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第10話「すごいです! ミノルさん!!」



 ミリアンと名乗るその少女がチョコバーを美味しそうに頬張っている間、俺とモエカはじっと待っていた。


 黒髪で透き通るような肌の美少女だが、すこし痩せていて弱々しい。

 まだ幼いのに礼儀正しく、育ちが良さそうだ。

 いろんな意味で正反対だなあと思い、モエカのほうをチラリと見ると、彼女の視線がミリアンの口元に集中していることに気がついた。


 モエカは生唾をごっくんと飲み込みながら、熱いまなざしをチョコバーへと注いでいる。

 やがてミリアンがチョコバーを最後まで食べ終えると、モエカはあからさまに肩を落とし、うなだれた。


「あああ……」


 おまえ、まさか、おすそわけを期待していたのか?


 恐るべきチョコバー。

 さすがはジャンク菓子の帝王と呼ばれるだけのことはある。

 女子をここまで虜にしてしまうとは。


 チョコバーは1本100円。

 モエカがそんなに気に入ったのなら、もっと食わせてやることはできる。

 だが、それは賢明だろうか。

 滅多に食べることができないからこそ、その魅力は維持されるのではないか。

 『ひなあられ』がありがたく感じられるのは、ひな祭りの時期にしか食べられないからではないのか?


 この野蛮な異世界で、都会育ちの俺は無力に等しい。

 今後もモエカの庇護が必要だ。

 チョコバーは、特別のご褒美が必要なときのためにとっておくのが良いだろう。


 そこまで考えて、随分失礼な考えかたをしている自分に気がついた。

 モエカはペットじゃないし、番犬でもないぞ。


 俺はあわてて邪念を振り払い、意識を依頼主の少女に向けた。

 ミリアンは上品にハンカチで口元を拭き、にっこりとほほ笑んでいる。

 まずは基本的なことを聞いてみる。


「歳は、いくつだ?」


「14歳です」


 思ったよりも上だった。

 成長がちょっと遅いのかもしれない。


「で、俺たちに頼みたいことって……なに?」


 ミリアンの表情に影が射した。

 深刻な事態のようだ。


「祖父を、探してほしいんです」


「おじいさん……を?」


「はい。

 2人で暮らしていたのですが、突然、いなくなってしまいました。

 もう1週間も連絡がありません」


 2人で暮らしていたとすると、彼女はいまひとりぼっちというわけか。

 これは、面倒なことに巻き込まれてしまったかもしれない。


「行先に、心当たりはあるのか?」


「机の上に、書き置きがありました。

 急用で、エスラーダに行ってくる……と」


「……エスラーダ?」


 俺が助けを求めるような視線を向けると、モエカが話をつないでくれた。


「北方にある町ね。

 マジックギルドがあるところ。

 ねえ、ミリアン。

 もしかしておじいさんは、魔法使い?」


 いきなり『魔法』なんて言葉がでてきたので俺は驚いた。

 この世界に来て、まだそれらしい超常現象は見ていない。


 しかしモエカの真剣な表情を見ると、冗談を言っているわけではないようだ。

 この世界……魔法がアリなのか?


 ミリアンは少し遠い目をしている。

 祖父のことを思い出しているのかもしれない。

 やがてモエカに向き直ると、小さく頷いた。


「はい。

 高齢のため引退しましたが。

 かつてはマスタークラスの魔法使いでした」


「すごい。

 殺傷魔法はおろか、破壊魔法まで使えたってことね」


「そうだと思います。

 若いころは、エスラーダのマジックギルドにいたそうです」


 殺傷とか破壊とか物騒な言葉が出てきたが、マジなのか?

 そんな魔法を使う奴と戦うのはゴメンだぞ。


「ミノル、この依頼、受けようよ」


 若干怖気づいている俺とは裏腹に、モエカは興味をひかれた様子だった。


「マスタークラスの魔法使いが行方不明なんて……よっぽどの事情だと思う」


 俺は一瞬考えた。

 単に老人がボケて散歩の途中で家が分からなくなっただけなのでは?

 そのうちひょっこりと帰ってくるのでは?


 だが、モエカの真剣な目は確信に満ちていた。

 女の勘……なのかもしれない。


「うん。

 どうせやることも無いしな」


 危険はあるかもしれないが、せっかくわざわざ異世界からやってきたのだ。

 どうせなら、意味のあることをやりたい。


「決まりね」


 モエカはテーブルの上でミリアンの両手を優しく握った。


「あなたの依頼、受けるわ。

 おじいさんを見つけてあげられるかどうかは分からないけど、できるだけのことはやってみるから、私達に任せて」


「ありがとうございます!」


 ミリアンは満面の笑みを浮かべた。

 なんの偽りもなく、心の底から感謝し、感動している様子だった。

 まだ人に裏切られたことがなく、人を疑うことも知らないのだろうな。


 なんとか彼女の力になってやりたい。

 俺もそんな気分になってきた。


 だが、とりあえずどうすればいいのだろうか?


 俺はテレビで見た刑事ドラマを思い浮かべた。

 主人公たちはまず何をしていたか?

 捜査の基本は……証拠集めか。


「ミリアン、おじいさんの書き置きを見てみたいんだが、家まで案内してくれる?」


「はい!」


 彼女は嬉しそうに頷いた。


   ***


 ミリアンが祖父と暮らしていた家までは、30分ほどで着いた。

 質素な一軒家だが、室内は革張りの分厚い書籍に埋め尽くされている。


「おじいさんの本?」


「はい。

 魔法の研究書です」


 書斎らしき部屋に入ると、例の書き置きが机の上に置かれていた。


 手書きの文字で、「急用ができた。エスラーダへ行ってくる」とだけ書かれている。

 孫娘に宛てた手紙にしては、えらく簡素だ。

 よほど急いでいたのか、あるいは……。


 書き置きの横には、ペンが放置されていた。

 彫刻がほどこされた立派なものだ。

 そのペンの光沢を見たとき、ひとつアイデアがひらめいた。


 ミリアンがお茶を入れてくると言って立ち去った後、俺は思念を集中させて100円ショップへと飛んだ。


   ***


 モエカとミリアンが見守る中で、俺は「指紋採取セット(100円)」の紙箱を開き、中からタンポ、パウダー、透明シート、黒い台紙を取り出した。


 棒の先にフサフサとした白い毛がついている「タンポ」にパウダーをつけた後、ペンの表面をポンポンと叩く。そこに透明シートを貼り付けて剥がし、黒い台紙に重ねる。

 この状態では何も見えないが、マジックライトペン(100円)の紫外線を当てると、文様が浮き上がってきた。


「指の跡?」


 ミリアンが目をまんまるにして、緑色に光る指紋に見入っている。


「ああ。

 このペンを最後に握った指の跡だ。

 この模様は人によって違うから、個人の識別に使える」


「しきべつ?」


 ちょっと言葉が難しかったか。


「まあ、論より証拠だ。

 ミリアン、おじいさんが日頃使っていたコップはあるか?」


「え……あ、はい!」


 俺は指紋の採取を何度か繰り返し、ミリアンと祖父の指紋を特定した。

 2人暮らしだったので、この2つの指紋についてはいたるところで見つかった。


「結論がでた。

 このペンを最後に握った人物は、おじいさんじゃない。

 もちろんミリアン、君でもない。

 別の誰かだ!」


 刑事ドラマの影響だろう。

 俺は必要以上に大きな声を張り上げた。

 モエカは理解が追いついていないのか少しポカンとしているが、ミリアンの目は、完全に俺を崇拝していた。


「すごい……すごいです!

 ミノルさん!!」


 俺はニヤけた表情になるのを必死で抑えた。


 いい気分だ。


 実際には子ども向けの実験キットを使っただけなのだが、尊敬したいのならすればいい。

 俺は得意になって続けた。


「つまり、君のおじいさんは自分の意思ではなく、何者かによって連れ去られたと考えられる」


 ミリアンはうなずくと、おそるおそる聞き返した。


「それは、いったい、どこの誰なんですか!?」


 ミリアンとモエカの期待に満ちた視線が俺に突き刺さる。

 気まずい沈黙が訪れた。

 もちろん犯人なんて分からない。


 他人から尊敬されるということは、それを維持するための苦難を背負うことなのだと、俺は学習した。



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