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キマイラに捧ぐ  作者: 春戸稲郎
八月・終わりの物語
21/31

カーテンの内側

 

 ………………

 どうしたの、ケイサク。

 ……電話を何度かけても、お父さんに繋がらないんだ。

 シンサクのこと?

 ずっと帰ってこないんだ。リーさんに聞いても答えてくれなくて。

 ケイサク、マエに、シンサクはシんだって、いってた。

 そうだよ。お父さんは死んだよ。でも、お父さんが帰ってこないんだ。

 シンサクは、シんでも、カエってくるの?

 死んだ人は帰ってこないよ。

 ……ルスには、わからない。シンサクは、イきてるの?

 少し黙ってて、ルス。もう一度お父さんに電話するから……

 ………………


 すべてのカーテンが閉じられたことで慶作くんの自宅居間は薄暗く、テレビも付けられていないのでひどく静かで、冷房は過剰なほどに効いていました。

 カーテンの隙間から外を覗き見る真奈美さんは、階段を降りてくる音を聞いて窓から離れました。

 居間に現れたのは、エプロン姿のリーさんでした。

「テレビカメラは、どんな様子か?」

「外にたくさん。慶作くん、出るときも帰ってくるときも、カメラで撮られてた」

 慶作くんの様子は、と真奈美さんが尋ねると、リーさんは首を振りました。

「今は、ルスと話してるよ。……〈わかっていない〉ケイサクだたね」

「そう……」

 カーテンの締め切られた暗い部屋の中で、ふたりは座布団の上に腰を下ろしました。

 座卓の上に肘をついて頭を抱え、リーさんが深いため息をつきました。

「どうしてこんなことに、なてしまたのか……神も仏も、役に立たないな」

「どっちもいないんでしょう。……あの犯人の心の中には、いなかったんでしょう」

 どん、とリーさんはテーブルに拳を振り下ろしました。

「わたし悔しいよ、マナミ。なぜシンサクさんは殺された。あんないい人、殺すの殺されるのとは、関係のない人だ」

「わたしも同じ気持ちよ。……でも、妄想に取り憑かれた人に、理屈は通用しない」

 淡々と語る真奈美さんは、ぎゅっと自分の手を握り締めました。

 ……七月三十一日の夜、真作さんは包丁で腹部を三ヶ所刺され、出血性のショックで死亡しました。

 現場から逃走した犯人の男は数時間後に逮捕され、警察署にて犯行を自供。動機についての取調べが進められていました。

 曰く……「新賀栄作は自分のアイディアを盗んで、それで成功した。それが憎くて殺してやった」とのこと。

 男はかつて、真作さんのサイン会イベントにもナイフを持って乱入し、取り押さえられ、傷害で逮捕されていました。

 真作さんが盗作を行ったというのはまったくの事実無根。犯人の被害妄想でした。

 身勝手な思い込みによる、殺意の高い、計画的で残忍な犯行。そしてその被害者が週刊誌で連載中の人気漫画家であるということが、世間の注目を大いに集めました。

 通夜も葬儀も終わり、事件から半月が経っても、真作さんの家には大勢のマスコミが集まり、たったひとり残された慶作くんと、彼を支えるふたりの女性を疲弊させていました。

「……わたし、生まれて初めて、本気で人を殺したいと思ってる……」

 静かに、しかし肩を震わせて語る真奈美さんに、リーさんは寄り添い、怒りに震える体を抱きました。

「マナミは偉い。マナミは好きな人死んで悲しい。けど、ケイサクのために我慢してる。誰にもできないよ」

「……ありがとう、リー。……本当に、本当に、本当に、暴れだしたいくらい苦しいけど、リーのお陰で……」

 真奈美さんは自分の肩に触れるリーさんの手に自分の手を重ね、もう一度、ありがとう、といいました。

「……慶作くんのこれからを思うと、やりきれない。……もう、あの子が、心の底から笑うことができなくなるんだと思うと……」

 そう思うのは、これから更なる不幸が慶作くんに降りかかることが目に見えるように予想できるからでした。

 真作さんの葬儀が終わって四日後のこと。

 キャリーケースを転がすひとりの〈女〉が、全身をブランド品で固めて、三人のいる家にやってきました。

 まるでハゲタカのように。

 リーさんの目元に、深い憎しみが宿りました。

「わたしはあの女を殺したいよ。……犯人はこれから罰を受ける。でも、あの女は、罰を受けない悪人だ。犯人と同じくらいのケダモノだ」

 できるものなら、リーさんも真奈美さんも、その女に敷居を跨がせなかったことでしょう。それほどに横柄で厚顔無恥な女でした。

 慶作くんの実の母親は。


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