第20話「ニブくなったな」
100円ショップの買い物から戻ると、皮膚の痛みは消えていたが、服は燃えてボロボロだった。
傷んだ細胞は世界間転移の過程で修復されるのだが、イグアナの火に焼かれた服は元には戻らない。
エスラーダについたら服を買おう……などと悠長なことを考えている場合ではなかった。
まだ戦闘中なのだ。
俺はリュックサックからペットボトルの「ミネラルウォーター(100円)」を取り出すと、キャップを開け、「ウォーターショットガン(200円)」のタンクに注ぎ始めた。
給水口が小さいため、なかなか水が溜まらない。
やばい、これは時間がかかる……。
モエカだけが頼りだ。
モエカはミリアンのことを護りつつイグアナに攻撃を仕掛けている。
しかし近づこうとするたびに炎の息に阻まれ、リーチすることができないようだ。
「ほら、こっちだ!
撃ってこい!」
いや……違う。
モエカはわざと敵を挑発して、注意を自分に向けている。
何か他に狙いがあるようだ。
……そうか、これは陽動だ!
俺はマロンの方を見た。
彼女はクロスボウのレバーを引き、金属の矢を装填し終えたところだった。
折りたたみ式らしく、背中にしょっていたときよりも随分と大きく感じる。
イグアナに狙いを定め、トリガーを引く。
バスンッ!
風を切る低い音がして、鉄の矢がイグアナの胴体に突き刺さった。
「ギャッ」
野獣の悲鳴が上がる。
その隙をモエカは見逃さない。
全速で敵の背中側に回り込むと、喉元に剣を深々と突き刺した。
見事な連携プレイだ。
イグアナは動きを止めた。
自らの体内から吹き出した炎で、体がメラメラと燃え始める。
戦いは終わった。
「モエカ、なかなかやるな」
「あなたもね、マロン」
2人はまだ息を切らせていたが、協力して敵を倒したことで、心が通じ合ったようだ。
マロンが心配そうな顔をしながら、俺に近づいてきた。
「クロム……おまえ……」
無理もない。
そりゃ婚約者が全身を炎で焼かれたら心配にもなるだろう。
「ニブくなったな」
は?
「以前は私よりも機敏に動いていたのに。
やはり……頭を打った影響か……」
ぐぐ。
どうせ俺はクロムに比べてノロマだよ。
社会人になってからは家と会社を往復してただけだからな。
いっぽうモエカは俺が手に持っているものに気づいたようだ。
「ミノル、それはなに?
買ってきたの?」
俺はようやく水鉄砲のタンクにミネラルウォーターを注入し終えたところだった。
「ああ、これな。
これは、後始末に必要なものだ」
俺は水鉄砲の先端のポンプをシュコシュコッと前後に動かしてタンク内の圧力を上げると、いまだにくすぶっているイグアナの死体に放水した。
水が気化する音とともに白い蒸気が上がる。
「火の後始末を忘れると、山火事になるからな」
「……な、なるほど。
さすがはミノル……」
モエカは全然「さすが」とは思っていない感じでそう言うと、俺に気をつかってか話題を変えようとした。
「そういえば、マロン、さっきの武器、見せてよ」
マロンは得意げにクロスボウを構えて見せた。
「……実戦で使ったのは初めてだが、なかなかだろ」
「手作りなの?」
「ああ。
金属と木、それぞれの特性を生かせるように設計した。
メタルギルドには真似できないだろう」
見ると、レバーとトリガーの機構には小さな金属部品が組み合わせて作られている。
俺も高専時代に金属加工の授業を受けたことがあるからわかるが、これを自分で作ったのだとすると、彼女の技術力はかなり高そうだ。
「飛距離はどのくらい?」
「狙えるのは、せいぜい10メートルってところだな。
近ければ、鎧を貫くこともできるぞ」
マロンはそう言うと、弓の部分をバクンバクンと折り畳んだ。
コンパクトになったクロスボウを背中にしょって見せる。
なるほど、これなら移動中も邪魔にならない。
俺は若干の敗北感を抱きながら、改めて右手に握りしめている水鉄砲を見た。
こいつ……まるで役に立たなかったな……。
だがそのとき、ミリアンが俺の水鉄砲を興味津々で見つめていることに気がついた。
「ミノルさん……その武器……凄いです!」
「凄いです」はミリアンの口癖だが、彼女はいつも本気で言っているのだ。
「使ってみるか?」
俺が200円の水鉄砲を渡すと、ミリアンは感動に目を潤ませながら手に取った。
実際にトリガーを引いて水が射出されると、彼女はさらに喜んだ。
はしゃいで楽しんでいる。
やっぱりまだ子どもなんだな。
俺は父親のような目で、彼女の様子を見守った。
「水をこんなに強く飛ばせるなんて、凄いです!
魔法を使えば、なにか……すごいことができる気がします!」
そうか!
この世界の魔法は、水に呪文をかけて、特殊な力を発動させることができる。
水鉄砲と組み合わせれば、便利な使いみちがあるかもしれない。
「それ、君にあげるよ。
いろいろ試してみてくれ」
「あ、ありがとうございます!」
ミリアンは嬉しそうに水鉄砲を抱きしめた。
考えてみれば、これほどミリアンにぴったりな武器は無いような気がしてきた。
攻撃系の魔法水を充填すれば、モエカに頼らなくても、自分の身を護れるようになるかもしれない。
俺がそんなふうに考えていたとき、マロンがミリアンの肩に手をかけた。
猫なで声で話しかける。
「なあ、ミリアン……その、水鉄砲だが……」
「はい?」
「飽きたら……分解させてくれないかな?」
「!?」
ミリアンは水鉄砲を抱きしめたまま激しく首を横に振った。




