西江賀慶作
慶作くんは、気弱というよりも、気を遣う子でした。まだ小学五年生なら、もっと遠慮なく振る舞ってもいいのに、友達にも家族にも気を遣ってしまう優しい子でした。
「よかったね、クラス替え。また同じ教室だよ」
その日、下校を共にしてくれるクラスメートの女の子にそんなことをいわれたら、嬉しさよりも申し訳なさが勝ってしまう子でした。
「渚辺さんは、迷惑してない?」
「なにが?」
「僕はあんまり友達がいないから平気だけど、僕と一緒に帰って、また誰かにからかわれたり噂されたりしたら……」
慶作くんの心配はあながち的外れではありません。彼は同級生と比べて小柄で線が細く、中性的で可愛らしい顔立ちをしていました。それが男の子にはからかう材料となり、女の子には、彼と仲の良い渚辺愛海ちゃんへのやっかみの原因となっていました。
愛海ちゃんは、むっとした表情で、隣を歩くランドセルの少年のほっぺをつねります。
「気にしなくていいの。いいたい人にはいわせとけばいいの」
「でも……いたい」
ほっぺをつねる愛海ちゃんの手に力がこもります。
「慶作のお父さんに頼まれてるから友達続けてるわけでもない。わたしが慶作と友達でいたいの。わかった?」
愛海ちゃんが手を離すと、慶作くんはつねられたほっぺを撫でました。そのとき彼が安堵していたのは、痛みから解放されたからという理由だけではなかったでしょう。
「それともさ……わたしと一緒にいるの、嫌なの?」
「そんなことないよ。愛海ちゃんは優しくて可愛いし、話してて楽しいし、いつも一緒にいてくれて困ったときは助けてくれる。あと、強くて弱音吐かないし、いい匂いするし」
「わ、わかった。わかったから」
愛海ちゃんは顔を赤くして制止しました。慶作くんのほうも、昔のように「愛海ちゃん」と呼んだことに今さら気付いて、顔を赤くしました。
お互い黙りこくったままの通学路で、口を開いたのは慶作くんでした。
「渚辺さんがいなかったら、学校がもっとつまらなかったと思う。いつもありがとう」
「……お礼をいわれることでもないけどね。……慶作のお父さん、最近忙しいの?」
「相変わらずね。打ち合わせとかで東京に行くのが増えてる気がする」
「またアニメになるのかな」
「どうだろ。お父さんの漫画、人気らしいけど。……あれ?」
自宅の前までついてきた愛海ちゃんを、慶作くんは振り返りました。
「渚辺さん、塾は?」
「今日は休みなの。夕方まで遊ぼうよ」
半ば強引に慶作くんの背中を押す形で、ふたりは玄関の扉をくぐりました。