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キマイラに捧ぐ  作者: 春戸稲郎
四月の物語
5/31

ともだち


 日曜日、真作さんは約束どおりに時間を作りました。

 そうして真作さんの車で、ふたりは朝から出かけました。

「いいか慶作。値段は見るな。時間も気にするな。まずはいろいろ見てみろ」

「わかった」

 親子ふたり、とりあえず最寄りのペットショップに入ってみました。

 仔猫と仔犬を扱っていたその店で、慶作くんはじっくりと、ケージの中に入っている小さな生き物たちを眺めていました。

「抱っこしてみる?」

「いいんですか?」

 店員さんの手でケージから出された仔猫を、慶作くんは両腕で大切に抱えました。

「可愛いな」

「うん」

「小さいな」

「うん」

「……ピンとこないか?」

「…………うん」

 慶作くんが仔猫を店員さんに返すと、ふたりは店を出ました。

「ごめんね、お父さん。……決められなくて」

「何いってんだ。『あれも欲しいこれも欲しい』ってなるより全然マシだよ」

 次に行こうぜ、と真作さんは車に乗り込みます。

 その後もふたりは昼食を挟んで、いろんな店に行き、いろんな生き物を見ました。

 仔犬や仔猫はもちろん、ハムスター、モルモット、リス、ウサギ、フェレット、亀、トカゲ、カメレオン、イグアナ……。様々な熱帯魚や昆虫の類まで、愛玩用として販売されているあらゆる生き物を見ました。

 はじめは気負っていた慶作くんも、次第に父親と一緒にケージや水槽の中にいる生き物を眺めるのを楽しむようになりました。息子と一緒に過ごす時間を取れなかった真作さんは、事前に店を探しているときから、こうなることを望んでいました。

 最後の店に向かう車の中で、助手席の慶作くんは楽しそうに話します。

「メダカってあんなに種類があるんだね。知らなかった」

「そうだなぁ。交配させるのは時間も手間もかかるだろうになぁ」

「あんなに大きな水槽も初めて見た。掃除するのが大変そう……」

 ふと、慶作くんは喋るのをやめて、運転席の父親を見ました。

「……お父さん」

「んー?」

「今日は、ありがとう。楽しかったよ。……結局、決められなかったけど」

 どの店でどんな生き物を見ても、好奇心や興味を持ちこそすれ、慶作くんには「飼いたい」というところまで気分が高まりませんでした。

 しかし、忙しい父親がわざわざ時間を割いてくれただけでも、慶作くんには十分嬉しいことでした。

 ハンドルを握る真作さんは、ふふっと笑います。

「どうしてそんなに、お前は優しい子に育ってしまったのかな……」

「どういうこと?」

「いや……親の勝手な都合で、離婚したり、ひとりぼっちにさせたりしてるのに、お前は優しい子になってなぁ……」

 あるとき真作さんは、真奈美さんにこんなことを漏らしています。「優しい子だけど、自己主張が弱い子になってしまったのは、俺のせいなんだろうな」と。

 赤信号で車を停めると、真作さんは慶作くんに向かって、にっと笑いました。

「お前はもっとワガママいっていいんだぞ?」

「そうかな……そうしたほうがいいのかな……」

「それくらいでお前はちょうどいいだろうよ」

 信号が青に変わり、真作さんは前に向きなおります。

「それに、まだ終わってないしな。道順で後回しにしたけど、もしかしたら次の店こそはと思ってる」

 もちろん無理にとはいわないけどな、と釘を差され、慶作くんは頷きました。

 そうして、少しわがままに振る舞ってもいいのかと、窓の外を見ながら思うのでした。


 ふたりが最後に訪ねたのは、小鳥を専門的に扱う店でした。

 色とりどりのインコやオウムを見て……しかし、やはり慶作くんの心が動くことはありませんでした。慶作くんの、深層心理にわだかまる遠慮や躊躇を打ち破るほどに「欲しい」と思わせる鳥はいませんでした。そしてそれを自分のせいに感じてしまう慶作くんは、だんだん表情が暗くなっていきました。

 そこへ、手にメモ用紙を持った真作さんがやってきます。

「慶作。お店の人に、珍しい鳥を育ててるブリーダーさんを紹介してもらった。帰り道の途中だし、ちょっと寄ってみないか?」

 慶作くんは、考えすぎて疲れてもいて、出会いに諦めてもいて、早く帰りたいという気持ちもあったのですが、次がいつになるかもわからない父親と一緒の休日でしたので、父親の厚意に最後まで付き合おうと考えました。

 紹介されたブリーダーさんの自宅は古い一軒屋で、お店の人から連絡の入っていた三十歳ほどの男性がふたりを迎えてくれました。

 ヨウムやフクロウなどの珍しいペットを見ている最中でした。

「あの……もしかして、新賀栄作先生、ですか? ですよね?」

 ペンネームを当てられた真作さんが頷くと、ブリーダーさんは顔を綻ばせました。

「学生のころから先生のファンなんです。昔サイン会に行ったこともあるんですよ。ほら、あの変なストーカーが来て大騒ぎになった日です」

「あ……あぁー、あのときか。あの日は大変だったな。警察も来てめちゃくちゃに……いやいや、読んでくれてありがとう」

 ブリーダーさんと真作さんは握手を交わしました。

「今日は取材ですか?」

「いや、世のお父さん方と同じ理由で、ペットショップ巡りさ」

「……不躾ですけど、ご予算はいかほどで?」

 ブリーダーさんがひそひそと声を落としても、慶作くんの耳には聞こえていました。

「値段はともかく、ペットとして息子が世話できるかを考えているんだが……」

「それなら是非、お勧めしたい鳥があります。どうぞ二階へ」

 ブリーダーさんに導かれて、ふたりは階段を上ります。

「実は……表現は悪いのですが、不良債権のような鳥を抱えていまして」

「厄介ごとを押し付けられても困るんだが?」

 真作さんが牽制すると、いえいえ、と先を行くブリーダーさんが否定します。

「世話自体は、少々の根気が要るだけで簡単です。とても飼いやすくて、いずれペットとして人気が出るかもしれません。ただ、ものすごく珍しい新種の鳥でして、お安く譲ることも、商品としておおっぴらに宣伝することもできないんですよ」

「詳しくは知らないのだが、個人で飼育しても法律とか条約とかは大丈夫なのかい?」

「伝染病の危険はありません。数年前にコスタリカのジャングルの奥地で発見された新種で、現地での生息個体数の予測や生態の研究さえ不十分なのが現状ですね」

 いずれは条約で縛られるかもしれません、と説明しつつ、ブリーダーさんはとある部屋の扉を開けました。

 薄暗い四畳半の部屋の中に、西向きの窓からの夕日を背負って、止まり木に休む一羽の白い鳥がいました。

 夕日に照らされる白い羽があまりにも美しく……慶作くんは、部屋の入り口で立ち尽くしていました。

「大丈夫、怖くないよ。あんまり動かない鳥だから」

 ブリーダーさんはそういって、部屋の明かりをつけました。蛍光灯に照らされると、止まり木の白い鳥は迷惑そうに身を強張らせました。

 慶作くんは恐る恐る白い鳥に近付きました。ハトよりも少し小さい、尾羽の長いその鳥の周りには、白い羽根が何枚も落ちていました。

「この鳥は和名で〈ハネカエドリ〉と呼ばれているのですが、先ほど説明したとおり、飼育が非常に容易で、日本の研究施設でもすぐに数が殖えたんです。話を聞いて興味が湧き、ちょっとしたコネでつがいを譲ってもらったのですが……」

「……ここでも殖えてしまい、困っている、と?」

 そのとおりです、とブリーダーさんは苦笑します。

「まだ研究の進んでいない鳥なので、ショップにも卸せず難儀しています。この鳥だけに注力できれば費用も手間もそこそこなのですけど、ほかの鳥たちもいますから……。どなたか責任を持って飼育できる方に、内密にお譲りしたいと考えていたところなのです」

「ふむ……」

 慶作、と真作さんが呼びかけるのと同時に、慶作くんが父親を見上げました。

「お、お父さん……僕、この子、すごく欲しい……!」

 ほかのどんな生き物を見たときとよりも目を輝かせて訴えてくる慶作くんに、真作さんは「よし飼おう」とすぐに口走りそうになったと、後に真奈美さんに語っています。

 堪えて、真作さんは尋ねます。

「この……ハネカエドリだったか。どこがいいと思った?」

「なんか、すごく静かなところ。ほかの鳥は忙しく動いてるのに、この子はじっと、何かを考え込んでるみたいで、すごく面白い」

「そうか。……この鳥、飼ってみたいか?」

 父親の問いに、慶作くんは迷いなく頷きました。

「この子を毎日、ちゃんと世話できるか? エサをやるだけじゃなくて、掃除とかを面倒くさがらずにできるか?」

「うん。絶対にする」

「……この子はどんなに大切に育てても、お前よりも先に死ぬ。慶作、この子が天国に行くまで、ちゃんと世話をできるか?」

 そこで一瞬だけ慶作くんは躊躇しましたが、すぐに覚悟を決めた表情で頷きました。

「大丈夫。ずっと一緒にいる」

「……よし、約束だ。俺とお前だけじゃなく、この子とも約束するんだ」

 真作さんがそういうと、慶作くんは、改めて白い鳥と向き合いました。

 夕日に照らされる、尾羽の長い、白い静かな鳥に、慶作くんはそっと囁きました。


「……僕の時間を、きみにあげる。だから、友達になろうよ」


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