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キマイラに捧ぐ  作者: 春戸稲郎
六月の物語
9/31

習作生命

 

「慶作。リーさんから聞いたけど、最近は外で遊んでるらしいな」

「え? うん」

「愛海ちゃんと一緒か? それともほかの友達とか?」

「いや、ひとりで遊んでるよ」

 どんよりとした曇り空の広がる日曜日の朝。

 昨晩は珍しく自宅で眠った真作さんは、慶作くんと朝食を摂っていました。

 ふたりだけの食卓は、テレビもつけず、静かなものでした。

「ひとりで……何してるんだ? 危ないことしてないだろうな?」

「そんなことしてないよ。ただ、虫取りしてるだけだよ」

「虫取り?」

「本当は虫じゃなくて、トカゲとかヤモリとかを探してたんだけど」

「なんでまた」

「え? だって、トカゲとか、可愛くないかな?」

「……わからなくはないけどよ。ルスとは遊んでないのか? 飽きたか?」

「そ、そんなわけないよ。ルスとはずっと友達だよ」

「…………そうか」

 いつもとは違う雰囲気の真作さんに、慶作くんはそわそわしました。

 詰め込むようにトーストを口に入れ、慶作くんは椅子から立ち上がります。

「ごちそうさま」

「待ちなさい」

 部屋に戻ろうとするのを真作さんに鋭く呼び止められ、慶作くんはびくりと体が固まりました。

「話がある。座りなさい」

「……はい」

 有無を言わせぬ真作さんの迫力に、慶作くんは従うしかありません。

 真作さんは自分の目の前にある食器をどけると、まずは深く、気持ちを切り替えるようにため息をつきました。

「最近、ルスの話をしないな? ここ一ヶ月くらい、ぱったりルスの写真を俺に送らなくなったな?」

 重苦しい詰問に、慶作くんは顔を上げられず、膝の上の自分の手を見つめていました。

「ルスは元気か?」

「げ……元気だよ?」

「ほんとか? 嘘ついてないか?……俺の顔を見ろ、慶作」

 慶作くんが唇を結んで顔を上げると、意外なことに、真作さんは言葉ほど厳しい表情をしていませんでした。

 悲しむような、同情するような目をしていました。

「あのな、慶作。これでも俺はお前の父ちゃんだから、お前が何か隠してるってことくらいは、わかるんだよ。怒ったりしないから、嘘だけはついてほしくない」

「う……嘘は、ついてないよ」

「……そうか。……リーさんに聞いたんだが、最近、お前の部屋から出るゴミがめちゃくちゃ多いらしいじゃんか。大掃除をしているわけでもないのに」

 視線をさまよわせる慶作くんに、俺を見ろ、と真作さんはいいます。

「俺の目を見て答えてくれ。……ルスについて、何か、隠してることがあるな?」

「………………はい」

 敵わない。隠し通せない。慶作くんは唇を噛みました。

「隠してることを自分でいうのと、俺が今からお前の部屋に入るのと、どっちがいい?」

「……それは……」

「俺はお前が学校に行ってる間にルスの様子を確認することもできたんだぞ?……この意味がわかるか?」

 聡い慶作くんは、返事に詰まります。

 息子のプライバシーを侵さなかったのは、慶作くんを信頼してのことでした。

 真作さんが辛抱強く返事を待っていると、慶作くんは、ごめんなさい、と謝りました。

「今まで秘密にしてたこと、全部、いいます」

「うん。辛いことさせるけど、大事なことだからな」

「いや……たぶん、お父さん勘違いしてる。僕は嘘をついてない。ルスは元気だよ」

 慶作くんは聡く、賢い子だったので、真作さんがどんな誤解をしているのかまで想像できていました。

 どういうことだ、と真作さんが首を傾げると、ついてきて、と慶作くんが席を立ちます。

「見たほうが早いと思う。僕も説明しやすいと思う」

 二階に上がり、ふたりで慶作くんの部屋の扉の前に立ったとき、ドアノブを掴んだ慶作くんが背後の真作さんを見上げました。

「今のルスを見たら、お父さんは驚くと思うけど、怖がらないでほしいんだ」

「お、おう」

 先ほどとは立場が逆になり、真作さんが緊張しているようでした。

 慶作くんが扉を開けて、ふたりが部屋の中に入ります。

 そこで真作さんは、

「なん……っだ、こいつぁ……」

 人生で一番驚きました。


 慶作くんの部屋の中に、ルスはいませんでした。

 代わりに、一頭の化け物がいました。

 ほかはともかく真作さんの認識的には。

「こいつは……」

 部屋の隅にいる〈それ〉を目にした真作さんが言葉を失っていると、

「これが今のルスだよ」

 といって、慶作くんはすたすたとルスに近付きました。

 真作さんが息子を呼び止める前に、ルスがむくりと、四本足で起き上がりました。

「おはよう、ルス」

「オハヨウ、ルス」

「ご飯はもう少し待っててね」

「ゴハン、ゴハン」

 慶作くんとルスはお互いの額を擦り合わせました。ルスは目を閉じて、くるる、と鳴きました。

 以前と変わらない……いえ、前よりもっと親密な雰囲気さえ漂わせている慶作くんとルスを見て、真作さんはたまらず、おい、と声を張りました。

「これは……どういうことだ? それは本当に、ルスなのか? なんでそんな体になってんだ? 俺にわかるように説明してくれ」

 真作さんが慌てふためくのも、無理はありません。この一ヶ月で、ルスの体は大きく変化しました。

 真作さんの知る限り、ハトほどの大きさの鳥だったルスは、鹿ほどの大きさの四本足の獣になっていました。後ろ足は鳥のままでしたが、翼の代わりにヤモリのような両前足ができて、腰には蛇のような尻尾を持っていました。全身は白い羽毛で覆われていましたが、鱗のある顔は魚の個性が混ざっていて、背中には同じく魚のような背びれがありました。

 そして頭には、鹿のようなトナカイのような、大きな角が生えていました。

 異形。

 明らかにこの世の物とは思えない生き物の隣にいる慶作くんは、全部話すよ、と静かに答えます。

「その前に……ルスのご飯にしてもいい?」


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