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魔王様、聖女を何とかする





それは宇宙の最果て。

いずれの銀河からも遠く離れた虚無の世界。


それは手も足も頭もない濃緑色の惑星。光のない宇宙の暗黒にたゆたう。


「これが我が本体だ」


トカゲの星にて、ホールの中央に球体が浮かぶ。魔王の力で映し出されたそれは、みかけ上では光速の数億倍という速度でこちらに向かいつつある。


「隠しておいた超空間の回廊を通ってここに向かっている。五分もあれば着く」

「本体って、これ星じゃないの」

「我が本体は宇宙に浮かぶ力のかたまり。余計な手足など意味はない」


リブラとジュデッカは同時に首を傾ける。


「なんか、今のマニット様に似てる……」

「言うと思ったわ。だがな、我は意識がないわけでも、眠っているわけでもないぞ。普段は深淵なる魔術理論を思索しておるのだ」

「大きさはどのぐらいなの? あまり差があると押し負けるかも……」

「今のマニットと大差ないが、大きさは問題ではない。これは極めて高位の戦いになる。相手の術式防壁を解読し、こちら側の術で書き換えていく。それを同時に数千チャンネル。秒間数兆回という密度で行う戦いになる」

「魔王ってもしかして強いの?」

「今までは何か俺をそのへんのおっさんと思ってたのか」


その時、周囲にいたトカゲたちからざわめきが起こる。


「? どうしたのトカゲさんたち」

「オシリ オシリ」


誰かがそう言うと、トカゲの人だかりが二つに割れ、そこに大きな人間の尻が見えた。


「何あれ?」


腰のくびれから向こうが見えない。空中から尻が生えてきており、足がかつかつと地面を叩いていたが、やがて踏ん張る体勢を見つけたのか、力を入れるような声がする。


「うーん、よいしょっ」


すぽん、と抜けてくるのは茶色みがかった儀礼服。長身でふくよかな体つきの女性。リブラにとってはつい先刻、会ってきた人物である。


「アビス様、何やってんですか」


聖女アビスはしりもちの体勢のまま背後を振り向き、にこりと笑って言った。


「とりあえずビールで」

「トカゲさんたち、水ぶっかけてあげて」





「いえ私も心配してたんです。このお酒って草っぽいけどおいしいですね。聖女のシステムを作ったものとして見届けたいと思って。この揚げ物って魚のつみれですねトカゲさんたちって器用です。それで分身体を送り込んだわけで」

「テーマを一つに絞ってください」


聖女アビスは髪の先から水のしずくを垂らしつつ、用意された酒とつまみを味わっている。命令されると何でもやってしまうのがトカゲのようだ。

ちなみに茶色みがかった儀礼服とは、つまり酒と料理の染みである。


「様子を見に来たんですよ。分身体だけ何とか飛ばせました。聖女マニットに一度乗っ取られかけて、私の本体は三日酔いぐらいの状態で」

「そんなことはいい、我はもう行くぞ」


魔王が言う。


「本体が近づくと分身体の自我は不安定になるからな。我も本体に合流する」

「ステーキと一緒に鳥のささみ食べても印象に残らない、みたいなことですね」

「違うわ」


突っ込みはやや淡白に、魔王はそそくさと姿を消す。聖女アビスと関わりたくないという意思も見えたが、リブラはそれについては何も言わない。

ジュデッカはテーブルの一つに座り、やや渋面を作りつつ言う。


「あんたがアビスね。魔王との念話で聞いてたけど、ほんとにマニットに似てるわね」

「私あんな大きくないです」

「今のマニットじゃねーわよ」


アビスはやはりほろ酔いである。リブラはそっと手を差し出すような調子で言う。


「アビス様、分身体でも少しは力を使えるでしょう? 私たちで魔王の戦いを手伝えませんか?」

「無理ですね」


野菜のおひたしをつまみつつ、きっぱりと言う。


「今の聖女マニットや魔王の本体と比べれば、我々の力など小魚の一匹です。下手に手を出せば邪魔になるだけです」

「そうかも知れませんけど、でも何だか、魔王に厄介事を押し付けたように思えて」

「小魚といってもアジとかじゃないです。メダカのさらにちっさいやつです」

「そこはこだわらなくていいです」


聖女アビスはとっくりを傾け、しずくを一滴まで注ぎつつ語る。


「それに、本当に無関係なら魔王も引き受けたりしません。彼にとってもマニットは倒さねばならないのです。その力がさらに肥大しないうちに」

「どういうことですか?」

「部屋におじさんがいると想像してみてください」

「? はい」


聖女アビスはトカゲの持ってくる酒をかぱかぱ開け、椅子の上で腰の位置を前にずらしつつ、野菜スティックをぽりぽりかじる。


「寝られないでしょ?」

「比喩が嫌すぎる……」


聖女アビスが何か固いものを噛み砕き、それを飲み込んで言う。


「サソリでも何でもいいです。部屋にサソリがいると寝てられないでしょう? うっかり踏んでしまったり、刺されて死にかけることは滅多にないとしても、いることを放置したまま寝られない。全宇宙で最強であったアスタルデウスにとって、本体に匹敵するほどの生物は見過ごせないのです」

「はあ、なるほど、サソリなら少し分かります」

「サソリのようなおじさんかも」

「アビス様って酔いにまかせて生きてませんか?」


どうも酔っぱらいの相手をしてるだけという意識がぬぐえない。聖女アビスは分身体だと酒を出せないのか、トカゲにどんどん酒を運ばせている。


「世界牢の兵器化はまだ有効よ」


トカゲたちは戦域のデータを集めており、ジュデッカがそれを指揮しつつ言う。


「魔王が失敗したら、この宙域すべて吹き飛ばす。トカゲたちも一般市民は脱出艇で異なる宇宙に行ってるわ。当初の作戦には変更はない。それでいいわね」

「……うん」

「世界牢……この眼で見るのは初めてですが、なるほど、内部に小規模な宇宙があり、しかもカスタマイズも可能……」


アビスは酒杯を煽りつつ眼を細めるが、そんな仕草は誰も気にしていなかった。

トカゲの一体が発言する。


「ジュデッカサマ ミドリノ マンジュウ」


ホール内の大型モニターが明滅。そこにはひょうたん型の星と、そこに接近する濃緑色の惑星が見える。


「さくら餅とよもぎ餅の宿命の戦いですね」

「アビス様ちょっと黙ってて」


桃色の超球体、マニットは接近を察知したのか、触手を衛星高度まで伸ばす。だが両者の距離は数万キロで止まり、互いに自転しつつ距離を保つ。


「どうしたのかしら、出方をうかがってるのかな」

「いえ、もう戦いは始まってますよ」

「え?」


聖女アビスはよいしょと言いつつ立ち上がり、千鳥足で大きめのテーブルに向かう。


「すでに力の応酬が始まってます。魔力とか法力、他いろいろ。不可視の力が大半なので分からないだけです」

「本当なの? トカゲたちが観測してるけど、そんな戦いは観測してないわよ」

「聖女ジュデッカ、我々が知っている力など世界のほんの一部です。今のマニットと魔王は遥かに高次元の存在。専門用語が多すぎて言ってること分かんないカードゲーマーみたいなもんです」

「リブラ、この酔っぱらいの言うこといまいち信じがたいんだけど」

「私も別に参考にしてないけど」


聖女アビスは手をゆらゆらと動かし、テーブルの上に記号を刻む。


そして白い長テーブルの上に、人間の姿のマニットと魔王が出現した。


「わ、何してんのよ」

「互いの攻防を可視化してます。あれだとどっちが優勢かも分かりませんからね」


その魔王とマニットは大きさが70センチほどしかなく。なぜか、ぴっちりとした桃色と緑色のボディスーツを着ていた。顔にもぴたりと貼り付くマスクをしており、足元はスネまである編み上げのシューズである。

ジュデッカが半目で言う。


「なんで格闘技っぽくなってんのよ」

「とある宇宙で盛んなプロレスというものです。覆面はまあ雰囲気ですね」

「まあいいけど……でも比べると、魔王の方が少しガタイがいいみたい。年の功ってやつかな」


確かに魔王の方が手足が太く、筋骨粒々としている。低く構えて組み技に持ち込みたい様子である。

マニットはというと上背はあるものの線はやや細く、その場で小さなジャンプを繰り返しながら機をうかがうように見える。

ボディラインが出る服装はさすがに珍しいものだが、程よい筋肉と、四肢の柔軟さを感じる体である。


わいわいと、トカゲたちが興味を示して集まってくる。一般市民は退避したと聞いていたが、ホールの外にも野次馬は多い。


「まずはマニットから仕掛けるようですね」


マニットは魔王に向かって走り。


口から桃色の霧を吹き出す。


「あっ」


魔王が眼を押さえてひるんだところへ前蹴り、腿を前から蹴って魔王のバランスを崩し、マスクの後頭部から抜き出した栓抜きで頭部をがしがし殴り付ける。


「凶器攻撃してるけど!?」

「イメージですよ。別に実際に卑怯なことしてるわけじゃないです。たぶん」


しかし容赦ない連続攻撃。魔王はたまらずロープぎわまで逃げて態勢を建て直さんとするが、そこにリング外から投げ込まれた釘バットを振りかぶってマニットが迫る。


「いま誰が投げ込んだんですか!?」

「え……さあ……?」

「さーって!」


バットがぶおんと宙を切り、瞬時に身を屈めた魔王が地を這う蹴りを放つ。振り抜いた体勢のマニットがバランスを崩して転がり、そこに素早く躍りかかって足を取る。


四の字に持ち込まんと思われたと瞬間。足がするりと抜けて反対に組まれ、魔王のアキレス腱がぎりぎりと極まる。


「素早い返し技です。ラフプレーが専門かと思わせて、高い技術と判断力、これが聖女マニットですね」

「マニットさまだとホントにやれそうで怖いなあ」


そしてリングを乗り越えてゴリラのような男たちが出てきて、足を極められている魔王の背中を蹴りまくる。


「これ本当に誰なんですか?」

「ガチで私も分かりません」


魔王はどうにか回転しつつ固めを解き、リング中央まで転がって立ち上がる。やや息が荒いが、腹筋を固めて臓器を上にせりあげ、打撃戦の構えだ。


そしてマニットはというと、三メートルぐらいあるハンマーを背負ってのしのし歩き、魔王はやや蒼白に。


「魔王しっかり」とリブラが。

「負けんじゃないわよ! 足を使って回り込むのよ!」とジュデッカが。


いつしか会場の心は一つになっていた。

トカゲたちも大勢が声援を送り、リブラとジュデッカはその先頭に立って声を張る。


聖女アビスはというと何人かのトカゲを捕まえて話し込んでいたが、うら若き聖女たちは熱闘に夢中であった。


「マオウ ガンバッテ!」

「自分に負けないで!」

「ナイチャ ダメ!」

「虎になるのよ虎に!」

「タタカイノ アート クリエイト!」


トカゲも人も入り交じり、ホールを埋め尽くす大声援、鳴りやまぬ激励。


そして全員の目の前で、ついに魔王がマニットの背後を取り、腰に腕を回してブリッジの投げ。ジャーマンスープレックスホールドの構えとなる。


それは現実においてはピンクの球体が星から引き剥がされたことを意味する。


ばりばりと雷の帯を曳きながら球体が大地を離れ、緑の球体がピンクの球体を押すように動く。


「今です!」


号令を飛ばしたのはしかし、聖女アビスであった。トカゲたちはいつの間にか指示に従っており、星のどこかで超科学が励起する。


光が。

打ち出された光にマニットが吸い寄せられるように動き、大地からマニットがさらに遠ざかる。


「ちょっとアビス! 何やったの!?」

「聖女ジュデッカ、あなたも計画していたことでしょう。世界牢を射出しました。私の計算通りなら、マニットはあれを追うはず」


それは正しかった。マニットはその一部が光に吸い寄せられるように動き、やがてタコが海中を泳ぐように、桃色の触手を曳いて光を追いかけ始める。


「トカゲさんたちに宇宙船を用意してもらいました。私の法力でさらに強化してますから、光速をはるかに超えて逃げ続けるでしょう」

「遠ざけてから爆発させるつもりなの? 爆発半径は銀河の大きさを超えるのよ、超光速だとしても危険すぎる……」

「あの世界牢は爆発させません。中身には私が手を加えておきました」


リブラとジュデッカが顔を見合わせる。


「アビス様、いったい何をやったんですか? 世界牢に手を加えたって……」

「聖女マニット、彼女の好みくらい存じてますよ」


画面の中でマニットは遠ざかり、豆粒のように小さくなりつつある。


「世界牢の中身を彼女の好物で満たしたのです。彼女はそれを察知した。本能のままに、どこまでも追い続けるでしょう」

「あ、それってまさか」


リブラの声に、聖女アビスはいたずらっぽく笑って答えた。




「ええ、リンゴ酒シードルの宇宙です」

「びみょーに違う……」


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