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キマイラに捧ぐ  作者: 春戸稲郎
七月の物語
16/31

計画の名は〈愛〉

 

 高速道路を走る大型のワゴンに、慶作くんは乗っていました。

 運転席に座っているのは若い男性で、車中にはふたりだけでした。

 運転手の若い男性が、「けいさくくん」と話しかけました。

「慶作くん……で、いいんだよね?」

「はい。僕の名前は西江賀慶作です」

「うん。……慶作くんに、ひとつ、聞いておきたいんだ」

 ルームミラー越しに、運転手の男性と目が合いました。小学生に向けるには不適切だろう、恨みがましい表情でした。

「……きみは、あの生き物に、何を吹き込んだんだ?」

 友好的とはいえない視線に、慶作くんは柔らかな表情と口調で応えました。

「いくらルスが賢いといっても、ハンガーストライキなんて理解しませんよ」

「難しい言葉を知っているね。……きみの命令ではないと?」

「『餌を食べるな』なんて愛のない命令、僕は絶対にしません」

 前日……ルスを研究所に託してから三日後の夜に、研究所から連絡がありました。

 切羽詰まった様子で、こういったのです。

 頼み込んでも、宥めすかしても、嘘をついても、駄目だった。

 ルスが餌を食べてくれない、と。

 とにもかくにも来てほしい……ということで、今朝方に研究員の男性が慶作くんの家に車で迎えに来た次第でした。

「それじゃあどうしてルスは、餌を食べてくれないのかな?」

「僕がそばにいないからでしょう。今までルスの食事はすべて僕が与えていましたから」

 あっさりとした答えに、そうだね、と運転席の若い男性は苦い表情を浮かべます。

「こちらが与えた餌を口にしたのは最初の一回だけだったよ。あとは研究員が何を話しかけても『慶作はどこ?』『慶作はいつ来るの?』としかいわなかった。……『そのうち来るから、ご飯を食べて待っててよ』といったのは、失敗だったと思うかい?」

「その様子だと、『慶作が来てから食べる』とルスはいったんでしょうね」

「まさしくね。昨晩からはろくに喋りもしなくなった。我々には最早お手上げ。貴重な生体を失うわけにはいかないから、急遽きみの助けが必要になった、というわけさ」

 代謝の激しいルスのことです。きっと衰弱しているだろうと思うと、慶作くんは胸が締め付けられるような思いでした。

 予想していたことではありましたが。

「これは、きみの計算のうちかい?」

「……何をおっしゃっているのか、わかりません」

「ルスを取り戻すための計画かな、とね」

 問いかけに、慶作くんは、高速道路の流れる景色を眺めました。

「計算とか計画とか……そんな難しいことではありません。僕にできること、僕にしかできないことを、ルスにしてあげただけです」

「つまり?」

「愛情です。……愛情と知識と思い出を与えたんです。僕にできるのはそれだけですから」

 ルスと引き離されることが決まってから、慶作くんは熟考しました。ルスのために何ができるだろうかと。

「計画というほどではありませんけど、愛情を注げばこういう状況になるかもしれないという期待は、正直、少しはありました」

 ルスの手に入れたヒトの知能は、まだ発達の余地がありました。話しかけ続ければそれだけルスは様々なことを覚えていきました。

 ルスの価値を高めること。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()貴重な存在にすることが、慶作くんの、いうなれば計画でした。

 ふん、と運転手の男性は、面白くなさそうに相槌を打ちました。

「しかし結局、すべてきみの計画どおりだよ。お陰でこっちはなんとかルスに餌を食べさせようとして、今日まで寝不足さ」

「絶対の成功を目論んだわけではありませんから、皆さんのご苦労については、なんとも。……ルスが研究所で幸せに暮らすことができれば、あるいは衰弱したルスを見ても僕を頼ろうとしなければ、諦めていましたよ。僕は子供で、何の力も持ちませんから」

「きみのような子供は珍しいね」

「……子供らしく駄々を捏ねて、泣いて喚いて、それでルスと一緒にいられるのなら、そうしていました。でも、そうはならない。それなら、僕にできることをするまでです」

 窓の外を見つめて淡々と語る小学生の子供に、男性はため息をついて、負けたよ、といいました。

「ルスと一緒に暮らせる人間は、もうきみ以外にいないのだろうね」

「幸運なことに、そのようです」

「果たしてそうかな。きみとルスはこれから長くお互いに縛られ続ける」

「幸せかどうかは問題ではありません。僕もルスも望んでそうなれるのなら、僕はそれを幸運と呼びます」

「……きみは賢いね」

 次の言葉を最後に、研究所に着くまで、車内には静寂が満ちました。

「だからこそ危うい」


「………………」

「……ルス。ルス、起きてる?」

「………………」

「僕だよ。慶作だよ」

「………………」

「起きてるんでしょ? どうしたの。こっち向いてよ」

「……ケイサクのこと、キラい」

「どうして?」

「だって、ケイサク、ルスをひとりにした。ずっとイッショって、ヤクソクしたのに」

「お父さんから聞いたでしょ? これは必要なことだったんだ」

「どうして、ヒツヨウだったの?」

「これからずっと、一緒に暮らしていくためさ」

「……わからない。……ルス、コワい」

「何がわからないの? 何が怖いの?」

「ケイサク、ルスに、ナニかカクしてる。ケイサクのこと、わからない」

「………………」

「ルス、ケイサクがスき。でもトキドキ、ケイサクがわからない」

「……それが、怖い? 僕が怖い?」

「ケイサクはコワくない。またひとりになることが、コワい」

「そっか。……ごめんね。怖い思いをさせて」

「ホントウ。ルス、コワかった。サビしかった。ずっとケイサクをマってた」

「うん。うん」

「ルス、カエりたい。ここにいたくない。それとも、まだ〈ヒツヨウ〉なの?」

「……大丈夫。もう帰れるよ。〈必要〉は終わったんだ」

「ホントウ?」

「本当だよ。僕はきみを迎えに来たんだから」

「ケイサク、もう、ルスをオいていかない?」

「もちろん。ご飯を食べたら、一緒に家に帰ろう」

「うん。……あのね、ケイサク」

「なんだい?」

「ずっとカンガえてた。……このマエ、ゲームしたとき、ルス、ホントウは、ズルした」

「………………」

「あのときズルしたから、ケイサク、オコって、ルスをスてたんじゃないかって……」

「そんなわけない。そんなわけないじゃないか」

「……ケイサク?」

「そんなわけ……」

「ケイサク、やっぱり、オコってる?」

「……そうじゃないよ、ルス。僕は、悔しいんだ」

「クヤしい?」

「ああ。……『気付けなかったなぁ』って」

「わからない。どういうイミ?」

「あとでゆっくり話すよ。……僕たちの家でね」

「また、イッショにいられる? もうハナれない?」

「今度こそ絶対に約束する。僕はきみと一緒にいるよ」

「ホントウ? エホンみたいに、シアワせにクらせる?」

「もちろん。……僕はきみの王子様だからね」

「ルス、もうウタガわない。ケイサク、やっぱり、ヤサしいヒト」

「うん。……ありがとう。嬉しいよ、ルス」


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