9話
日が傾きはじめ空が赤紫色へと染まっていく中、
ここ、ギロナ区に住まう人たちは目の前の存在、
一体のゴーストに戦慄し、慄いていた。
「もっと強いやつを連れてこい。連れてこれない
ならこの区内の男女全てをぶっ殺す。」
そう言って自身の持っていた剣を地に叩きつけ
る。その衝撃でパキンと音を出し粉々に砕け散
る。
「どなたか、どなたかこのゴーストを倒せる剣士
様はいらっしゃいませんか!助けてください!」
そう大声で叫ぶ男は、ギロナの人から区長さんと
呼ばれているオーレンだ。既にこの場で3人もの
剣士が亡き者にされている。ゴーストの周りが赤
く染まっているのもそれだ。
「誰もこねえようなら、お前を殺す。暇つぶしだ
がなぁ。」
とその折れた剣をオーレンに向かって振り下ろ
す。
「おいおい、お前がギロナで暴れているゴースト
か?図に乗ってんじゃねえぞ。俺がぶっ倒してや
るよ。」
声を聞いて振り下ろされた剣を止める。
「け、剣士様!」
「安心しな。オーレン。こんな奴ちょちょいと倒
してやる。」
そうして剣士は鞘から、紅の剣を抜き放つ。
「お前。剣を折ってしまったようだが貸してやろ
うか?俺は優しいからなぁ?」
明らかな煽りをゴーストへと向ける。その煽りを
ゴーストは笑いで返す。
「ふ、ふははは。」
「何がおかしい?」
「何がって、哀れだなと思ってな」
「何?」
「俺との実力差も分からない奴が、俺を倒す?笑
かしてくれる。」
このゴーストの言葉によって剣士がキレた。
「うるせえな。死ねよ。お前!」
紅の剣を構え、ゴーストへと突っ込んでいく。
単純すぎる攻撃だが、怒りに身を任せた状態の剣
士にはそんなことを気にする余裕はなかった。
「ふん。」
鼻で笑い、剣士の攻撃をいなし、避ける。次第に
剣士の剣筋が遅く、切れがなくなる。
「はぁ。つまらない。もう終わりにするかぁ。」
「な、何だと!ナメるなー!」
が、攻撃は掠りもしない。ゴーストが後方へと後
退する。それに合わせて剣士も後退する。
互いに距離を開けて構え直す。否、剣士のみが構
えを整える。
「さあ、剣士さん。何か言い残すことは?」
「はあはあ。それはこっちのセリフだ!次で終わ
らせる。」
「俺から行くと一瞬だから、お先にどうぞ。剣士
さん。」
ナメるなよ。俺は今まで何体のゴーストを屠って
きたと思ってる。たかが、ゴースト1体俺の手
で。
「うおお。」
掛け声と共に地を蹴る。縮まる距離。紅の剣を振
るう。何度も何度も。全て空振りだが、剣士の顔
には笑みが浮かんでいた。もう片方の手に鞘を握
り、不意打ちに近い一撃を食らわせようとする。
鞘は、ゴーストの頭上を通過。ゴーストはそれを
避ける。その瞬間に生まれる隙を突いて紅の剣を
突き出す。これで終わりのはずだった。少なくと
もこれまで倒してきたゴーストはこうして倒して
きた。だが、折れた剣で塞がれた。確実に隙はあ
ったのにも関わらず。
「ちっ。」
「ふふ。残念だったな。剣士さん?」
いや、落ち着け。こいつの攻撃を一度でも防ぎき
れればいい。そうすればきっと。
「んじゃな。」
その瞬間だった。今前にいたはずのゴーストの姿
は消え、体に激しい痛みが襲った。
「ぐは。」
血が喉を通り、体外へと出される。
「すまないな。一思いに殺せなくて。」
ゴーストの声が背後から聞こえた。いるはずがな
いのに。自分の体を見ると、赤色に染まった、明
らかに体にはない異物が体を貫いていた。
「げほ、げほ。くっそ...」
剣士は血を吐きながら、息絶えた。
「残念だったな。オーレン。他に剣士がいないの
なら、明日までにギロナの女を集めろ。一人残さ
ずにな。約束を違えたら、どうなるか分かるよ
な?」
「ああ。分かった。」
この3日後まで剣士がギロナ区にやってくること
はなかった。