第13話「ミリアン、 簡単に信じないほうがいいわよ」
俺たちはミリアンの家で一泊したあと、エスラーダに向けて出発することになった。
モエカとミリアンが同じベッドで寝てくれたおかげで、俺はミリアンの祖父のベッドを独り占めすることができた。
おかげで体調は万全だ。
「ちょっとまって」
モエカはミリアンの周囲をぐるっと回って服装を確認した。
「出発前に、服屋に寄ってこうよ。
このワンピース、とっても可愛いけど、旅には向かないから」
ミリアンはコクリと頷いた。
俺はファッションにはまったく興味がないから、気が回らなかったが、言われてみればその通りだ。
誘拐犯を突き出した報酬のおかげで、資金には多少ゆとりがある。
「あの店、入ってみよう!」
モエカは服屋らしき店を見つけたようで、歩調を速めた。
なにやらテンションが上っている。
俺とミリアンも着いていった。
その服屋は主に女性用の普段着を扱っているようだった。
店内には姿見や更衣室も備えてある。
「わー、これ可愛い!」
モエカは壁に吊るされているいくつかの子ども服を見て興奮している。
「でも我慢。
今日は機能性で選ばないとね。
……ええと、これなんかどうかな?」
ハンガーに吊るされている服を手にとると、ミリアンの体に合わせてサイズを確認する。
「試着してみようか?」
「はい!」
2人は店員に声をかけると、そそくさと試着室へ入っていった。
店内にひとり取り残される俺。
しかも改めて自分の服を見ると、泥や血にまみれ、袖や裾もほつれていてファッションとは程遠い。
……気まずい。
こんなときスマホがあれば便利だ。
「いかにも人を待ってます」的なポーズをとることができる。
召喚に応じる条件として「スマホを使えること」を要求すればよかったかもしれない……。
などと思案していると、ようやく2人が試着室から出てきた。
ミリアンは恥ずかしそうに身をよじりながら俺を見た。
「ど、どうですか?」
厚手でしっかりとした素材の白いブラウスと、裾にゆとりのある紺のパンツ。
……パーフェクトに可愛い。
俺は思わずニヤけてしまいそうな自分に気づいて焦った。
ここは冷静さをキープしないと、変態オヤジになってしまう。
「い、いいんじゃないかな」
「ありがとうございます!」
ミリアンが本当に嬉しそうに笑うので、俺はさらに悶絶しそうになった。
頼む……これ以上、俺を苦しめるのはやめてくれ。
とっとと会計を済ませて店を出ようと思い、モエカの様子を伺ってみる。
彼女も自分のコーディネートに満足そうだ。
「うん。
いい感じ」
よし、一件落着!
早いところ出発しよう。
「じゃあ、別のも試してみましょうか」
「はい!」
はああ?
完璧だったじゃん。
なんで別のを試す必要があるんだよ!
俺の苦悶にはまったく気づくこともなく、2人は嬉々として服を選んでいる。
だめだこりゃ。
付き合いきれない。
俺は店内の隅に置いてあった椅子に腰掛けた。
100円ショップで買い物するほうが、ずっと建設的だ。
***
俺が「タイゾー」から戻ると、ちょうどモエカとミリアンの服選びも終わったようだった。
「ミノルさん、どうですか?」
うむむ。
最初に選んだ服と同じに見えるが……微妙に違うのか?
「いいね。
よく似合ってる」
「ありがとうございます!」
かなり適当な答えだったが、ミリアンは素直に喜んでくれたようだ。
「よかったらこれ、履いてみてよ」
俺は「タイゾー」で買ってきた「スニーカー(300円)」をミリアンに手渡した。
「わあ、可愛い!」
正直、100円ショップでスニーカーまで売っているとは意外だった。
耐久性はちょっと心配だが、靴底はゴム製だ。
この世界の硬い革靴と比べたら、遥かに歩きやすいだろう。
「すごい!
柔らかくて、痛くないです!」
ミリアンはその場で軽くステップを踏むと、俺に向かって笑顔でポーズをとってみせた。
やばい……可愛い。
もしかして、コーディネートなんて関係なく、この娘は何を着ても可愛いんじゃないだろうか?
そんな疑惑が俺の脳を駆け巡った。
「よかったな。
それじゃあ、行くぞ!」
俺が立ち上がると、モエカとミリアンは力強く頷いた。
***
町を出た後、俺たちは北に向かって進んだ。
パーティーの先頭は土地勘のあるモエカ。
続くミリアンは、初めて履いたスニーカーが心地よいようで、足取りも軽く楽しげだ。
最後尾の俺は、そんな2人の後を追いながら、ときおり背後の安全も確認した。
幸い、天気は良い。
空気は乾燥していて、過ごしやすい気温だ。
しばらくは平坦な草原が続いたが、前方には森が見える。
いずれ視界が悪くなっていくだろう。
「ミノルさん、モエカさん。
私の依頼を引き受けてくれて、ありがとうございます。
祖父がみつかったら、きっとお礼をさせていただきますから」
疲れを感じ始めたころ、ミリアンは歩きながら俺たちに礼を言った。
モエカが振り向いて、にっこりと笑う。
「いいのよ。
私はいろんな経験が積みたいし、ミノルは、そもそも目的が見つかってないし……」
がく。
まあ、そうなんだよな。
自分がこの世界に来た本当の理由も分かってないんだから。
ミリアンは不思議そうに俺に振り向いた。
「ミノルさんは……。
この世界の人じゃないんですか?」
ミリアンは遠慮がちに俺に尋ねた。
前から気になっていたのに、なかなか聞く機会が無かったのだろう。
「ああ。
大天使ザクウェル……とか言ったかな。
謎のオッサンに呼び出されてやってきた。
いまだに途方に暮れてる状態さ」
「ザクウェル……」
「知ってるのか?」
ミリアンは大きく頷くと、歩くのを止め、俺に振り向いた。
「歴史書の、最初のページに登場する大天使です。
この世界に魔法をもたらしたと言われています」
「へぇ……」
「ミノルさんは、やっぱり凄い人だったのですね!」
彼女は、神々しい者を崇めるような目で俺を見た。
まるで教祖を見る信者の目だ。
気まずい……。
確かに俺は特殊な存在だが、それが凄いかというと微妙だ。
俺がどう反応すべきか困っていると、モエカが心配そうな顔でミリアンの肩に手をかけた。
「ミリアン、簡単に信じないほうがいいわよ。
頭を打って見た夢かもしれないんだから」
「お、お前なあ!」
とキレてはみたが……。
正直、俺にも何が現実で何が夢なんだかわからない。
今この瞬間だって、もしかしたら夢の中なのかもしれないと思えてくる。
そのとき、前方の人影に気づいた。
「おい、誰かいるぞ!」
俺が叫ぶと、モエカとミリアンも、前に向き直って目を凝らす。
男が、倒木の上に腰をかけて休憩しているようだった。
モエカと同じようなライトアーマーを身に着けており、腰には長い剣が見えた。
剣士のようだ。
さらに近づくと、相手の男もこちらに気づいたようで立ち上がり、顔を向けた。
20歳ぐらいか。
繊細で整った顔立ち。鮮やかな金髪が風にたなびいている。
よく見ると、足元には獣の死体が転がっていた。
体内から緑色の血が流れ出ている。
彼が倒したのだろう。
剣士は軽く手を振り、爽やかに話しかけてきた。
「やあ、みなさん。
剣士をひとり、仲間に加える気はないかい?」




