ふたりめ
それから三時間後。
「ただいまー」
両手に大きなレジ袋をいくつも提げたリーさんが帰ってきました。
「ちょと遅くなった。ごめんなさいよ、ケイサク。すぐに昼ご飯にするね」
やれやれと、リーさんは息をつきながら、廊下にレジ袋を置きました。
そのとき、ふとリーさんは、静か過ぎる家に違和感を覚えました。
「……ケイサク?」
呼びかけても、返事はひとつもありません。
聞こえてくるのは……おそらく風呂場からの、水道の音だけ。
何かがおかしいと頭で感じるのと、ただならぬ異臭を鼻で感じたのは同時でした。
「ケイサクっ!」
何かが起きている。それだけを悟ったリーさんは、土足のまま家に上がり、風呂場に飛び込みました。
「……!」
そのときその場で見た光景を、リーさんの頭脳は、認識することを拒みました。
一切の思考を停止させたリーさんの前には、慶作くんが立っていました。
慶作くんは全裸で……彼の白い肉体は、血にまみれていました。
むせ返るような血の匂いの満ちる風呂場にいた裸の慶作くんは、両腕が肩から指先まで血で覆われ、胴体や顔にも返り血のような赤い斑が付着していました。
呆然と口を開けたまま放心しているリーさんが、意図なく視線を下ろすと、慶作くんの両手に、中華包丁とノコギリが握られているのを捉えました……が、目では見ても、まだ状況を理解することができませんでした。
「おかえりなさい、リーさん」
淡々と慶作くんはそういうと、どういうつもりか、血塗れの腕で口元を拭いました。痒かったのでしょうか。しかしそのせいで、慶作くんの口元は大きく血で汚れました。
「け……ケイサ、ク……?」
リーさんの頭に、少しずつ、言葉が戻ってこようとしていました。
しかし、湯船の中から誰かの脚が飛び出しているのを見つけてしまい、またしても思考が吹き飛びました。
へなへなと全身から力が抜けて、リーさんはその場に尻餅をつきました。
それを見て……慶作くんは、薄く笑むのでした。
「早かったね。……いや、僕がもたもたしすぎたせいかな。驚かせちゃったね」
そういって慶作くんは、左手に握っていたノコギリを、風呂場のタイルの上に捨てました。がしゃん、という音に、腰を抜かしたリーさんの体は、びくりと反応しました。
白、黒、赤……服を脱いだ慶作くんは、その三色で構成されていました。
白い肌、黒髪、血塗れの少年が、一歩、リーさんに近付くと、彼女は息を喘がせながら、震える腕を使って後ずさりしました。
いったい何が起きたのか、リーさんの脳で思考を組み立てることはできませんでしたが、すぐに逃げ出さなければならないということだけは、本能的にわかっていました。
しかし、恐怖と混乱のせいで、体がまったくいうことを聞きません。
そんなリーさんに、慶作くんはさらに一歩近付き……包丁を振り上げました。
「ごめんね、リーさん」
……最後の瞬間まで、リーさんは、悲鳴ひとつ上げられませんでした。




