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キマイラに捧ぐ  作者: 春戸稲郎
八月・終わりの物語
25/31

家族

 

 慶作くんにとって真作さんは、大切な人でした。

 血の繋がった唯一の家族だから、というだけではありません。

 真作さんは、慶作くんにとって憧れの男性像であり、尊敬する芸術家であり、未熟な自分を教え導いてくれる先達者であり、もっとも親しい友人でした。

 そんな人が、目の前で暴漢によって無残に殺されたとき、慶作くんの内面までもがずたずたに切り裂かれました。ジグソーパズルのように砕け散った心を、慶作くんは拾い集めて修復しようとしましたが、明らかにピースが足りていませんでした。決してほかの何かに替えることのできない心の欠片が、壊されると同時に奪われていました。

 無視することのできない、欠落、奈落。覗き込むと真っ赤な記憶が。

 いっそのことすべて壊れてしまえば、失った物に気付かずに済む。

 慶作くんの心は幾度となく、真作さんの死から目を背けさせようと、つじつま合わせをしました。まだ夏休みに入っていないと思わせたり、「西江賀真作は殺されたが生きている」という矛盾を信じ込ませたり。

 しかし幸か不幸か、今の慶作くんが現実を見失うことは、辛うじてありませんでした。

 それはなぜか。

 ……ルスがいたからでした。

 ルスは、慶作くんに唯一残された家族でした。彼の血を摂取して進化したことも考えれば、兄弟と呼んでもいいかもしれません。

 ルスを生涯にわたって飼養する約束を交わしたこと、ルスの成長を報告して喜んだこと、ルスを好奇心で弄んで叱られたこと。共有した秘密。乗り越えてきたいくつかの試練。

 ルスは、大切な人との思い出を映す鏡でした。

 呼吸をして、餌を食べ、さらには人語さえ操る温かい生き物。

 その生物の全生涯の責任を負っている慶作くんに、ルスから目を背けられるはずもありません。そしてルスを見つめればおのずから、真作さんとの思い出が、泉のように、痛みと共に、慶作くんの胸に湧き上がってくるのでした。

 ……もしも、

 もしもそれからも、今までのように慶作くんがルスと同じ家で暮らしていくことができたなら、彼の心の傷も、長い時間をかけて癒えたかもしれません。慶作くんはルスのために正気を保とうとしていましたし、ルスは彼を労わっていました。

 しかし……そうはならなかったのです。

 大切に愛してきた日常との決別が迫っていました。


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