聖女様、因縁を何とかする
「現状を確認するわよ」
トカゲたちの星で最も大きな会議場。すりばち型のホールの中央に立つのは聖女ジュデッカ、リブラと学者トカゲたちも控えている。
「まず、今のマニットは物質創造の法力が暴走している。無から有を生み出してどんどん肥大し、安定のためなのか球体に近くなってる」
壁に映像が浮かぶ。そこにはピンクの球体と青緑の球体によるひょうたんの形。マニットは元々の星とほぼ同じ大きさにまで肥大している。
「大抵の術式や兵器は物ともしないか、光速の数%で動く触手で打ち落とされる。魔王アスタルデウスはマイクロブラックホールでの攻撃を試みたけど無効化された」
トカゲたちがざわざわと騒ぐ。ジュデッカは全員を端から端まで眺め渡して、全員の意思をまとめるために宣言する。
「だから考えうる最大の火力をぶつける。それが世界牢よ」
映像が切り替わる。それは水晶のような金魚鉢のような球体。それに無数の機械が絡み付き、さらに全体を筒状の構造物がすっぽりと覆う。
「世界牢には10の55乗ジュールほどのエネルギーが封じられてる。この機械で封印を解放しつつ撃ち出す。範囲は絞るけど、おそらく半径三光年ほどの範囲が素粒子にまで分解される」
叡知の書庫に接続しているからリブラにも理解できるが、聞くからに途徹もない規模である。それを、一人の聖女を消滅させるために使うとは。
「でもジュデッカ、そんなことしたら、私たちの星に住んでる人が……」
「……まだ無事だと思ってるの? リブラ」
「……」
叡知の書庫は、接続しているだけであらゆる事象への理解が深まる。あそこまで肥大したマニットの重さはどの程度か、それが星の大気に、重力に、自転や地殻の活動にどんな影響を与えるか。
光速の数%で動く触手、そんなものが大気圏内に出現すれば、その衝撃波が地表の全てを薙ぎ払うであろう、ということも理解している。
「いくらか生き残ってるとしても、もう救出なんか不可能よ。このトカゲたちの星ももちろん消え去る。トカゲたちを別の宇宙へ避難させるのが精一杯なの」
「……」
「リブラ、聞きなさい」
その硬質な声、リブラの知るどの彼女とも違う真摯な響きである。リブラの揺れ動く心を鷲掴みにする強さがある。うら若い聖女は少し気圧される。
「マニットはもう人とは言えない。私が言うのも変だけど、もはや聖女の資格もない。本人の意思でなかったとしても、許される度合いを超えてる」
「……」
「彼女は一線を超えてしまった。仮に蘇生や修復の法力で何もかも元通りにできたとしても、あそこまで暴走した事実は消えない。何よりマニット自身が自分を許せないはず。彼女はここで消えるべきなの。それしかないのよ」
「……うん、分かるよ」
今でもまだ迷っているのは、それは己の弱さゆえだと認識する。
最後の最後、引き金を引く段階までジュデッカとトカゲたちにやらせるのか。それを批難がましい眼で見るのか。それはあまりに卑怯ではないか。
もはや、何もかも遅い。
それだけを噛み締めるように意識する。
「わかってる。本当は全部わかってるの。でも」
でも、それならマニットは。
「マニット様が生まれてきたことが間違いだったって言うの? 力が暴走しているのは、この時代の聖女が少なくなりすぎたからなのよ。魔王が聖女たちを封印しなければ、数百人の聖女で力を分散できてたはず。それに、元はと言えばそれは、聖女アンテ……」
「アンテノーラ様のたくらみなら知ってたわ」
あまりにも素っ気ない言葉に、リブラは虚を突かれて固まる。
「お婆ちゃんだったからね。寝酒を飲んだ時とかに色々話してたのよ。寝ぼけた上での妄想と思ってたけど、マニットが私を魔王に突きだしたことと結びつけて、本当だったと理解できたのは最近よ」
「それは、仕方のないことで……」
「私だって度を超えたいたずらをしてた。だから恨みもだんだんと小さくなってる。でもそれもこれも、もういいのよ。マニットはもう恨むような相手でもなくなったし」
そこには僅かな物悲しさと、怒りとも憎しみともつかぬ不定形の感情。
それが心の回廊を通って、言葉の綾模様となって滑り出てくる。
「私はね、いたずらっ子だったけど、それは聖女の力を捨てたかったからよ」
「捨てたかった?」
「そう……いたずらをしてれば、聖女の力が無くなると思ってた。実際そういうものだと信じられてたからね。魔王との念話で聞いたけど、まさか大昔の聖女の作ったシステムだったなんてね」
「どうして捨てようとしたの?」
「何でもできるからよ。お菓子でもお金でも出せる。いじめっこをひどい目に逢わせられる。こんな力を持ってることが不安だった。聖女の中にもろくでもないのがいると知ってたからね。私の土地を担当していた聖女がそうだったの」
「そんな聖女が……」
「でも、その聖女も私と同じ、自分の力に振り回されてただけよ。アンテノーラ様も、今のマニットも、たぶん、始まりの聖女アビスもよ」
「……」
「だから聖女の歴史も、星と一緒に終わってもいいかも知れない。たった800年のことよ。宇宙の歴史に比べれば、まばたきの一瞬でしょう」
ジュデッカは長い道のりを歩いた者が、ふと景色に眼を止めるような心地であった。
ようやく長い怨みの隧道から抜け出せると実感するような、仄かな安堵が。あるいは世界への、あるいは己の人生への赦しのようなものがあった。
「マニットはここで討つ。それが私なりのけじめよ」
「……うん」
映像を見上げる。肥大したひょうたんのような眺めは滑稽なようでもあり、人の手出しなど及ばないほど非現実的な恐ろしさもある。
元の星との接触面は北バルチッカなのだろうか。遠い過去や異なる宇宙を見てきたリブラには、耐えがたく懐かしく思えて。
「――待って、あれは何?」
指差す。マニットと星との接触面に、何かが。
「どうしたの?」
「あそこは……南バルチッカのあたり。拡大してみて!」
トカゲの一人が操作を行う。ピンクと緑の境目あたりを拡大すれば、そこはゴマ粒のような白い粒が。
「あれ、ドーム状になってる。もしかして法力による守護じゃないの?」
「……確認するわ」
ジュデッカとトカゲたちが協力しての光学観測。それはやはりドームのようだ。直径はおよそ80キロ。南バルチッカの都市部を白い光が包んでいる。
「あれマニット様がやってるんじゃないの? そういえばバルチッカの人は魔王の領地に飛ばされてたはず、きっと、街も守ろうとしてるのよ」
「……可能性はあるわね」
「じゃあ、やっぱり理性が」
「おそらく無意識よ。アリも踏まないってやつかしら。それに、あのまま永遠に守り続けられるはすがない。マニットがもっと大きくなれば、星の重力が」
「ジュデッカ!」
リブラが放つ声、そこに込められた必死さに、周りも息を呑む。
「……ジュデッカ、状況は絶望的かも知れない。でも、まだ諦めたくない。何より、マニット様がまだ諦めてない」
「……え」
「無意識だとしても人を助けてる。まだ何とかしようとしてる。まだ手はあるはず。私たちなら、いえ、私たちじゃなくてもいい、何とかする手段を探すのよ」
「……無理よ。マニットはもう放置しておける余裕がない。元に戻す方法も分からない。星に近づくこともできない……」
「……要するに聖女が増えればいいのよね。ジュデッカ、別の宇宙で長い時間を過ごせるんでしょ。私たちが一旦、別の宇宙へ行って、人口を増やして戻ってくればいいんじゃない?」
「それは無理ね」
壁面の映像が切り替わり、世界地図が現れる。北バルチッカより離れた地、西キタイに赤い輝点があり、そこから放射状の光が生まれる。
「強い聖女は西キタイを中心に生まれる。理由はよく分かってなかったけど、魔王との念話で分かったわ。これが聖女アビスの作ったシステムだからよ。西キタイを中心として、私たちの星だけに影響があるの。そうしないと、他の星の知的生物まで聖女の力を持つことになる」
確かに、と納得せざるを得ない。現にこのトカゲたちには聖女の力を持つものはいないようだ。
だがリブラの若さゆえか、思考はすみやかに連想を結ぶ。
「それなら……マニット様だけを星から引き離せばいいんじゃない? 一旦、宇宙にいてもらって、その間に聖女が増えるのを待つ」
「引き離すって、どうするのよ」
「世界牢の砲撃を調整して吹き飛ばすとか、あるいは世界牢に封印するとか……」
「10の55乗ジュールってエネルギーよ、そんな細かな調節が出来るわけない。封印も同じこと。そもそも近づけもしないし、アンテノーラにできた破獄が、理性が無いとはいえ今のマニットにできないとも思えない」
「うう……」
考える。
脳を絞るように頭を両手で押さえ、血の気が引くかと思うほど考える。
あらゆるものを動員して何とかするのだと。
経験してきたすべてを生かすのだと考える。
「……マニット様を、星から引き剥がすような、力があれば……」
「そんなの無理よ、魔王が四天文単位って怪物を連れてきたこともあるらしいけど、それもマニットにあっさり倒されたはず……」
「……ん?」
ふと、思考が開ける。
狭い道をえんえん進んでいて、ふいに広場に出たような感覚。思考がすみやかに組上がっていく。
「ねえ、そういえば魔王はどこ? アスタルデウスは?」
「さっき見てたわよ。マニットに吸収されてたでしょ」
「そうじゃないわ。あれは分身体。精神体とも言われるけど、あれは魔王のごく一部なの」
「……あ」
「魔王の本体はどこなの?」
そして気付く、いま、動揺を示したトカゲが一人。
「そこのあなた」
「ヤバッ」
逃げようとするがリブラが瞬間的に加速。床に焦げ目を作りつつ急停止し、その腕にトカゲの首を捕まえている。
「なるほど、いま要領が分かったわ。これが隠密を見破る感覚、あなたアスタルデウスの分身体ね」
「ち、違うゲ、私はしがない科学者ゲ」
「他の子はそんな語尾じゃないわよ」
「うう、お、俺は関係ないだろ。マニットがどうなろうと知ったことではない」
「いいえ、それは違う」
リブラの声に魔王は一瞬、意識が向く。まだ姿は少女然としているのに、声に揺らがざる威厳のようなものが生まれている。
「魔王、今なら分かるわ、あなたも一種の超越者。かつての聖女アビスのように、精神の力で生物としての限界を超えた存在なのね」
「だ、だったら何だと言うのだ」
「でも完全じゃない。この世に完全無欠な人なんて一人もいない。マニット様だって暴走してしまった。聖女アビスだって未来のすべては読みきれなかった。アンテノーラ様にも精神の限界が来てしまった。私たちはみんな不完全。強い力を持っていても、一人では完全ではないの」
「そ、それが何だ」
「だから、あなたも同じよ。あなただって完全ではない。いつかは何かしらの破滅が降りかかる。一人では乗り越えられない事が起こる。だから協力しましょう。私たちは協力しあうべきなの。戦いあうこととは別の次元で、破滅を防ぐために協力するのよ」
「協力だと」
「そう、これは貸しよ。いつか、あなたに何かが起きたとき、聖女たちがあなたを助ける。魔王と聖女との戦いとは別に結ばれる契約よ」
「そ、そんな馬鹿なことが、人間と我が契約など……」
「お願い、魔王」
周りの全員が注視する。あまりにも唐突で、まるで練られていない交渉ではあったが、その時のリブラなら、本当に何かを変えるような気が。
「……マニットが正気に戻ったとして、我が星の支配をたくらむことに変わりはないぞ」
「それでいいわ。今回はあまりにも特別だった。アンテノーラ様から始まるイレギュラー、あなたと聖女たちは、最初から正しく戦えてなかった。だから仕切り直しましょう」
そのトカゲを解放する。
魔王はたたらを踏んでから振り返り、爬虫類の眼でリブラを見て、長いような短いような思考を終えると。
何かを観念したような、あるいは述懐するような、薄い笑みを浮かべた。
「ふん、物は言い様だな、あの小娘が、いつのまにここまで……」
「じゃあ魔王」
そしてリブラは、マニットである球体を示して言う。
「なんとかして」
「最後が雑!」




