第17話「頭を打って記憶が混乱してるだけかも」
充分に陽も届かない深い森の中をしばらく歩くと、突然、目の前に視界が広がった。
緑色の野菜が植えられている畑を中心に、10軒ほどの小屋が建っている。
隠れ里……といった雰囲気だ。
ここがマロンが言っていた村なのだろう。
「みんな、クロムが戻ってきたぞ!」
マロンは待ちきれず、声を上げながら駆け出した。
俺とモエカとミリアンが、その場に取り残された。
「ミノル、これどういうこと?」
モエカは心配そうだ。
これから原住民に火炙りにされる可能性を危惧しているのかもしれない。
「わかんないよ。
わかんないけど、たぶんここは、俺のこの体の持ち主の、故郷なんだと思う」
モエカとミリアンは互いに顔を見合わせた。
とくにミリアンは俺についてよくわかっていない。
ちゃんと説明しておく必要があるだろう。
「俺は元いた世界から召喚されてきたんだが、精神だけがやってきて、この世界のこの体に、移されたらしいんだ」
2人はピンと来ていないようだ。
無理もない。
俺だって自分で説明しながら「そんなことあるか?」とツッコミを入れてしまいたくなるほどだ。
「元の世界のミノルと、今のミノルは、心は同じだけど、姿は違うってこと?」
「うん。
そういうことだ」
「元の世界のミノルって、どんな感じなの?」
え?
そこ気になるの?
「どうって言われてもな……」
言葉に詰まる。
今まで生きてきて、自分の容姿を説明したことなど1度もない。
「そんなに違わないよ。
もっと色白で、ひょろっとしているが」
「……ふうん。
そうなんだ」
モエカは改めて俺の体をじろじろと見た。
よっぽど気になるらしいが、俺は話を元に戻した。
「モエカ、俺と初めて会ったとき、どんな状況だった?」
モエカは手を頬に当てながら、当時の記憶を思い出そうと頭をひねった。
「道端にミノルが倒れていて……すごい血溜まりができてた。
死んでるのかと思ったら、いきなり元気に起き上がるからびっくりしたわ」
そうだ。
あの時点では俺も意識がはっきりしていなかったが、後頭部に大きな傷があったのを覚えている。
「恐らくだが、クロムは何者かに襲われて死んだのだと思う。
その直後に、大天使ザクウェルは、俺の精神を転移させたのだろう」
死体に乗り移るなんて、あまり気持ちのいい話ではなかったが、そう考えるのが妥当だろう。
モエカはいちおう腹落ちしたようで、不安な表情は消えていた。
「そうね。
もしくは……頭を打って、記憶が混乱してるだけかも」
がく。
ぜんぜん腹落ちしてねえじゃん。
そうこうしているうちに、背後から人の声が聞こえてきた。
振り向くと、何人かの村人がこちらに歩いてきているのが見えた。
しかも武装している!
俺はモエカとミリアンに目配せをして警戒を促した。
しかし、村人は俺の顔を見るなり、親しげに話しかけてきた。
「クロム、生きていたのか!」
「連絡がなくて、みんな心配してたんだぞ!」
「なんだ、元気そうじゃないか!」
俺はぽんぽんと肩を叩かれた。
どうやらこの体の持ち主は、人気者だったようだ。
人混みの中からマロンが現れた。
髭面の年配の男を連れている。
彼女の父親のようだ。
太い眉、鋭い眼光、眉間に深い皺が刻まれた頑固そうな男だ。
「クロム……よくぞもどった」
「ど……どうも」
この男とクロムとの間には、過去にいろいろなことがあったのだろう。
親愛に満ちた目に見つめられて、俺は抗うことができず、真実を告げずに適当な返事を返してしまった。
マロンは振り向くと、村人に向かって大声で呼びかけた。
「みんな、よく聞いてくれ!
クロムは記憶を失っている」
「!」
村人の表情に動揺が走った。
「だから、お願いしたい。
思い出すきっかけになるよう、村のものを色々と見せてあげてほしいんだ」
同意の声が上がる。
「だったら、炉を見せたれや」
「クロムは炉が大好きじゃからのう」
「違いねぇ!」
なんか盛り上がっている。
俺は自分がクロムじゃないことを説明したいのだが、この雰囲気の中ではすごく言いづらい。
せっかくの歓迎ムードをぶち壊すことで、もっと状況が悪化する可能性もあるだろう。
「クロムは構わねえが……そのオナゴたちは、何者だ?」
誰かがつぶやくと、全員の視線が俺の後ろで呆然と立っているモエカとミリアンに向けられた。
互いに緊張感が走る。
まずい。
なんとかフォローせねば……。
「そ、その少女……ミリアンのおじいさんが行方不明でね。
探して欲しいって頼まれたんだ。
彼女……モエカも手伝ってくれている」
「……」
また沈黙が訪れた。
なんか俺、変なこと言っちまったか?
だが、すぐに村人たちの笑顔が戻った。
「相変わらずだなクロム」
「それで帰りが遅かったのか」
「だいたい、お前は人が良すぎるんだよ」
笑い声があがる。
クロムという男……なかなかいいヤツだったようだ。
そのとき、村人のひとりが、モエカに歩み寄った。
腰の剣に興味をもったらしい。
「お嬢さん、ちょっとその剣、見せてくれんか」
「え……」
モエカは警戒した。
ずっと肌身離さず持ち歩いている剣だ。
きっと大切なものなのだろう。
しかし、俺が頷いてみせると、彼女はしぶしぶ剣を鞘から抜き、相手に見せた。
「おおっ」
男が声を上げる。
わらわらと他の村人も剣を囲んだ。
「これは、素晴らしい業物だな」
「見てみろ、この刀身の滑らかさ!」
「イザーヌ……いや、ストレイドの作品か?
これほど状態が良いものは見たことがない」
「お嬢さん、この剣をどこで手に入れた?」
モエカは村人の反応に少し驚いていたが、誇らしげに答えた。
「それは、父から受け継いだものよ。
詳しくは知らないけど、かなり古いものだとか」
村人たちはうんうんと頷いた。
だが、髭面の男……マロンの父は厳しい表情を浮かべていた。
「お嬢さん、そんなものを持っているとバレたら、奴らに命を狙われますぞ」
「!?」
得意げだったモエカの表情が固く凍りついた。




