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第19話「いやそれ、俺じゃねーって!!」



「マロン……。

 お前とクロムって……婚約してたのか?」


 俺が声を震わせながら恐る恐る聞き返すと、彼女はうつむいて顔を赤らめた。


「お前のほうが突然、言い出したんだぞ。

 旅から戻ったら結婚しようって……」


 なんというわかりやすい死亡フラグ!


 だめだよクロムくん、そんな言いかたしたら。

 殺してくれと言ってるようなもんだ。


「安心しろ。

 父上の了解もとってある!」


 マロンは嬉しそうに微笑んだ。

 父親って……あの厳格を絵に描いたような髭面の男。

 鋭い眼光、真一文字に結ばれた口元。

 もしあのオッサンに、「娘を捨てた」などと誤解されたら……。


 サーッと血の気が引いた。


 気がつくと、いつのまにかミリアンがすごい形相で俺を睨んでいる。


「ミノルさん!

 本当にマロンさんに、プロポーズしたんですか?」


「いやそれ、俺じゃねーって!!」


 俺は全力で否定した。

 ミリアンは浮気とか二股とか、不純なことは絶対許さないタイプだ。

 誤解されるのは絶対にマズい。


 俺の気迫に圧倒され、ミリアンはいちおう納得したように見える。

 ふう……よかった。


 と安心したのも束の間、モエカが真顔で俺を凝視していることに気づいた。

 そんな目で見られたって、俺だって困ってんだよー。


「あのな、モエカ。

 俺にはまったく覚えが無いんだよ」


 しまった。

 おどおどと動揺した口調になってしまった。

 これでは罪を認めているようなものじゃないか!


 モエカは視線を俺から外し、わざとらしくそっぽを向いた。


「わ、私は別に……気にしてないけど……」


 いや思いっきり気にしてるだろお前……。


 もうこうなったら、マロンに分かってもらうしかない。

 俺は必死で心を落ち着けると、マロンの両肩を抱き、できるだけ真剣に話しかけた。


「なあマロン、聞いてくれ」


「ん?」


「君にとってはショックなことだろうが、俺はお前の知っているクロムじゃないんだよ。

 君とは今日が初対面だ。

 済まないが、婚約のことは忘れてくれないか?」


「……」


 マロンは寂しそうな目で俺を見ている。

 さすがに可哀想になってきた。

 好きな人に求婚されて、幸せの絶頂だったろうに……。


 彼女は迷いを断ち切ったように強く頷いた。


「……わかった」


 良かった。

 マロンは若く、美しい。

 まだいくらだって新しい出会いがあるだろう。


「ならば私から改めて申し込もう。

 結婚してくれ……クロム」


「え?」


 何も解決してないだと!?


「どちらが申し込んだかなんて、どうでもいいことだ。

 私の気持ちは変わらない」


 マロンの目は確信に満ち、わずかな迷いも無かった。

 この娘は決して……ブレない。


「だが、今すぐ返事はしなくてもよいぞ。

 一緒に居れば、いずれ記憶も戻ってくるだろうしな」


「……」


 どうすることもできない。

 愛の力の前には、俺は完全に無力だ。


 彼女はふと気づいたように、モエカのほうに向き直った。


「改めて礼を言わせてくれ。

 モエカ。

 彼を助けてくれてありがとう。

 感謝している」


「え……そんな……」


 モエカは動揺を隠せない。

 突然の婚約者の登場に、どう対応していいのか分からないのだろう。


「私は……剣の修業をしてるだけだから……」


「そうか。

 これからもよろしく」


 マロンは上機嫌で、ミリアンの肩を優しく叩いた。


「さあ、行こう!

 ミリアンのおじいさまを探しに!」


 マロンに促され、俺たちは歩き始めた。

 先頭はモエカ、続いてミリアンと俺、マロンは最後尾についた。


 しかし、モエカの歩調がどうも変だ。

 ふらふらしているし、手と足の動きがバラバラだ。


 どてっ!


 モエカがコケた。


「どうした!」


 駆け寄ったが、俺と目をあわせないようにしながら彼女は自力で立ち上がった。


「つ、つまずいちゃった。

 あははは!」


 うむむ。

 何も無いところで転ぶのも変だが、笑いかたもどこか不自然だ。

 大丈夫なんだろうか。


 俺の心配をよそに、モエカは何事もなかったようにスタスタと歩き始めた。

 落ち着きを取り戻してくれるとよいのだが。


   ***


 いったん大きく脇道に逸れていたのだが、俺たちはエスラーダへと続く道に戻り、ふたたび北上を開始した。


 最後尾のマロンは厳しい眼光で周囲の気配を探りながら歩いている。

 明らかに俺よりも戦闘力が高そうだ。


「ときに、クロム……」


「ん?」


 俺の名前はミノルだが、面倒なのでいちいち否定しないことにした。


「さっき、工房に持ってきた道具、あれはどれも素晴らしいものだな。

 どこで手に入れた?」


 100円ショップで買ったもの……と説明しても理解してはもらえないだろう。

 どう答えるべきか?

 俺は曖昧な返事をした。


「……買ったものだ。

 遠い国でな」


「……ふうん。

 他には何かないのか?」


 マロンもあの村で育った娘だ。

 技術的なものには興味があるのだろう。

 俺はリュックサックをガサガサと漁ると、キャンプのときに買った100円ライターを取り出した。

 カチッと一回火をつけてみせてからマロンに渡す。


「おーっ!」


 マロンは目を輝かせながら、カチッ、カチッと何度も火をつけている。


「なんと便利な道具だ!

 この容器に燃料が封入されているわけか!」


 「魔法」と言い出さないところは、さすが技術村の出身だ。


「な、クロム、これ分解していいか?」


「え?」


 マロンはダダをこねるように俺の腕に抱きついてきた。


「なあ、いいだろ?

 構造を調べてみたいんだよ」


 科学に興味を持つことは素晴らしいことだが、なんでいきなり分解するんだ?


「燃料が残っているうちは危険だ。

 分解したいなら、ぜんぶ使い切るまで待つんだな」


「……そうか、

 しかたない……」


 俺がたしなめると、マロンはがっかりと肩を落とした。

 もしかすると彼女は分解マニアなのか?

 何でもバラバラにしてしまうアレか?


 俺がマロンの真意を計りかねていたとき、背後で物音がした。


「危ない!」


 マロンが俺の背をドンっと押す。


 ボウッ!


 さっきまで俺が居た場所は炎に包まれた。


 倒れざまに、イグアナのような爬虫類が炎のブレスを吹いているのが見えた。

 俺は体勢を整えると、リュックサックをまさぐって魔法水を取り出した。

 イグアナに向けて思いっきり投げつける。


 ドンッ!


 魔法の炎がイグアナを包み込む。


 だが……なんとなく予想はしていたが、まったく効いていない。

 火に油を注いでいるようなものだ。


 慌てて距離を取ろうとしたとき、再びイグアナが火を吹いた。

 しまった!

 俺の全身が炎に包まれた。


「クロム!」


 肉の焼け焦げる匂いとともに、遠くでマロンの悲痛な叫び声が聞こえた。




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