第15話「ただのエレクトロニクスだ」
俺たち3人は、森の中を進んでいた。
木が茂っていて太陽を直接見ることはできないが、次第に暗くなってきている。
そろそろ日も暮れてきたのだろう。
「ずいぶん暗いなあ……」
先頭を歩いているモエカがつぶやいた。
「サングラス、かけっぱなしだぞ」
「あ!」
彼女は照れ臭そうにサングラスをはずした。
よっぽど気に入ったらしく、ずっとつけていたのだ。
「わ。
よく見える!」
モエカのボケはともかく、周囲が暗くなってきたのも事実だ。
俺は町を出発する前に買っておいたものを、颯爽と取り出した。
「エル・イー・ディー・ハンドライトォー!」
しまった!
つい青いネコ型ロボットの口調を真似してしまった。
日本ではこんなことは日常で、誰も気に留めたりなどしないが、モエカとミリアンはポカンとしている。
無理もない。
あの超有名な国民的アニメも、この世界では無名なのだ。
かといってこの2人を納得させるには、「テレビ」や「アニメ」の概念についても説明しなければならない。
かなり面倒だ。
しかし、何らかの釈明をしなければ、変人の烙印を押されてしまう……。
「今のはな……呪文みたいなものだ。
この秘密道具を活性化するためのな」
「やっぱり!
凄いです、ミノルさん!」
ミリアンはいい娘だ。
疑うことを知らない。
いっぽうモエカは……。
「……」
思いっきり疑いの目で俺を見ている。
まったく……たまには信用しろっての。
俺は懐中電灯(100円)を前方に掲げ、仰々しくスイッチを入れた。
「点灯!」
白色LEDの光が前方を明るく照らした。
「明るい!」
「凄い!」
ふふふ……驚いたか。
これがお前らの知らない超技術「発光ダイオード」の光だ!
「3本あるから、お前らも使ってみな」
俺はLED懐中電灯のスイッチを入れて、2人にも渡した。
「おーっ!」
「わあ!」
2人とも興奮して周囲を照らしまくっている。
「ミノルさん、光輝の魔法、使えるんですか?
凄いです!」
「こんなに明るくて、熱も無いなんて……凄い!」
「これは、魔法じゃあないよ。
ただのエレクトロニクスだ」
「エレク……?」
しまった。
また上手く説明できない言葉を使ってしまった。
俺は、お茶を濁すことにした。
「気にするな。
それより、さっさと進むぞ。
今日中に、距離を稼いでおきたいだろ?」
モエカはエレクトロニクスの意味について追及したそうだったが諦めてくれた。
「そうね。
先に進もうか」
再び歩き始めたモエカに、ミリアンも続く。
周囲はさらに暗くなってきたが、懐中電灯のおかげで、まだ進むことができた。
しかも、予想外の効果もあった。
獣が、襲ってこないのだ。
先頭のモエカが何回か、獣らしき姿を見つけたが、ライトを当てると、すごすごと後退していった。
「あいつら、光が苦手なのか?」
「たぶん、私達のことを
さっきのトラと勘違いしてるんだと思う」
モエカの推察はなるほどと思えた。
森の外で俺たちを襲った獣は、額から眩い光を放つ能力を持っていたが、白色LEDの光は、あれに似ているのだ。
この森では、あいつらは他の獣からも恐れられている存在なのだろう。
おかげで俺たちは、日が暮れる前に想定以上の距離を進むことができた。
だが、さすがに疲れてきたのか、ミリアンの歩調がおぼつかなくなってきたようだ。
ミリアンはがんばり屋なので、気をつけないと無理をしてしまう。
川沿いを進んでいたところ、平らな場所を見つけた。
見渡しが効くので、比較的安全そうだ。
「ここでキャンプにするか」
「うん!」
「はいっ!」
荷物をドサッと地面におろして、一息をついた。
「私、薪を探してくるね」
「あ、わたしも行きます!」
モエカとミリアンが薪を探しに行ったので、俺は腰をおろしてちょっと買い物をすることにした。
***
キャンプの「通」は、むやみに専用グッズを買うのではなく、効率的に100円ショップを活用していると聞いたことがある。
実際、「タイゾー」の店内を歩き回ってみたところ、危険地帯で夜を過ごすために使えそうな商品がいろいろと見つかった。
「LEDガーデンライト(100円)」は、地面に固定することで周囲を照らすことができる。
これを6個まとめて購入し、獣が近づいてこないようにキャンプ予定地の周囲に配置した。
そこへ、モエカとミリアンが帰ってきた。
両腕に乾燥した枝の束を抱えている。
「お疲れー」
「なんのこれしき!」
「楽しかったですよー」
枝を適度な長さに折って、空気の通り道ができるように立体的に積み重ねる。
その中へ「固形燃料3個セット(100円)」を置き、「着火ライター(100円)」で火をつけた。
みるみるうちに、火が燃え広がっていく。
「うわあ、こんなに簡単に火が起こせるなんて!」
「ミノルさん、凄いです!」
ふふん。
2人とも、驚くのはまだ早いぞ。
これからが本番だ。
俺は「やかん(100円)」に川の水を汲んでくると、火の上にくべた。
「カップめん(100円)」の包装を解いて紙のフタを半分開け、沸騰したお湯を注ぎ込んだ。
「この状態で3分待つんだ」
「さ、さんぷん?」
俺は「キッチンタイマー(100円)」の「3」のボタンを押してから、スタートさせた。
プラスチックのフォーク(無料)とともに、カップ麺を各自に配る。
「祈りの時間だ。
美味しい料理ができるように祈るんだ。
3分経つまで、絶対にフタを開けるなよ」
「う、うん」
「わかりました!」
モエカとミリアンはカップを両手で抱えたまま目を閉じ、祈りを捧げ始めた。
アインシュタインは時間が相対的なものだと語ったそうだが、まさに永遠にも感じられる長い時間が経過した後、キッチンタイマーがチャイムを鳴らした。
「よし!
食ってみろ。
うまいぞ」
カップ麺の蓋を開けるやいなや、香しいラーメンの匂いが周囲に立ち込めた。
俺の胃袋では、条件反射的に大量の胃液が分泌される。
モエカとミリアンも、容器を片手で抱えながら、少し苦労してフタを開けた。
食欲をそそる香りが鼻孔を刺激する。
スープがからみついた、ホカホカでプリプリの麺に2人の目は釘付けになった。
「これは!」
「す、凄いです!」
2人が思わず生唾をごっくんと飲み込む音が聞こえた。
俺は手本を見せるため、フォークに麺をからめて持ち上げると、フーフーと息を吹きかけてからズズズッと口に流し込んだ。
旨っ!
さすがカップ麺!
食い物の王様だ。
本当は叫び出したいほど美味いのだが、俺は平静を装い、当然のような表情で淡々と食い続ける。
俺の様子を見ていたモエカとミリアンも、慣れない手つきで麺を口に入れ始めた。
「!」
「!!」
一瞬、2人は目を見開き、あらゆる動作を停止させた。
かつて経験したことのない感覚に、脳の認識能力が追い付いていない感じだ。
「お、おいひいっ(美味しい)!」
「ふごいっ(すごい)!」
2人とも麺を飲み込む前に声が出てしまった。
ようやく脳が状況を理解できたようで、2人は順調にハフハフと麺を食い始めた。
一足先に食い終えた俺は、スープを最後まで飲み干し、ため息をついた。
ふう……。
なんだろう、この満足感は。
五臓六腑に染み渡るとは、こういう感覚を言うのだろうか。
モエカとミリアンも、俺と同じようにスープを飲み干し、深いため息をついた。
「こんなの……初めて」
「最高……でした」
モエカは潤んだ目で俺を見つめると、両手を顎の前に持ってきて、おねだりのポーズをとった。
「お・か・わ・り」
俺がゆっくりと首を横に振ると、彼女の目から大粒の涙が流れ落ちた。




