聖女様、密室を何とかする
昼寝から起き上がってしばらくすると。
「聖女さま! 大変です!」
扉をばあんと開けて入ってきたのは女官の姿をした魔王です。
「地の文でいきなり見破るんじゃない!!」
よくわからないことを言って全身から湯気を上げ、角の生えた巨漢の姿に変化します。その姿も魔王の無数にある仮の姿の一つに過ぎませんが。
「どうしたのですか、魔王アスタルデウスよ」
「くくく聖女マニットよ、騎士団長が密室で殺されているぞ」
「あとで蘇生させますから毛布でもかけといてください」
「居眠りした息子か!!」
まあそうは言ったものの、やはり大変なことですね。
私はマッセの構えからジャンプボールで8番を落とすと、儀礼服を出現させて部屋を出ます。
「聖女がビリヤードしてていいのか?」
「立派な競技ですよ。あと暇だったもので」
場所は聖堂とは別棟になっている、衛兵たちの武器庫でした。扉には縦横5センチほどのガラスのはまった窓があり、中を覗けば鎧や槍がずらりと並ぶ部屋です。
その中央で、騎士団長のゴーシェさまが大の字になって死んでいます。
この魚眼レンズ状の窓は中でさぼっている衛兵が多かったために設けられたもので、この部屋には通気口など他に入れる場所はありません。
「確かに密室です」
「くくく、死因を説明してやろう、頭部を鈍器のようなもので殴られての脳挫傷。凶器はあれだ」
魔王が指さします。武器庫の中に鎧の胴の部分が落ちており、血がべったりと付着しています。
「あれで頭を殴られたことによる即死だ。この部屋の扉には有事の際に籠城できるよう、内側に鉄製のカンヌキがある。それがしっかりとかけられており、扉の隙間から糸などで開閉することは不可能だ。役人が調べたならば、騎士団長が足を滑らせて鎧に頭をぶつけた、という結論になるだろう。しかし実はこれは殺人事件で、犯人はこの我なのだ」
「つまり、この事件を捜査してみろ、というわけですね」
「その通りよ。殺人事件の一つも解けないようでは人心は付いて来ぬ。お前は人望を失って聖女から転落するのだフハハハ」
「殺人事件をバンバン解く聖女に人望ありますか?」
「……そう真正面から言われると困るが、ともかく解くしかないだろ事件なんだから」
「仕方ありませんね、ではまず順逆背理法」
瞬間、ゴーシェさまの死体が廊下にどばんと投げ出され、魔王の仮の姿が室内に放り出されます。
「なあっ!?」
「その犯行を再現してみせましょう。ゴーシェ様を蘇生させて再現するのもアレなので、あなたに協力いただきますよ」
「ふ、ふん、いいだろう、やってみるがいい。それに無論、騎士団長を蘇生させて真相を聞こうとするのは反則だぞ」
「でも死臭がするのですが、耳の後ろから蝋燭や古本みたいな臭いもしますし」
「加齢臭だろ、遠回しに言うなよ気の毒だろ」
「まあ分かりました。ではまず聖導法」
壁に並んだ鎧の一つがふわりと浮き、魔王が振り向くと同時にすさまじい速さでぶつかります。
どごん、と振動が足元にまで伝わりました。
「このように、法力を使って鎧を動かした」
「ぶぐ、ふ、くくく、違うな。ここに並んでいるのはお前が祝福の法力をかけた鎧だ。魔族の術式では動かせぬ」
それもそうです。
「では密室を破る方法を考えましょうか。空磁核」
手の平に黒い紋様が生まれます。
それを扉に押し当てると、0.5テスラほどの磁力が内側のカンヌキに噛み合う感覚があります。
「フハハハ、無駄なことだ。そのカンヌキは錆びついていて重い、磁石などでは動かせぬ」
「動かないカンヌキ、略すとウゴカンヌキですね」
「何でもいいから早くしろや!!!」
ならば磁力を高めてみましょう。
手の先に意識を集中し、磁力を40テスラほどに高めます。叡智の書庫によればこの磁力は研究用MRIなどの5倍。武器庫内の数十の鎧が一斉に扉の前に吸い寄せられます。さらに聖堂内のあれこれが手の先の一点を中心として吸い寄せられる感覚がありますが、カンヌキもがっちりと扉に食い込むような感覚があって動かせません。
扉全体がミシミシ言い出したので法力を解除しました。
私は部屋の中で大変なことになってる魔王を蘇生させます。
「ぐはっ……はっ、はあ……お、お前、魔王なら何してもいいと思ってんのか! 思ってんだろ!」
「分身体だから別にいいでしょう、我慢してください」
私がそう言うと、魔王は強がって立ち上がります。足が生まれたての鹿みたいに震えてましたが。
しかし困りました。いったいどうやったのでしょう?
他に思いつくことと言えば、たとえば頭を殴られた騎士団長さまが部屋に逃げ込み、カンヌキをかけたところで力尽きた場合、しかし魔王は即死だったと言っていますし、鎧が室内にあるのは変です。
何らかの方法で自害させる……。しかし後頭部に、あの大きな鎧を自分でぶつけるのは難しいでしょう。床の鎧に倒れ込んだとしても、脳挫傷を起こすほど勢いがつくかは疑問です。一度天井に張り付いてから落ちれば可能かもですが、騎士団長さまはヤモリではないはずです。
何らかの時限式の仕掛けで鎧を飛ばす。そして仕掛けは自然に解体されて消える……。魔王にそんなものが思いつくなら騎士団長を殺してる場合ではありません、すぐに小説に仕立てるべきです。
あるいは部屋の中にまだ犯人がいる……。しかし、魚眼レンズ状ののぞき窓からは隅々が見えています。鎧の中に隠れているような気配も見えませんし、鎧の表面はピカピカ光って、狭い部屋の入口側も見えて……。
「ん、なるほど」
私はうなずき、両手を開いて扉の前で構えます。
「な、何をする気だ」
「聖導法、十指斉奏」
部屋内の全ての鎧がふわりと宙に浮き。
一斉に時速800キロほどの速さで飛び回ります。
どががががががががん
ががががががががががん
聖堂全体がびりびり震えるほどの鎧の乱舞です。祝福で強化された鎧がべこべこに凹みながら飛び回ります。廊下側の壁にびしびしと蜘蛛の巣状のひび割れが入り、礫片がびしびしと飛びます。
中にいた魔王の分身もジャグリングされてるように中で飛び回ってますが、楽しくて跳ね回ってるわけではなく、鎧に弾かれてるだけです。
やがて鎧がすべて動きを止めた時、
部屋の中で、右側の壁が粉々に砕けて狭い空間が開け、角の生えた巨漢がもう一人、そのスペースに倒れていました。
※
「つまり、魔王は自らの分身をもう一体用意していたのです」
私は女官に向けて説明します。
「騎士団長さまを殴った後、用意した速乾性のモルタルで一方に新たな壁を作り、その中に隠れたのですね。のぞき窓からの眺めでは壁の色合いがよく見えないこと、壁よりはその前に並んでいる鎧に視線が引きつけられることを利用したトリックです」
「はあああ、なるほどー」
一度感心した後、
はて、と女官は首を傾げます。
「でもマニットさま、それは何というかアンフェアな謎解きですね。だって魔王は自分が犯人だ、と言っているのに、分身とはいえ、壁に隠れてる別の犯人がいたわけですから」
「ええ、ですが魔王がそれが正解だと言って帰っていったのです。魔王の仕掛ける謎ですからね、元より誠実さとは程遠いのです。魔王カレー、と書いてるカレーが甘口だったら変でしょう?」
「なるほどー、例えは全然違うと思いますが納得です」
女官は感心したように何度も頷いています。
私は水差しから水を飲んで、ふうと息をつきます。
女官はアンフェアな謎解きだと言いましたが、それも無理はありません。
だってあれは、私が用意した答えですから。
壁の向こうのスペースと、魔王のもう一つの分身は私が法力で生み出したものです。
法力で何度か粉々になった魔王は「も、もうそれが答えでいい」と言って帰っていきました。まあ言ってみれば無理矢理に納得していただいたのですね。
では本当の答えは何か。
それこそ、考える意味もないというものです。
きっと複雑な術式を駆使した魔術的な仕掛けでしょう。そんなものこそ謎解きにおいてはタブーというもの、付き合うだけ疲れるだけです。だから私は発想をひっくり返して……。
「……ん」
私はふと思い至って、女官に話しかけました。
「もしかして、私が昼寝していた時間、あなたも眠くなったりしましたか?」
「え、なぜ分かったんですか? 掃除していた時に急に眠くなって、3分ほど椅子に座って眠ってしまったんです。起きたら武器庫の方で家具とかがメチャクチャになってて、これからみんなで片付けるところですが」
「……」
捜査において、大事なことを忘れてましたね。聞き込みです。
そういえば武器庫は聖堂と別棟なのです。私のいる聖堂は無理ですが、別棟なら魔王が直接影響を与えられます。
まあ、これは想像ですが。
魔王が、武器庫付近の人間すべてを眠らせ、その際に武器庫を丸ごと傾けて、鎧を騎士団長さまに当てた……というのが真相だったら。
それはそれでどーかと思いますホントに。