聖女様、行列を何とかする
いつものように町の見回りをしていると、行列ができていました。
すごく長い行列です。路地の奥の方に入り込んで終点が見えません。
「この行列は何でしょうか?」
「さあ、私もとりあえず並んでみただけなので」
「最後尾」の札を持っていた太っちょの方がそう言います。よく見ると魔王アスタルデウスです。
「魔王よ、あなた変装見破られフェチか何かですか?」
「そんな特殊な性癖のやつがいるか!!」
魔王は痩身に黒づくめの服、頭に水牛の角を生やした姿に変わります。
それはともかく、と私は錫杖で行列を示しました。
「この行列は何なのです? パスタ屋さんですか?」
「ククク、聞いて驚け、北バルチッカ唯一の神聖な井戸、「神坤の井戸」への行列だ」
なんと、そういえば行列の先は井戸の方角です。私は素直に驚きます。
「ククク、知っているぞ、明日は年に一度の儀式の日だろう。儀式には神坤の井戸の水が必要だ。聖女マニットよ、お前が直接汲まねばならぬはず」
「確認しますがパスタ屋さんじゃないんですね?」
「お腹すいてんのかお前は!」
確かに、その井戸の水は儀式に必要です。魔王軍に汚されぬように防御の法力をかけていましたから、手出しはできないと思っていました。まさか意図的に行列を作るとは。
「しかしどうやって行列を?」
「ククク、その井戸に不老不死の効果があるとの噂を流したのよ、言葉に魔力を乗せて信じやすくしてな」
「魔王よ、宗教家みたいなことに魔力を使ってはいけませんよ」
「ちょっと待てお前がその例えはダメだろ」
ともかく、それなら行列も納得です。
私は行列の人数を計算します。
井戸までの距離を考えるとざっと600人。つるべ式の井戸なので、一人あたり3分かかるとすると、最後尾まで30時間ほどかかります。儀式に間に合いません。
「困りました。というか皆さん食事とか用足しとか大丈夫なんでしょうか」
「ククク、これも人間の浅ましさというやつよワハハハ」
「トイレとか無いですし、しかも男女両方並んでますし」
「そこ掘り下げても誰も幸せにならんぞ」
まあそこは何とかなるとしましょう。
さて、ではどうしましょうか。
「うーん、じゃあ噂は嘘だと説得しましょうか、言葉に法力を乗せれば信じていただけるでしょう」
「ククク、市民に法力を使う気か? 聖女の権威が落ちて力を失うぞ」
「それでは、隠形の術を使ってこっそり水を汲ませてもらう」
「ククク、聖女が行列に横入りか、徳を損なえば力を失うぞ」
「魔王よ、あなた私の法力が崖っぷちだと思ってませんか?」
とはいえ、徳を失うような行動を控えねばならぬのは本当です。私は市民の方に迷惑をかけたことなど一度もないのですから。
そこで思いつきました。
「そうです。全員を法力で不老不死にしてしまえばいいのです。井戸水を汲む必要はなくなります」
「なっ!? そんなことが!?」
「魔王よ、まさか信じるとは思いませんでしたよ」
「てめえええええええええええ!!!」
しかし同時に思いつきました。私は錫杖でとんと地面を突きます。
「終わりました。では私も並びましょうか」
「なんだと!? 何をした!」
「儀式は明日ですので。この星の自転を遅らせました。今は一日の長さが1.5倍、36時間ほどになっています」
「なあっ!?」
同時に、私はアスタルデウスの肩にぽんと手を置きます。
「う、か、身体が動かん」
「さ、あなたも並びましょうか。最後尾の札は私が持ちますね」
「なっ、待て、こ、困る、我は幹部会議が」
「行列の解消まであと30時間ほどです。じっくり聖典のお話をして差し上げます」
「や、やめろ、それは精神体を通じて本体に影響が、くそっ身体が」
さて、私もこのまま待たねばなりません。
やることもあります。自転を遅らせたとかは嘘ですので、どうやって行列を早めてもらうか考えねばなりません。
まあ、あと何時間か考えれば、いい手も思いつくでしょう、きっと。