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「良かった……。本当に、どうなることかと思ったんだよ」


 お兄ちゃんがそう言ったときだった。

 かちゃりとドアの開く音がして、だれかが部屋に入ってきた。


「ああ、気がついたのかい?」

「あ、はい。ありがとうございました、ギーナさん」


 お兄ちゃんが振り向いて見た先に、あの紫色の髪をしたきれいな外人のお姉さんが立っていた。手には、ペットボトルの水とコップの乗ったお盆を持っている。

 その後ろから、お姉さんよりちょっと背の低い、別の女の人も入ってきた。

 こっちの人は日本人みたい。こう言うとシツレイだけど、ギーナさんよりはだいぶふつうの感じだった。


「浴衣、きれいになってるわよ。アイロンあてても大丈夫みたいだったから、そっちもついでにやっておいたわ」

「あ、ありがとうございます。ミサキさん!」


 お兄ちゃんがびっくりしたように頭を下げる。こっちの女の人は、ミサキさんというらしい。


(え? ゆかたって……ああっ!)


 その言葉を聞いて、あたしは急にあせり始めた。

 あわてて自分の体を見下ろしたら、あたしはかなり大きめのピンクのパジャマを着せられていた。


(ど……どうしよう)


 お気に入りの、黄色いゆかた。あたし、かなり汚しちゃったかも。

 ママから「汚さないようにね」って、何回もしつこく言われていたのに。

 それでやっと、だんだん思い出してきた。あたし、あの階段から落ちたんだわ。あんまりケガをしてないみたいでラッキーだったけど、ゆかたはきっとめちゃくちゃに汚れちゃったにちがいない。

 どうしよう。絶対ママ、激怒するわ。


 それに今、いったい何時なんだろう。

 帰るのが遅くなったら、パパもママもめちゃくちゃ怒るに決まってる。ユウお兄ちゃんだってしかられちゃう。だって「あんまり遅くならないこと」っていうのが、最初の約束だったんだもん。

 あたしはもう、のどの奥がぎゅうっとつまって、おなかが痛くなってきた。きっと、顔だって真っ青になって、ぷるぷるし始めたにちがいない。

 ユウお兄ちゃんがそれに気づいて、そっとあたしの手をにぎってくれた。


「大丈夫。心配しないで。パパやママに叱られることはないからね」

「え?」

「体は治ってるみたいだし、すぐに着付けをしてあげるわ。ギーナに送ってもらえばすぐだし。大丈夫よ」

 答えたのはミサキさんだった。軽く片目をつぶって、なんだかなぞだらけのことを言う。

 あたしはきょとんとするしかなかったけど、なぜかみんなは全部わかったような顔をして、うんうんとうなずき合ってるだけだった。


 そこからは、まるで本当のこととは思えなかった。

 ミサキさんがささっとあたしにゆかたを着せ直してくれると、ギーナさんはあたしとお兄ちゃんに「ついておいで」と言った。そうして、あたしたちをマンションの屋上につれていった。

 そう、ここは一応、マンションだった。

 あそこは、ミサキさんが住んでいる部屋なんだって。

 ついでに言うと、ミサキさんもあの「アナザー探偵事務所」の人らしい。


 屋上に出ると、頭の上にあった月は、さっきとほとんど同じところにあった。月って、時間が進むにつれて動いていくはずだから、たしかにあんまり遅くなってないってことみたい。

 ギーナさんは、手にちょっと変わった形の棒を持っている。

 あ、あたしそれ、知ってるわ。()()()()とかいう、むかーしの絵に出て来たのを見たことあるもん。確か「キセル」とか言うんでしょ?

 ギーナさんは指先で、魔法みたいにくるくるっとそれを回して見せた。


「……さてと。キラちゃん、ここでちょっと、あたしとお約束してほしいことがあるんだけどね」

「え?」

「今から見ること、体験すること。ぜーったいにパパやママや、お友達には内緒にすること。もしできないなら、今夜の記憶は消させてもらうしかなくなっちゃうよ」

「ええっ……?」


 記憶を消す? この人、なにを言ってるの?

 びっくりして手をつないだお兄ちゃんを見上げたら、お兄ちゃんも困ったような顔であたしを見下ろしてきた。でもやっぱり、優しい笑顔。


「心配ないよ。怖いことは何もないんだ。……でも」

 きゅっと、お兄ちゃんの手に力がこもる。

「記憶を消されてしまったら、キラちゃんは今夜のこともみんな忘れてしまうかもしれない。今夜の花火大会のことも、全部」

「え……」


 胸がずきんとして、あたしはそこに立ちつくした。

 やだ。

 それは、絶対にイヤ。

 あんなにあんなに、楽しみにしていた花火大会。

 お兄ちゃんと見たあのきれいなきれいな、夜空の花。

 お兄ちゃんの、きれいな横顔。

 あのむかつく女子高生たちとかの記憶は消えてもいいけど、それだけは消されたくない。


「できれば僕も、それはいやかなって。僕だって、あのことがあるまでは今夜は楽しかったんだし。それで、ギーナさんにお願いしてたんだよ」

 ギーナさんは腕組みをして、キセルでとんとんと自分の肩をたたくようにしている。

「ほんとはさあ。あたしは反対なんだけどねえ? 子供に秘密を守らせるなんて至難の業だ。最初っから記憶なんて、消すの一択しかないもんなのさ。でも、今回は他ならぬユウちゃんの頼みだからね」

「や、……やくそくする!」


 あたしはあわてて叫んでいた。


「ぜったいぜったい、言わない! 何があっても言わないわ。だから記憶は……消さないで」


 ぜったい、やだ。

 ちょっと想像しただけで、つうんと鼻の奥が痛くなる。


「おねがい……」


 お兄ちゃんの手をぎゅうっと握って、もう片方の手を握りこぶしにした。

 ギーナさんはちょっとの間、そんなあたしを見つめてた。

 そして、にこりと笑った。


「……わかったよ。確かに約束、したからね?」


 そうして、キセルでひょいと空中に円をえがくみたいにした。


「え? きゃああっ!?」


 足がいきなり床から離れて、あたしは悲鳴をあげた。

 ふわっと体が浮いて、じたばたする。すぐにお兄ちゃんにしがみついた。


「大丈夫。心配しないで」


 お兄ちゃんの手が、しっかりとあたしを抱き寄せてくれる。見れば、そのお兄ちゃんもギーナさんも、いっしょに宙に浮いていた。


「さて。行くよ」

「え? どこへ……ひゃあああああっ!?」


 次の瞬間。

 あたしたち三人は、街の光を足もとに見て、びゅーんと夜空に飛び上がっていた。

 


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