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聖女様、無敵を何とかする


「あれがマニット様って、どんだけデカいのよ」


数十キロは離れているが、その全体が視界に入らない。表面は布のようにざわめいており、弾性をもって大きな周期でゆっくりと揺れて見える。水まりの穏やかさか、あるいは胎児の脈動か。


「いや、この法力……確かにマニットだ。北バルチッカ全体に覆い被さっている」

「バルチッカの人はどうなったの!?」

「少し待て」


魔王はいつの間にか黒のドレスシャツに黒水晶の王冠。黒曜石の剣を帯びた姿になっている。顔つきも精悍な若者のものだ。指で印を組んで魔力を飛ばす。


「以前も似たようなことがあった……うむ、我の支配圏に人間が飛ばされているな、南北バルチッカの人間すべている。あの姿になる直前に、わずかに残った理性で飛ばしたのだろう」

「そう……」


だが、ひとまずの避難でどうにかなる問題ではない。もはや世界全土の危機は明白である。


リブラに向けて風が吹き付けるように思えた。高度一万メートル近い高空だが、希薄な大気の中で押し寄せるその重圧。ただ存在してるだけで法力を色濃く感じる。


「でもどうしたらいいの、あんな大きさ」

「ふん、でかさなど大した問題にならぬ。我は宇宙規模の怪物をぶつけてきたのだぞ」


魔王は両手を左右に広げる。その手にある黒の指輪も、服を飾るボタンにも魔力がみなぎっていると感じる。


「超重力源を生成する。複数の宇宙から巨大質量を同時並列的に召喚。0.2秒ののちに蒸発するマイクロブラックホールで質量を削り取る」

「なんか全然わかんないけど頑張って」

「受けろ! 魔王の一撃を!」


両腕を前に。


…………


……


「……何も起きないけど」

「ば、馬鹿な……」


魔王は玉の汗を浮かべている。


「あやつの体内は複数の次元の揺らぎが重なりあっている。あれはまさか観測干渉か! 内部を観測されない限り常に最適の防壁が存在し、しかも観測手そのものに干渉している! 無意識にそこまでのものを!」


――げふっ


「人が解説してんのにゲップしてんじゃねえええええええ!!」


――すいません、このビールがおいしくて


「魔王ってあれよね。実はけっこう頑張りを認めてほしいタイプよね……」


――わかります。相手が分からないと知っててたくさん喋るのも実は分かってほしい願望が。


「お前ら念話でヒトの批評してんじゃねえ!」


空中ではあるが、足をだんだんと踏み鳴らす魔王。


「ともかくあいつは魔力の砲撃ではどーにもならんぞ!」

「うーん。あ、そうだ。とりあえず世界牢に封印したら?」

「世界牢か……あれはビッグバンのエネルギーが10の55乗ジュールほどしかないからな……。ちなみに基本世界の宇宙が10の70乗ジュールほどだ」

「えーっと、100兆分の一ぐらいってこと?」

「そうだ。それでも10光年ほどの広さがあるが……。もしマニットが世界牢の中で肥大を続け、ある日突然、牢を破壊したらどうなる」


――リアクションに困る?


「アビスお前は黙ってろ」

「まさか、超巨大なマニット様が現れるってこと?」

「そうだ、銀河中心のブラックホールより巨大な超重力源となるだろう。自重で潰れればの話だが、もし潰れなかったらどうなるか想像もつかん……」


リブラもその巨体を見上げる。表面を布が覆っているのは儀礼服を出しているのだろうか。さすがに裸で転がることはないようだ。


「まだ理性はありそうなんだけど……呼び掛けられないかなあ」

「そもそもアレはどこが顔でどこが耳なんだ。でっかい饅頭みたいで全然わからんぞ」


そこで、ふと魔王が周囲を見回す。


「そういえばジュデッカの姿が見えぬな」

「食べられたかしら」

「おい聖女アビス、ジュデッカがどこにいるか探せるか」


――さー? さっきも言いましたけど聖女マニットのせいで観測も困難なんです。私からはシルエットクイズみたいに見えてます。


「お前、我々のサポートするんじゃなかったのか、何かできないのか」


――精神感応を試しましょう。


「精神感応だと?」


――はい、これも言いましたが聖女マニットは私によく似てます。何代前かの生まれ変わりかも知れませんし、偶発的に瓜二つの存在として生まれたのかも。そして、今の聖女マニットの状態は精神の不安定さに原因があります。


「なるほど、つまり精神に呼び掛けられれば」


――近くまで行ってください。私がマニットの精神を押さえ込みます。


「よし」


魔王がマントを変形させる。超音速機に見られるようなクリティカル翼。さらにダイヤモンド皮膜で覆い、足首を三連の光の輪が包む。


そして一気に加速。饅頭のような物体めがけて飛ぶ。


「あ、魔王、私も行くわよ」


リブラも移動するが、法力の出力が増してるとは言え魔王の方が速い。経験と科学知識の差であろう。

それは視界のすべてを埋め尽くす饅頭の質感。すぐそばにあるように見えるが、マニットが巨大すぎるため実際は数十キロ離れている。なかなか近づかない。


――あ、ダメでした。


「え?」


――向こうの精神が巨大すぎます。あ、乗っ取られそう。


「は!? ちょっと!」


見れば数キロ先、魔王が急反転してブレーキをかけようとしている。そのマントが後方に引かれるように見える。

よく見れば魔王は必死の形相である。目に見えない力に引かれているのか、全力で饅頭から離れようとしてるようだが、饅頭に向かう加速度はむしろ増している。玉の汗が饅頭に引き寄せられている。


「ちょっと魔王!」


やがて揺らめく饅頭の表面にべたりと張り付き、ずぶずぶとその体が埋まっていって、最後に突き出した右腕も飲まれて気配が消える。


「聖女アビスさま! 魔王が飲まれました! どうなるんですかアレ!」


――リブラ


「聖女さま? 何だか念話が遠くなって」


――おそろ、しい、この時代に、まで


――私が、私、でなく、なって


「ちょっと聖女さま怖いんですけど! やめてやめてそういうの!」


――逃げ、て


ふつり、と念話の途切れる気配が。


さーっと、さすがの快活なる聖女リブラも顔面蒼白になる。


「ど、どうしよう……」


ともかく距離を取ろうとする。

しかし、引かれている感覚はないがなかなか距離が離れない。


マニットがさらに肥大しているのだ、と気づいた時にはその足元は天変地異の眺めである。

雲と大気が肥大する体に押し退けられ、山脈ごと大地が押されて海や湖を埋めていく。


リブラは速度を上げて離れ、さらに上空へ。電離層を抜けて衛星軌道のあたりまで登る。


叡智の書庫クレボナにアクセスして……よし、できる」


月の直径は3400キロほど、惑星の自転と同期するような衛星軌道は高度35000キロぐらい。

そのような情報を得るが、まだ慣れていないので散発的なことしか分からない。


「このままマニット様が大きくなると……どうなるのかな?」


月の質量は惑星の81分の1ほどもあり、大地に存在している場合、それだけで自転や公転の速度に影響が出る。最悪の場合は軌道の乱れから地殻が崩壊してマグマが大地を覆うか、他の惑星と衝突するか、惑星が太陽に落下していくおそれまである。

そんな情報を得て、その金髪をかきむしる。


「近づくと飲み込まれる。存在してるだけで星が壊滅する。法力も受け付けないし封印もできない。精神感応を試みても逆に乗っ取られる……」


マニットの触れた大地が赤く染まっている。自重で地殻にめり込み、マントルが噴き出しているのだ。もはや南北バルチッカだけでなく、周辺の地域も巻き込みつつある。


「やばい、人は避難させたって言ってたけど、あれじゃどこまで被害が広がるか」


ジュデッカもあの饅頭に飲まれてしまったのだろうか。あまり面識は無かったが物悲しく思う。


「何か……何か方法があるはず。魔王の仕掛けてきた作戦とか、マニット様の法力とかに参考にできるものが……」


叡智の書庫クレボナを探る。そこは無限の広さを持つ図書館か、果てしなく大きなゴミ屋敷か。ともかく大量の情報があり、過去に起きた戦いの歴史も刻まれている。

女官やマニットなどから聞いた伝聞を便りに、リブラは情報の深みへとアクセスしていく。


「うーん。前世を写す鏡、聖剣、キリンの魔物……これじゃダメ、もっと過去の……」


太陽を飲み込む怪物。大きさは4天文単位。6億キロメートル。


「あ、これいいかも、でも魔王も数百の宇宙を渡って見つけてきたのか……もうマニット様に倒されちゃったし」


緑の星。


「ん?」


記録の中に奇妙な記述。

マニットは魔物に呑まれてしまった太陽の代わりに、別の恒星系から主星を持ってきた。ついでに、その星系にあった知的生物の住む星も。


「そうか、トカゲさんの住む星……とりあえずそこまで逃げて体勢を建て直すべきかな。それとも星の人たちを丸ごと避難させる……今の私ならできるかな?」


リブラは手に入れた情報から星の位置を推定。法力により周辺の可視光を集めて増幅、解像して星を見つける。


「あった、あれね……って」


緑ではない。

細い針金を束ねたような、銀色のもやのようなものに包まれている。

月にかかる雲のようにも見えるがそんなはずはない。リブラはさらに光を集めて分析。


「何あれ……建物を作るときの仮足場みたい。数百キロの構造体が数十万本、星の周りに造られてる」


確かにその奥には緑の星がある。だが銀色の直線が縦横無尽に絡み合い、星を包んでいるのだ。

よく見れば、その中央あたりにひときわ大きな錘体状の物体。


その全長は二万キロ以上。矢じりのような円錐型の先端に、表面を走行する無数の機構。周囲を取り巻く羽虫のような物体は、それぞれが巨大帆船ほどもある船だ。


「船……? 宇宙船? まさか、トカゲの人たちがそんなもの作れるなら、私たちの星に来てるはず」


表面に光が見える。機構が通電しているのか、銀無垢に輝く船体をイエローの光が装飾する。


思い当たることがある。そのように異なる宇宙からの技術を持ち込める者。聖女長アンテノーラより電撃の法力を受け継いだ者。

あらゆる相手を従えようとする傲慢さと、発想の奔放さを持つ聖女。


その船が、ゆっくりと緑の星を離れていく。いくつかの銀の針が触れて引きちぎられるが、まるで意に介さず進む。


マニットのいる、リブラたちの星を目指して進んでいるのだ。


「まさか、ジュデッカ……?」


そして一瞬で加速を得た船は、惑星のコブのように見えているマニットへと進み。


饅頭から伸びるピンク色の触角が一撃。


船体がくの字に折れ曲がって、ヒキを待たずに爆発四散。



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