聖女様、遠足を何とかする
「もう我慢できません!!」
聖堂の広間にて、背筋をそらしながら腕を高い位置で組み、腹の底から声を張り上げるのは金髪の少女である。年齢は8歳ぐらい。赤いワンピースの裾をなびかせ、大勢の子供たちを引き連れている。前髪は一定のラインで切り揃えていたため、美しい金髪であっても子供らしい印象のほうが勝っている。
彼女の名はリブラ、聖堂が運営する学舎にて生徒の代表を務める少女だった。学舎は7歳から12歳までが通う五年制であるため、8歳のリブラの背後には彼女より上背のある男子女子が連なっている。
「はあ、何でしょうか?」
聖女マニットはいきなりの剣幕に少し困った声となっている。彼女にしては珍しい様子であろう。
「マニット様! 春の遠足はどこだったと思いますか!」
「ええと、ブラルザンの丘ですね」
「昨年の秋の遠足は」
「ブラルザンの丘ですね」
「まさかと思いますがその前も」
「ブ……ラ……ル?」
「いやなんでヒント出す感じになったんですか、ずっとブラルザンの丘でしょ」
足をだんだんと踏み鳴らし、その少女はますます声量を上げていく。
「今度の遠足では違う場所を要求します!!」
「でもブラルザンの丘は良い場所ですよ。プラムが生えてますし、ノイチゴとかコケモモもあるし、そのへんのカタバミはよく噛めば食べられますし、すごく頑張れば白樺の樹皮とかも食べられます」
「すごく頑張るほど食べ物に困ってません!!」
またもだんだんと床を踏み鳴らす。すると石の床が凹み天井から石ぼこりが落ちてきて、クラスメートたちは慌てて後退する。
「しかし北バルチッカは狭い土地ですからね、100人からの遠足となると行ける場所は限られます」
「何とかしてください!!」
「エンダルミントの丘はどうでしょう。ヤマボウシとサルナシが生ってますよ」
「そこ道があまり良くないですし遠いです。史跡もないでしょ」
「じゃあ聖堂の裏にあるコテーカの丘はどうですか。リンゴを植えてますよ、グミもそろそろ実をつける頃です」
「マニット様、なんか食べさせとけば満足するだろと思ってませんか」
「人間ってそういうものでは?」
「……そう正面から言われるとそんな気もしますけど、リンゴなんかでごまかされませんよ!」
そう言われ、マニットは目を丸くして言う。
「……落ち着いて聞いてください。リンゴですよ?」
「私たちお腹がすいてるわけじゃありません!!」
「あのですね、酸味の混ざった甘い果物のほうのリンゴですよ?」
「そのリンゴしか知りません! リンゴにどんだけ信頼置いてるんですか!!」
若干飛び跳ねつつ声を張る。マニットはなぜそんなに怒るのか掴めず、珍しく困惑の色を見せる。
「ええと、じゃあ聖堂の宝物庫なんてどうでしょう。聖女たちの作った道具とか、珍しいものがたくさんありますけど」
「そこは授業でよく見に行きますし」
「困りましたねえ」
マニットは聖堂の壁の方を見て、レリーフの神獣に化けている魔王に呼びかけた。
「アスタルデウスよ、何かいい案はないですか」
「ナチュラルに俺にふるなよ」
レリーフから四足獣の姿になって出てくる魔王に子供たちが悲鳴をあげる。七色のタテガミを生やした、小屋のように大きな獅子である。上顎から生えた牙は床に届くほど長い。
リブラが大股で歩み寄り、飛び上がりつつその牙を蹴飛ばした。
「いだっ!? な、何だ!?」
「そもそもアンタのせいでしょうが! アンタが他の聖女様を追放するから遠足の場所がなくなったんでしょ!!」
神獣のタテガミを引っ張りながら、耳の穴に向かって叫ぶ。体格差は猛牛と子猫ほどもあるがまったく意に介さない。
「や、やめろこら、我は百窓の魔王だぞ、お前などひと呑みに」
「あーん?」
と、いきなり腕を喉の奥に突っ込む。魔王は悶絶して顔を痙攣させ、クラスメートの何人かが戦慄する。
「あががががが」
「逆らうとのどちんこもぎ取るわよ」
リブラの体がうっすらと光っていた。
魔王は口を閉じようともがくが、リブラの腕が鋼鉄のように硬質化していて歯が立たない。
ようやく開放された魔王は飛ぶように離れる。
「な、なんだこいつは」
「リブラは聖女の素質があるのです。この北バルチッカの中なら神の加護を受けられるのですよ」
「聖女さま! あなたの力で他の土地を解放できないんですか! カマンデュラとかディルボーゼンとか!」
「確かに、数日ならそれらの土地から魔物を排除し、魔王の力を拒む結界を張ることは可能です」
しかし、とマニットは少しだけ威厳を示すように錫杖を鳴らす。
「その土地は本来は別の聖女により守られるべき土地なのです。いくらなんでも、遠足のためだけに法力を使うわけにはいきません」
「うーん」
リブラはたんたんと足を踏み鳴らして考える。クラスメートは扉のあたりまで後退しており、女官がそっとやってきて慰めていた。
リブラがぽんと手を叩く。
「じゃあ魔王、塩の柱になりなさいよ」
「いきなりとんでもない要求すんなよ!」
「ダメなら破裂でもいいわよ」
「おまえ自分の意志で破裂できるやつ見たことあんのか!」
「わがままね、それも嫌ってならカマンデュラだけでも開放しなさいよ、あそこ牧場があったはずなのよ、頭下げて頼んでんでしょ」
「のどちんこ掴まれた覚えしかないぞ!?」
リブラがつかつかと歩み寄り、魔王は慌てて羽を生やして天井近くまで逃げる。
「降りてきなさい。降りてこないと牙に穴開けてロープ通して飼うわよ」
「お前ほんとに聖女の素質あんのか!」
マニットもさすがに困り顔である。このまま二人が戦いにでもなればさすがに放っておくわけにもいかない。
「……ん、そういえばカマンデュラの牧場がどうとか言ってましたね、牧場に行きたいのですか?」
「ええ、牛のおっぱいをひねって血液が変化した体液を絞り出したりとか、羊の体毛をハサミでざくざく切断して衣服を作るとか楽しそうじゃないですか」
「お前の言い方だと怖いわ!」
天井から魔王の声が響くが、それはともかく、とマニットが錫杖を鳴らす。
「わかりました、では牧場への遠足にしましょう」
「うーん、でも北バルチッカに牧場ありませんよ。牛舎がいくつかあるだけで小屋飼いじゃないですか」
「大丈夫です」
マニットは椅子の脇、今までつまんでいたエッグタルトと牛乳を見下ろす。
「命脈の刻印を読み解け、紡哲連理」
法力により遺伝子情報を抽出し、熱によって破壊されている数千の遺伝子を並列比較して把握、塩基を直接編むことで修復する。そして蛋白質から受精卵を模倣して法力により急速成長を促し、ついでにリブラのワンピースから羊毛を抽出して同じ流れを行う。
そして一時間後。
聖堂の裏庭には9頭の牛が草を食み、柵の中で鶏の走り回る牧場ができていた。子供たちは和気あいあいと動物たちを観察している。羊の毛刈りには行列ができていた。
「まあこれでいいでしょう」
ふんとリブラは鼻を鳴らし、腰に手を当ててうなずく。
「この動物どうするんですか」
とは女官の声だった。マニットは曖昧に笑って言う。
「聖堂の近くに牧場があってもよろしいでしょう。農家の方にお声がけして飼っていただきましょうかね。食料も不足気味でしたし」
「動物が簡単に出せるなら農家が牛を育てる必要もないのでは?」
「いえ、これも農家の皆さんの誠実なお仕事あってのことです。主は努力に対して相応なだけ応えてくださるのですよ」
それに、とマニットは何かを念押しするような口調で言う。
「本来は無から有を生み出したり、食料や生命を生み出すのは最大級の法力なのです。世界に千人いる「千の聖女」が私一人になったことで、法力が高まっているからこそできたことですね。ランチバイキングのお客が私一人だけ、みたいなものです」
「その例えは全然わかりませんけど、なるほど」
女官のうなずくその一瞬、マニットの目尻に微妙な表情が浮かび、誰にも気づかれぬうちに消える。
(……でも、なんだか妙ですね)
その疑問だけは誰にも告げず、そっとマニットの心中のみで呟かれた。
(本当は10頭の牛を出すつもりだったのですが、9頭しかいません)
(聖女としての力の窓が、少し狭まったような……)
※
「ええい、あの聖女を倒せる魔物はおらんものか」
巨大な円卓には無数の皿が並び、四足獣の姿のままのアスタルデウスが並んだ料理を次々と平らげていく。皿もフォークもばりばりと噛み砕き、腹立ちついでにテーブルも噛み砕いて食べ進む。
すると、脇にいた魔物が慎重に声を放つ。
「魔王様、実はご報告したいことが」
「む、どうした」
「「千の聖女」の一人が破獄しました」
「なんだと!?」
魔王はわなわなと体を震わせ、牙にステーキ肉を突き刺したまま言う。
「捉えるには千万の魔物が必要だった連中だぞ。たとえ命を奪っても、世界のどこかに復活する。それを防ぐために個々の特性に合わせた「世界牢」とも言える別の宇宙に封じていたというのに、そこから我が霊的本体のある基本世界に戻ってきた者がいるというのか!」
「魔王様、誰かに説明してるのですか?」
側近の魔物は目を点にする。
「い、いったい誰が破獄したのだ」
「刻印数666、聖女ジュデッカです」
「なっ」
魔王の顔がさっと青ざめる。
脇の魔物はふと思った、今日は去勢に行くわよ、と言われたときの飼い犬に似てたなと。
「よ、よりによって、あいつが」
「そうでーす」
す、と魔王の首元にフォークが据えられる。
「うぐ」
まるで気配を感じなかったことに魔王が驚愕する。さらにこのフォーク、尋常ならざる法力が込められている。妙な動きをすれば首がすっ飛び、この魔王の居城すら両断できるほどの。
「き、きさま、物質量がこの宇宙の1000分の1もない「軽い宇宙」に封じていたはず、どうやってこの世界に」
「そんなことどーでもいーじゃないですかあ。で、次はいつ行くんです?」
「い、行く?」
「うふふ」
「聖女マニットをぶっ殺しに、ですよお」