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聖女様、聖剣を何とかする



北バルチッカの片隅、小さな森があり、その奥に聖剣があります。




説明がすごくザックリしてしまいましたが、石の台座があって剣が刺さっている、そういう場所があるのです。私はそこに来ていました。


言い伝えによれば、この剣は太古の昔に伝説の鍛冶師が鍛えたもので、いつか現れる真の勇者がこの剣を引き抜くそうです。

その日が来るまでこの剣を守るため、私が定期的に訪問しているのです。


私は桶に汲んだ水を柄頭にかけて、周りの落ち葉や土を竹箒で取り払います。

そして花を供えて、ありがたい聖句を唱えて両手をぱんぱんと打ち鳴らし。


『墓参りかーーーいっ!!』


いきなり聖剣がツッコミました。


「あら、あなた声が出せたのですか?」

『リアクション薄いな自分! ちゃうねん、ここ数年やと思うんやけどボワボワと意識が目覚めてきて、今日になってとうとう喋れるようになってん』

「そうですか、もしかして私の影響かもしれませんね。何かの手入れをしてると、うっすらと奇跡の力が移ることがあるのです、洗濯物の色移りみたいなものです」

『その例えいる!?』


よく見れば、この聖剣さんの魂のようなものが見えます。数千年を経た霊木とか、多くの信仰を集める宗教的器物などに見られるオーラですね。そういうものが燃え盛る炎だとすると、聖剣さんは腋の下ぐらいの熱さですけど。


『それより、ちょっと聞いて欲しいことがあるねんけど』

「何でしょう?」

『実はな、ワイを抜こうとするのはやめて欲しいんや』


はて、と私は首を傾げます。


『年に一度、屈強な人間がワイを抜こうとするやろ?』


毎年、格闘大会の優勝者だけにこの剣を抜く権利が与えられます。その事でしょう。

これは祭りの一種であり、勇者を探す儀式でもあります。ちなみにこの剣は国宝ですので、勝手に抜こうとするのは犯罪です。周囲は法力で守られてます。


『そうや、その儀式、もう止めといてほしい。土でもかぶせて丘にするとかして隠してほしいんや』

「なぜです?」

『ちょっと恥ずかしい理由なんや……』 


私はこめかみに指を当てて考えます。聖剣さんが、抜かれるのを拒む理由……。


「……意外と短い」

『それは恥ずかしいけども! そういう事とちゃうわ!!』

「先っぽに「おめでとう」って書いてある」

『うわああああ恥ずかしい、抜いたやつもたまらんわ、ってそんなわけ無いやろ!!』


聖剣なのにずいぶんズバっと突っ込んでくれる方です。それとも聖剣だからでしょうか。

聖剣さんは、そこでちょっと声のトーンを落として話を続けます。


『……実はな、ワイは聖剣やないんや』


『特に優れた剣でもない、当時ワイを鍛えあげた刀鍛冶がな、ハクをつけるために「千年後まで抜けない」って呪いをかけたんや』


『怪しげな魔法使いとかが数人がかりでな……、なんや奇跡的にものすごい強度で呪いがかかったとかで、ホンマに千年後まで抜けんようになってもうた』


『しかもな、ワイを抜こうとした何万人っちゅうやつの魔力がこの台座に溜まってるんや』


『もうすぐ呪いが切れる千年後や、もしワイが抜かれたなら、台座に溜まった魔力が一気に解放されて大変なことに……』


私ははたと気づいて口を開きます。


「……フライパンですね」

『いや何の話イイイイイ!? パンはパンでも食べられないパンとかそんなこと聞いてへんわアアアアア! ってか自分ワイの話聞いてたんかあああああああいっ!!』

「犯人は一度帰ったと見せかけて窓から屋敷に入った」

『ミステリーの話もしてへんわあああああ!!!』


はあはあと、聖剣なのに息を荒げながら叫んでます。


「ちょっとした冗談ですよ。ところで、爆発がどうとか」

『マイペースやな自分!! ってまあ、そうや、ワイの台座にな、ごっつい魔力が溜まってんねん』


私は目を凝らしてエネルギーの色を見極めます。これって疲れるのであまり長時間できないんです。卵のゆで具合を見極める時に使うぐらいですね。


「なるほど、確かに台座に魔力が溜まってます。威力で言うと9.1×10の16乗ジュール。TNT火薬に換算して1500万トンというところですね。水爆ぐらいでしょうか」

『? 何やその単位』

叡智の書庫クレボナの情報ですので私もうまく説明できません。まあ北バルチッカがまとめて更地になるぐらいの威力でしょうか」

『そ、そんなに!? アホな、いくら数万人が力を込めたっちゅうても、そんな威力になるはずが』

「そのうち99.9999999%ぐらいは私の法力ですね。そういえば去年の優勝者は私でしたから、抜こうと思って思い切り力を入れたせいでしょう」

『あんたのせいかいっ!!』

「私が抜くものだと思ってたので、ちょっとムキになりました。力を込めるうちに天変地異が起き始めたので止められたんですけど」

『どないすんねん! もう次の祭りでは呪いが解けるんやで! 抜いてもうたらドカーンと』

「押さえながらゆっくり抜けばプシューッとなりません?」

『ソーダ水とちゃうわ!!』


これは困りました。私なら爆発の威力にも耐えられますが、聖剣と北バルチッカがもたないでしょう。


「――ん、わかりました。天鉄練成リルケルミオ


私は空に指を向けます。すると無数の円法陣が生まれ、そこから剣が雨のように降り注ぎます。




「連素の積算にて重合せよ赤の扉。煮えたぎる万象の器、羽々はば打ちて節理の輪を束ねよ。連理統一パルテオの轍を踏む象車よ。剛帝鍛針密儀リジダルト・エルオグ




剣の一本が宙に浮き、台座に刺さっている聖剣に近付きます。するとその像が薄れ、霧のような質感となって聖剣に吸い込まれていきます。


『な、なんや!?』

「ただの鉄の剣ですよ。これをあなたを構成する原子の隙間に埋め込んでいきます。同時にあなたを定義する術理範囲の構造に干渉し、あなた全体を「強い相互作用」よりもさらに強固な干渉力で埋めます。これによって数千本ぶんの原子量を同一範囲に埋め込み、理想物体に近い状態まで強度を高めていきます。重力場にも干渉して重量を維持しましょう。ついでにちゃんとした刃も付けましょうね」

『全然ワケわからんで!? 説明してくれ!』

「つまりですね」


私はいたずらっぽく片目をつぶり、無数の剣を飲み込んでいく聖剣さんに呼びかけます。


「あなたを本当の聖剣にしているのです」







そして翌日。


「フハハハハハハ!! 聖女マニットよ!!! 私の正体に気づかないとは迂闊だったな!!」


格闘大会の優勝者がいきなり魔王アスタルデウスに変わりました。見物人は大慌てで逃げていきます。


「フハハハハハハ!! この聖剣、貴様も抜けなかったと聞いているぞ!! だが私ならどうかな!! この私の手によって聖剣は魔剣となり貴様を討ち滅ぼす魔の器物となるのだフハハハハハ!!」


格闘大会で私に勝ったせいか、ものすごくテンションの高い様子で魔王が叫びます。

もちろん負けたのはわざとですけどね。私が抜く予定だったのですが、魔王に代わっていただけるならそれでもいいかなと。


「うわあ、これは大変です、魔王の手に聖剣が渡ってしまうとは、ええい、そうはさせません」


私が駆け寄ろうとする前で、黒曜石の塔のようなものが出現して遙か上空まで伸びていきます。表面を複雑な文様に覆われた物理結界のようです。


「フハハハハハ!! 妨害はさせんぞ!! この障壁はいかなる物理攻撃でも破壊することは不可能!!」


お風呂場から響くような声で魔王が言います。楽しそうすぎてなんだか羨ましくなってきます。


「さあ我が全魔力を持って聖剣を抜いてくれるわ!! うおおおおおお、これはすごい! 感じるぞ、とてつもない力の胎動をおおおおおお!!」


次の瞬間。


「けひょっ」


と一瞬だけ魔王の声がして、円筒状の結界の真上から光が打ち上がります。力が熱と光に変換されてプラズマ状になり、大気とか台座とか魔王とかを電子にまで粉砕して打ち上げてるようです。


私は法力の視野で確認しました。聖剣は無事のようです。太陽の中心部でも分解しない強度になってますから当然ですが。


さて、聖剣さんはおそらくこの星の重力圏を出てしまうでしょう。ちょっと法力で調整して、どこかの土地に落ちるように軌道を変えましょうね。どこかで地面に突き立って、勇者の出現を待っていただくのが良いでしょう。




私が聖剣を抜く役じゃなかったのは……。

やっぱり、ちょっと残念ですけどね。




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