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第26話「人間を見たら、殺そうとするはず」



 エスラーダの相談所はメインストリートの中心近くにあったので、すぐに見つかった。


「賑わってるわね!」


 モエカは元気いっぱいだが、俺は眠いうえに体の節々が痛い。

 せっかく200ルビイも払ってベッドが3つもあるスイートルームに泊まったというのに、昨夜は3人ともカウチで寝てしまったのだ。


「荒くれ共のたまり場だな」


 マロンは昨夜のことなど無かったかのように気丈に振る舞っている。

 最愛の婚約者を失った彼女の心情を思うと気がかりでならないが、彼女自身ができるだけ自然に振る舞おうとしているのなら、俺もそうするべきだろう。


 相談所の中に入ると、学校の黒板のような横長の掲示板に、様々な依頼紙が貼り付けてあった。

 大天使は俺に「この世界を救ってほしい」と依頼したが、そのために何をすればいいのかは教えてくれなかった。

 おかげで俺は、こうして自分で世界の状況を探り、目的を見つけなければならないのだ。


「オークの退治」「輸送品の護衛」「窃盗品の発見」……


 世界の命運に関わるような重大事は見当たらないが、それなりに重要性が高く、やりがいのありそうな相談も多い。


「どれも町の外に行く必要があるものばかりね……」


 モエカがぼやいた。

 俺たちは王国軍から指示があるまで町から出るなと言われているからだ。


「裁判の日まで何もせずに待っているのもなんだし……。

 ひとつ軽いやつを引き受けてみるか?」


「そうねえ……」


 掲示板を横に移動しながら、エスラーダの町の中だけで完結しそうな相談を探してみる。


「これなんかどうだ?」


 マロンがひとつの張り紙を指差した。


『ペットのミーちゃんが懐かず困っています。

 動物に詳しいかた助けてください。

 報酬:50ルビイ。

 依頼主:道具屋のスロビー』


 報酬、安っ!

 しかも世界を救おうとしている時に、ただのペットのお悩み相談じゃねえか。

 マロン、なぜこれを選ぶ?


「た、確かに簡単そうだけど……」


 モエカも気乗りしない様子だ。

 そりゃそうだろう。

 彼女の目的は剣術の熟達にある。

 ペットの世話じゃない。


 だが、マロンの意思は既に固まっている様子だった。


「村でも猫を飼っていてな。

 野良猫を飼い慣らす難しさはよく分かる。

 なぜか、放っておけなくてな……」


 そういえばマロンの村で何匹か猫を見かけた気がする。

 マロンは恋人を失った焦燥感から、癒やしを求めているのかもしれない。

 そう思うと、もう俺には否定することはできなかった。

 それに、依頼主は道具屋のようだ。

 恩を売っておくのも悪くない。


「よし、やろう!

 マロンは動物に詳しそうだしな」


「うん。

 任せてくれ!」


 マロンが嬉しそうに返事をしたので、モエカもしぶしぶ頷いた。


   ***


「ペットって……オークなの!?」


 驚愕するモエカに、道具屋のスロビーは巨体に似合わず恥ずかしそうな表情をした。

 背が高く肉付きもよい大男だが、性格は穏やかで優しそうだった。


「オークを飼ってるなんて変だと思うだろうけど……俺にとっては家族みたいなもんなんだ。

 オーク討伐をした冒険者がうちに連れてきたときは、傷だらけで弱ってた。

 それから俺はミーちゃんに、エサを与え、体を温め、大切に育ててきたんだ……」


 俺は呆れ顔のモエカに近づき、小声で基本的なことを確認した。


「オークって何だ?」


「……オークは、小型だけど凶暴な怪物よ。

 人間を見たら、本能的に殺そうとするはず」


 まじで?

 そんなん、いくら人間に育てられたからって、懐くのか?


 マロンの様子を見ると、明らかに落胆している。

 そりゃそうだろう。

 癒やしを期待してやってきたのに、相手が子鬼だもんな。


「マロン……どうする?

 この依頼……断るか?」


「……いや、

 乗りかかった船だ。

 やれるとこまでやろう」


 マロンはいったん「やる気スイッチ」が入ってしまうと、後には引けないタイプのようだ。

 しかたない。

 つきあうか。


「オヤジ。

 じゃあ、とりあえず、会わせてくれよ。

 ミーちゃんに」


「うむ。

 奥の部屋にいる。

 来てくれ」


 俺たちは道具屋の主人に案内され、店の奥の部屋に入って行った。

 商品の在庫が保管されている部屋のようだ。

 棚が並んでおり、様々な箱が並べられている。

 とりあえずオークの姿は見えない。


「ミーちゃん、ミーちゃん」


 オヤジは腰をかがめ、棚の下を覗き込みながら部屋の奥まで進んでいく。

 俺たちも後に続くと、ひとつの棚の下に、何者かがうずくまっているのが見えた。


 フーッ!


 荒い息遣いが聞こえる。

 気が立っているようだ。

 姿はよく見えないが、毛むくじゃらで猫ぐらいの大きさだ。


「ミーちゃん、出ておいで~」


 オヤジは身をかがめて手を差し伸べた。


 フギャーッ


「痛っ!」


「それ」は道具屋の主人の手のひらに噛みついたあと、2階に駆け上がって行った。


「だ、大丈夫か!?」


 俺たちが駆け寄ると、オヤジは顔をひきつらせながら笑っていた。

 手のひらからはボタボタと血が滴り落ちている。


「だいじょうぶ、だいじょうぶ。

 慣れてるから」


 いや、すげえ痛そうなんですけど。

 しかも店主の手を見ると、無数の噛み傷が残っていた。

 よく耐えてるな。


 しかし一瞬ではあったが、姿を確認することはできた。

 緑色の毛に覆われていて身長は40センチぐらい。

 直立二足歩行する人型の怪物だ。

 大きな目は金色に光っており、口からは鋭い牙がむき出しになっている。


 あんなのをてなずけるなんて、もはや絶望的としか思えなかった。

 乗り気だったマロンも、さすがに呆然としている。


「マロン……どうする?

 この依頼、断るか?」


「……かわいい」


 え?

 俺は自分の耳を疑った。

 今、なんと?


「かわいい……」


 え……えーっ!?




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