊張感を感じ取ることができるんだ。

 相手が緊張していれば、恐怖を感じる。

 だから攻撃的になるんだ」


「……つまり、怖がっていたのは、オークのほうだったということ」


「その通り。

 モエカはミーちゃんの攻撃を100%避ける自信があったから、緊張感も無かった。

 だから、ミーちゃんも安心したわけだ」


 道具屋の主人は、まだ信じられないといった表情をしていた。


「俺が、恐る恐る接していたことが、原因だったということか?」


「それもあるだろう。

 だが、そもそも幼少期に人間の攻撃を受けたことで、恐怖感を植え付けられてしまったのかもしれない」


「……そうか。

 だが、いきなり怖がるなと言われても、俺にできるかな……」


「一緒に遊んでやればいい」


「遊ぶ?

 この子と俺が?」


「そうだ。

 距離を置いて遊んでいるうちに、

 お互いの緊張は解けていくはずだ」


「うむう……」


   ***


「やった、やったぞ!

 ミーちゃんが、俺の手からエサを食った!」


 店主は感動のあまり泣いていた。

 あれほど凶暴だったオークの子が、店主のてのひらに乗せられた鶏肉を、穏やかに食べている。

「猫じゃらし作戦」が見事に成功した瞬間だった。


 オークの子と道具屋の主人を遊ばせる方法を考えたとき、まっさきに俺の頭に浮かんだのが「猫じゃらし」だった。

 しかし、実際に100円ショップへと飛んで現物を見てみると、柄の部分があまりにも脆く、オーク用としては使えそうになかった。

 そこで魚釣り用の「釣り竿(100円)」と猫用の「ネズミのオモチャ(100円)」を買ってきて、つなぎ合わせた。


 竿も道糸も充分な長さと強度があったので、店主は距離をとってミーちゃんと遊ぶことができた。

 しばらくそうしているうちに、お互いすっかりリラックスできたというわけだ。


「マロン。

 よくオークの習性がわかったな」


 俺が問いかけると、マロンは照れくさそうに笑った。


「野生の猫を飼いならす方法を適用しただけさ。

 たまたま上手くいったけどな」


 うーむ。

 猫とオークは似ても似つかないが、共通点はあったということか。


 そのとき――


 オークの子は大きく欠伸をしたあと、俺たちに向かって鳴き声を上げた。


「ニャア」


 え?


 今、変な声で鳴かなかったか?


 オークの子どもは近づいてくると、俺の足に体を擦り寄せてまた鳴いた。


「ニャアオオン」


 え、ええっ?


 俺たちは顔を見合わせた。


 


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