12話
ギロナ区の外れにあるかつて多くの人が利用して
いた、栄えていた教会の中に1体と3人の少女の姿
があった。意外にも少女たちの自由は守られてい
て、逃げ出そうとすれば逃げ出せる拘束などされ
ていない状態であった。だが、決して逃げたりし
ない。いや、逃げられない。逃げることで何の罪
もない自分たち以外の人が傷つき、殺される。
それはだめだ。と3人は理解して大人しく座り込ん
でいた。そんな少女たちを見向きもせずに自身の
刀の刃渡りを布のようなもので拭いている。この
ゴーストにとってこの少女たちは本当にただの人
質であって興味がなかった。時折いる性目的で少
女をさらうような醜いゴーストではなかった。
「ああ、暇だ。誰か来ねーのかな?」
相変わらず、刀を拭きながらそうひとりごつ。
それに答えるものはこの場にはいない。少女たち
は、素直にこの場にいるだけで会話をする気はな
かった。当然といえば当然のことだ。
だが、事態は急速に動き始めた。入り口の付近か
ら、ガギギギと石と石のすり合う音が静かな教会
内に響いた。途端にゴーストの灰色の瞳が音源を
見据える。
「誰だ?」
静かにゴーストは問いかける。
「.....」
返事はないがコツコツとこちらへと歩いて来てい
ることが分かる。やがて姿を見せたのは、自分た
ちと、さほど年齢の変わらない少年であった。
私たちを見た少年は、にこりと優しく微笑んでき
た。そしてゴーストへと目線を移すと、
「君がギロナ区を騒がせているゴーストだよね」
そういい、相手の言葉を待たないまま続ける。
「もしそうなら、僕が君を倒させてもらう。」
それに、ゴーストが反応する。
「ふはは。そうか。俺を倒しにきたのか。」
こちらに視線を向けて嘲笑う。僕はそれに対して
は反応せず、あるお願いをする。
「そうなんだ。君と僕が戦うにあたってそこの女
の子たちは邪魔になるから、開放してもいいか
な?」
「そこの女共を開放しろってか。いいぜ。ほれ、
女共さらばだ。親の元へお帰りになってくれ。」
意外にもあっさりと開放してくれた。口実を色々
と用意しておいたのだが、役に立たなかったな。
「あっさり、逃すんだね。てっきり、開放なんて
しないかと思ってたよ。」
「ああ、興味なかったしな。それに俺はお前のよ
うな剣士が来ることを望んでただけだからな。」
そうか、なるほどな。このゴーストの目的は、少
女の誘拐ではなく、剣士と戦うことだったという
ことか。確かに、誘拐という形を取れば少なから
ず、剣士の助けを呼ぶだろうし、借りるだろう。
そして誘拐したのが区長さんの娘さんをはじめと
する少女たちなら区の人々を黙ってはいないだろ
う。考えたな。目で行けと伝える。3人が出て行っ
たのを確認する。
「お前からは強い感じを全くと言ってもいい程感
じないんだが。いや、まぁいいか。どうせこの区
とはお別れだ。剣士なりたてほやほやの未熟やろ
うを圧倒するのもたまにはいいかな?なぁ?」
読まれた。自分がまだ剣士になって間もないこと
を。かなり、演技したんだけど無駄だったか。
「はは。実はそうなんだ。怖くてしょうがないけ
ど僕は戦う。」
そう言って僕は鯉口から剣を抜き放つ。剣の帯び
る色は空と周囲を満たす闇と同じ漆黒。教会内に
は月の明かりが差し込んでいるためお互いに相手
の顔を確認できる程度には明るい。
「そうかい。戦う覚悟があるなら、俺も答えなき
ゃな。」
と崩れかけている壁に立てかけていた刀をその手
に握る。
お互いに剣を構え集中する。そうだ。とゴースト
が口を開く。
「言っておくが、俺強いからな。」
「プレッシャーをかけてるんですか?」
「いや、事実を述べただけだ。それと覚悟を改め
て決めて欲しくてな。」
「俺にお前は殺される。その覚悟だ。」
ゴーストの言ったそれに体がぶるりと震える。
大きく息を深く吸う。落ち着け。僕。ひるむな。
「いえ。僕が君を倒します。まだやるべきことが
あるのでこんなところで死なないんです。」
「なめんなよ。ひよっこ。」
ゴーストの表情が一気に険しいものに変わる。
それに合わせて僕の表情も険しく変わる。
改めて剣を互いに構える。静寂が僕たちの辺りを
満たす。教会内に流れ込んだ夜風が冷たく肌を撫
でる。そして始まる。
「いくぞ。剣士!」
「いきます!」
次の瞬間に剣の交錯の音が空間を満たした。だ
が、その交錯の音はすぐにかき消えた。体が吹き
飛ばされ受け身の取れないまま後方の傷んだ壁へ
叩きつけられる。
「がっは」
血反吐を吐きながら、力なくそのまま重力に身を
任せて地面へと倒れる。
「チッ。」
という舌打ちと同時に俺が叩きつけられた位置の
ちょうど心臓部に、ゴーストの剣が突き刺さって
いた。