第25話「立てよ。勝負しようぜ?」
「わあ、広い部屋!」
モエカはスイートルームの扉を開くと、たまらずに駆け込んだ。
現金に余裕があったので、今回は奮発して3人で泊まれる続き部屋を借りたのだ。
3つのベッドだけでなく、2つのカウチにダイニングテーブルまである。
「座ってみなよ。
ふわっふわだよ!」
モエカはカウチに座ると両手を挙げて背伸びしている。
マロンも隣に陣取ると、気持ちよさそうに天井を見上げた。
「はー、気持ちいい」
「200ルビイはちょっと高かったけど、これは自分たちへのご褒美よね!」
「うむ。
私たちはマジックギルドの危機を救ったんだ。
問題なし!」
「うん!」
俺は窓際まで行って、鎧戸を開けて外を見てみた。
外はもう暗くなっており、ほとんど人影も無かった。
「ちょっと、お腹空いちゃったねー」
モエカがねだるように言うので、俺はさっき100円ショップで買ってきた「ノンアルコールビール(100円)」を3本、リビングテーブルの上に乗せた。
「わあっ!」
「モエカは、缶の開けかたわかるよな?」
俺はプルタブをプシッと引き上げると、マロンに渡した。
「冷たい!」
「ひゃあ!」
よかった、まだぬるくなってはいないようだ。
モエカも自分のぶんのビールをプシッと開けた。
「それじゃあ、カンパーイ!」
「パーイ!」
ぐびっと飲み込むと、喉元に爽やかな旨味が流れ込む。
「ぷっはー、美味~!」
「おいしー!」
「これはエールの一種か?」
アルコールが入っていないのは残念だが、やはり風呂上がりの一杯は最高だ。
俺はすかさず最終兵器「ポテトチップス(100円)」を取り出すと、袋の背中側を大きく開き、テーブルに置いた。
「じゃがいもを薄くスライスして油で揚げたものだ。
美味いぞ」
俺は自分で食ってみせてから、モエカとマロンにも勧めた。
「美味しい!」
「おお、これは!」
「食感が、凄い!
パリパリ!」
「食器を使わずに食えるのか。
エールのつまみにぴったりだな!」
さすがはジャンクの帝王ポテトチップスだ。
別名カウチポテトと呼ばれるだけのことはある。
自制心が無ければ、いくらでも食い続けてしまうだろう。
俺はカウチから立ち上がると、「ミニ卓球用ネットセット(100円)」の封を開け、ダイニングテーブルにネットを張った。
モエカはポテチに夢中なようなので、「卓球ラケットセット(100円)」のラケットをマロンに渡した。
「立てよ。
勝負しようぜ?」
「?」
マロンはラケットが何に使うものなのかもわからずキョトンとしている。
「何だこれは?」
「いやあ、温泉のあとに100円ショップに行ったら、無性に卓球がやりたくなってね。
日本人の悲しい性ってやつ?」
「?」
「まあ、ルールは単純だよ。
ラケットをこう持って、相手の領域で弾むように玉を打ち返せばいい。
ほれっ」
コーン
「わっ」
コーン
「それっ」
コーン
「きゃっ!」
ラケットが空を切った時、マロンはとっさに自分らしくない声を上げてしまい頬を赤らめた。
「きゃ?」
「もうっ!」
彼女は俺の冷やかしにむくれると、勢いよくサーブを打ち込んできた。
いい球筋だ。
さすがマロン。
プレイを始めてまだ1分しか経っていないのに、すでにコツを身につけつつある。
今のところ幼少期からプレイしている俺の経験のほうが上回っているが、マロンの運動能力は俺よりも圧倒的に高い。
ほんのわずかな時間だけ優越感に浸ることができたが、実力が逆転するのは時間の問題だ。
そろそろモエカと代わろう。
そう思って彼女を見ると……。
……寝ていた。
モエカはカウチに沈み込み、すやすやと寝息を立てている。
幸せそうな寝顔だ。
見れば、ポテトチップスの袋が完全に空になっている。
マジックギルドで大暴れした後、温泉に入ってビール飲んでポテチを食ったのだ。
そりゃあ眠くもなるだろう。
さすがにカコンカコン音を立て続けるわけにもいかないので、マロンに目配せして卓球を終わりにした。
ポテトチップスはモエカ向けだったが、実はマロン向けにもお土産を買ってきたのだ。
俺は「ハンディ扇風機(100円)」のスイッチをONにしてマロンに渡した。
「これ、やるよ。
分解したければどうぞ。
自己責任だがな(笑)」
マロンは回転する羽を凝視しながら、顔全体で風を感じている。
「これは……」
モーターも乾電池も知らないマロンにとっては驚愕のテクノロジーなのだろう。
この世界のものでないことは明らかだ。
俺は今までマロンに言えずにいたことを、この機会に伝えることにした。
「なあ、マロン。
俺は日本という国から来た。
このグリンフェルトとは違う異世界だ。
日本では、この自動的に回る風車もありふれた存在だ。
100円……1ルビイも払えば、簡単に手に入るんだ。
それだけじゃない。
自動的に走る車もあるし、人を乗せて空を飛ぶ乗り物もある。
俺はその日本で生まれて、育ち、大人になった」
「……」
「俺は、君の知っているクロムじゃないんだ。
辛いだろうが……クロムはもう……」
俺が言いかけると、マロンは俺の唇に人差し指を押し当てた。
泣いていた。
「ごめん、ミノル。
もう……分かってた」
「え?」
彼女は初めて俺のことをミノルと呼んだ。
「本当は……とっくに気づいてた。
クロムはもういないんだって」
「マロン……」
その夜、マロンが泣き疲れて眠るまで、俺は彼女の震える肩を抱き続けた。




