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キマイラに捧ぐ  作者: 春戸稲郎
七月の物語
17/31

共に生きるために

 

 折悪しく、というべきでしょうか。

 慶作くんは、朝に自宅に迎えに来た研究員の男性によって、ルスと共に昼過ぎに自宅に送られました。

 そのときちょうど慶作くんの家には、リーさんと、その日の午後から授業をするはずだった真奈美さんがいました。

 やはり「折悪しく」というべきでしょう。玄関で慶作くんを迎えたふたりは、摩訶不思議な形態のルスを見て、大騒ぎしました。そんな〈歓待〉を受けたので、ルスもびっくりして慶作くんの背中に隠れてしまいました。

 どうしたものか考えて、慶作くんはひとまずパニックになりかけている女性ふたりを落ち着かせました。

「ルス。挨拶をしよう。こちら、ベトナムから来た家政婦のリーさんと、僕に英語を教えてくれている、家庭教師の真奈美さん」

 さぁ、と促すと、ルスは慶作くんの背中からおずおずと出てきました。

「はじめまして。ルスというナマエ。ルス、ケイサクのトモダチ。リーとマナミ。ふたりのこと、ナマエはシってる」

 鳥の嘴から紡がれるたどたどしい自己紹介に、リーさんと真奈美さんは息を飲みました。

 ルスを居間に通して、慶作くんはふたりに、これまでの経緯、今まで秘密にしていたことを、順を追って話しました。

 食べた生物の特徴を獲得するルスの個性、ルスが獲得した高い知能。これらは慶作くんが説明するよりも、ふたりをルスと話させて納得させることができました。

「リーも、マナミも、きれいなヒトだ。ルス、ケむくじゃらだから、ウラヤましい」

「鳥に褒められたよ、マナミ。悪くないな?」

「あなたの羽毛もきれいよ、ルス。その角も素敵だと思う」

 胆が据わっているのか、好奇心が勝ったのか、リーさんも真奈美さんも、割とすぐにルスと打ち解けました。ルスは慶作くんがそばにいることで安心しているのか、研究所ではほとんど口を利かなかったというのが嘘のように喋りました。

 そばで見守っていた慶作くんは、スマートフォンを手にソファーから立ち上がりました。

「お父さんに連絡入れるよ」

「ケイサク、どこにイく?」

「ここが僕の家なんだから、どこにも行かないよ」

 不安そうな声音になったルスは、それを聞いて納得したようでした。

 居間を出て玄関で、慶作くんはスマートフォンを耳に当てました。

「もしもし。今、電話して大丈夫?」

『おう、帰ったのか』

「うん。ルスと一緒にね」

『……そうか』

 複雑な感情の乗った真作さんのため息が、受話口から耳をくすぐるようでした。

『研究所の先生はなんていってた?』

「ルスのフンとか、抜けた羽根とかの細胞のサンプル、あとは日々の映像の記録が欲しいって。餌代と交換にしたいって」

『それならルスをうちで飼育してもいいってか?』

「うん。……これで、お父さんが必要としてた〈専門家のお墨付き〉はクリアしたよ」

 ルスを飼育する上での安全性の担保がないことが、真作さんがそれを許可しない第一の理由でした。だから慶作くんは、そこははっきりと主張しました。

 まぁそうだな、と電話の向こうの真作さんは淡々と同意します。

『でもな慶作、そこは俺の家なんだ。俺の実家なんだ。だから究極のところ、俺が「飼わない」といったら、ルスは飼えないんだ。……さて、お前はどう答える?』

 試すような父親の質問に、慶作くんは笑いました。

「意地悪だね。でも僕にはわかってる。お父さんはそんなこといわない」

『ほーう?』

「だって、お父さんもルスのこと、好きでしょ?」

 そこで慶作くんは、廊下の先の居間に背を向けて、声を低くしました。

「……もしもお父さんがルスを殺してもいいと思っていたのなら、ほかにも方法はあったはずだよ。たとえば海外の研究所に預けるってことにして、ルスを殺してしまうとかね。でも、そうしなかった。ルスが僕と離れても生きていけるように最善を尽くしてくれた。……だから、僕なしでは生きていけないルスを、お父さんがもう一度どこかに引き離すことなんて、絶対にしない。そんなことをしたらルスが死んでしまうから」

 慶作くんが静かに語ると、まいったな、と真作さんは唸りました。困り顔が目に浮かぶようでした。

『お前はここ数ヶ月で、ずいぶん頭が回るようになった』

「研究所の人にもそんなことをいわれたよ」

『そうか。でも不十分だ。……ちょっときついこというけど、俺はお前の安全と将来を守るためだったら、お前の目の前でだってルスを処分するからな?』

 言い含めるような厳しい忠告に、しかし慶作くんは、優しいな、と思うのでした。

「わかってる。ここから先は僕次第。僕の責任ってことだよね」

『大変だぞ? リーさんや真奈美先生に、いつまで秘密を守れるか……』

「ああ、それならさっきバレちゃったよ」

『あんだって?』

 慶作くんは今しがたの出来事を話しました。

「それに僕はね、ルスのことを秘密にするつもりはないんだ」

『というと?』

「ルスを、人類の宝にする」

 大言壮語。小学五年生の口から出てくるには、あまりにも遠大な言葉でした。

 息子の発言を咀嚼するかのように、真作さんは沈黙を挟みました。

『……つまり、ルスを、誰からも大切にしてもらえるようにする、ってことか。危険な存在だとは思われずに』

「そう。欲をいえば……『散歩に出かけたいな』とルスが思ったら、気兼ねなく僕と外に出られるくらいには。もっと欲をいえば、ルスが自分で働いてお金を稼げるくらいに」

『無理だな』

「僕もそう思う」

 慶作くんは真作さんと笑いながら、「今はね」と言葉を添えます。

「今はまだ、ルスは幼すぎる。僕に大切にされているということはわかっているけど、自分がどれだけ貴重な存在かは理解していない。だからもっと、ルスにいろんなことを教えないと……いや、違うね。ルスと一緒に学んでいかないといけないんだ。言葉、歴史、社会、科学、芸術、いろんなことをね」

 自分もまたルスと同じく〈子供〉であることを、慶作くんは理解していました。

 この世界で生きていくためには、学ばなければならないのですから。

「僕とルスが〈大人〉になって、自立できるようになること。……それが、今の目標かな」

『そのために、何をするんだ?』

「特別なことは何も。今までと同じだよ。一緒に本を読んで、一緒に話して、一緒に遊んで、一緒に考えて……嬉しいことや悲しいことを共有する。……たぶん、それだけでいいんだと思う。ルスと僕が成長するには」

 言葉では濁しましたが、慶作くんには確信がありました。

 ルスに人格を認めるならば……人としての成長は、人と関わり続ければ、おのずと遂げられるだろうと。

 慶作くんの紡ぐ言葉に静かに耳を傾けていた真作さんは、すげえな、といいました。

『お前、いつの間にか、親になったな』

「親……そうかな?」

『ああ。子供と一緒に成長してくのが親ってもんだ。お前はルスのお父さんだ』

「ルスは僕のことを『王子様』って呼ぶけどね」

『ははっ……お前はどっちがいいんだ?』

「さぁね。どっちでも。一緒にいられるのなら、なんだって構わないよ」

 そんなことをいったらルスは怒るだろうかと、慶作くんは考えました。

 真作さんが、明るい口調で切り出しました。

『なぁ、今週の原稿があがったら、うまいもん食いに行こうぜ』

「え? どうして?」

『たまにはいいじゃねーか。何食いたい? 寿司か? すき焼きか?』

「えっと……じゃあ、ステーキ食べたい、かな」

『おーし。ステーキな。おいしい店探しとくよ』

 じゃあな、といって真作さんは通話を切りました。

「……これは……」

 何かあるな、と慶作くんは予感しました。彼の十一歳の誕生日はまだ先です。

 ともあれそれは確実に悪いことではなさそうなので、楽しみな予定ができた慶作くんは、笑顔でルスの待つ居間に戻りました。


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