表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/26

聖女様、太陽を何とかする



目が覚めると暗闇でした。

部屋の隅をぴしりと指さすと、銀の燭台に火が灯ります。


燭台を持ち、儀礼服を出現させつつ聖堂へ向かうと、女官が慌てて駆けてきました。


「ままま、マニット様、た、たたったたたったたたた」

「それは大変です!」

「適当に言わないでください!」

「何があったのですか?」


女官は震える手で上空を示します。

聖堂の大きく上に切り上がった窓から空を見れば、そこにあるはずの太陽はなく、何やら黒い口のようなものが見えます。立派な牙の並んだ口がぽっかりと開き、段々とこちらに向かってくるように見えます。


「太陽が消えたんです! 空におっきな口が現れて!! 太陽をぱくりと食べてしまったんです!!」

「口にゲンコツが入る人もいるそうですしね」

「関係ないと思います!」

「冗談です、どうりで寒くなってきたと思ってました」


その時、聖堂の床からにゅっと影が飛び出します。黒い幹を持つねじれた樹が急速に伸びて、誰かを抱きとめようとするかのような湾曲した枝を生やし、真っ黒い腐敗臭のする実をつけます。その実がぱっくりと二つに割れ、そこから声が響きます。


「くくく、聖女よ、どうやら貴様の終わるときのようだな」

「その声は魔王ですね、もしかして床下に待機してたのですか?」

「そうだけど別にいいだろ!」

「あれは何なのです?」


私が小首をかしげながら言うと、魔王の声のする樹の実がふふふと得意げに笑います。自分で調べるのが面倒な時は、誰かに説明してもらうに限りますね。


「あれは次元の彼方から連れてきた無業吼エビュネストという生体兵器だ。体内に無限の重力源を持ち、その腹は異なる宇宙に繋がっている! 星系をまるごと食らって己の宇宙に取り込む怪物よ。その直径はざっと4天文単位。もはや人智の及ぶところではない!」


魔王は多くの世界を渡っているせいか、ときどき私の知らない単位や言葉を使います。ですが、どうせ大した意味ではないので深く考えないようにしています。


聖凰槍フェンドレスレイ


錫杖を掲げ、そこから光を放ちます。あらゆる魔を駆逐する聖なる光ですが、どうも手応えがありません。


「無駄なこと! あいつの本体を仮に滅ぼせたとしても、この星系はすでに主星を失っている! この意味が分かるか! すでにこの星は本来の公転軌道を外れている! 宇宙の彼方に飛んでいき、氷漬けの極寒の星になるのだ!! それ以前に、直径4天文単位の生物を法力で滅ぼせるはずもないがな!! さあ喰らい尽くせ無業吼エビュネストよ! この大地までもその腹に呑むのだ!」


私はそこまで聞いて、はたと首をひねります。


「「百窓の魔王」アスタルデウスよ。それでは、最終的にあなたも怪物に食べられるのでは?」

「フハハハ、我の肉体は数え切れぬほどの世界に分散して配置している。我の霊的本体(コア・アストラル)があるこの宇宙が滅ぶのは惜しいが、何とか魔王の力は保てるのよ!」

「なるほど、部屋のあちこちにへそくりを隠してるから、財布を落としても何とか月末まで持つと」

「その例えは全っっっ然違うがそういうことだ!」

「ま、マニット様、この大地まで飲むのなら、最終的にあの怪物の腹の中から、太陽のある場所に行けるのでは?」


女官がそう言います。なかなか面白い想像ですが、本当でしょうか。

私は精神を集中し、「叡智の書庫クレボナ」と呼ばれる不可思議な記憶領域に呼びかけます。そこは人間を含め、あらゆる生命体の知的活動を収蔵しておく場所です。私もうまくは説明できない場所なのですが。

答えはすぐに返りました。


「無理ですね、別の宇宙に行くというのは、水素原子一粒より小さな隙間をすり抜けるようなものです。太陽も我々も、物質の最小単位まで還元されて、向こうの宇宙にばら撒かれるだけでしょう」

「マニット様! 全然わかりません!」

「とりあえず太陽が無くなっていますから、この大地も大変なことになってしまいますね」

「フハハハハ! 終わりだ聖女よ! 氷漬けの星でせいぜい数日でも永らえるがいい」


「灼熱の釘。不帰かえらずの獣。見渡し、握り、失われし国に矢を放つ。聖別の蛇、さびを食らう巨人、永劫の暦は瞬きのうちに。無限牢久不絶の鎖アズテラルマ・チェーン


私は特別な呪文を唱えます。それはおそらくは400年、どこかの土地で狂った錬金術師が編み出した術式、それを無限の大きさに拡大させて実現・・させます。

空に向けた私の手から鎖が生まれ、虚空に向かって伸びていきます。目で見える範囲は石を投げる速度ほど、しかし一歩の距離で速度が倍に、それは一歩の距離ごとに忠実に倍々となって、先端は想像の限界を超えた速さになります。


「な、何をしている」

「いえ、太陽がないと不便ですので、持ってきました・・・・・・・

「は……?」


空にかっと光が生まれます。

女官が、あかあかと燃える太陽があるのを見て目を丸くします。

ねじれた樹が叫びます。


「なあっ!?」

「あの怪物にはお帰り願いますね」


この太陽は、従来あった太陽よりも20倍ほど大きなものです。あの怪物にしてみれば小石ぐらいの大きさでしょうか。それを思い切り振りかぶってから怪物にぶつけます。

手応えがありました。音はしませんが、人間で言うと頭蓋骨が爆散するぐらいの速度でぶつけたので、その怪物もやはり爆散、コナゴナになって広範囲にばらまかれます。

あとは太陽が大きくなったぶん、こちらの大地との距離を調節して配置しましょうね。鎖を引っ張って、と。


「ば、バカな、恒星を持ってくるなどと! いや、できたとしても、その恒星のあった星系に知的生物の住む星があったらどーするつもりだ!」

「ああ、ありましたので、それもついでに持ってきました」

「はああああ!?」


まだ見えませんが、夜になれば、夜空に緑の小さな惑星が見つかることでしょう。

そこにはトカゲのような頭を持つ人々が住んでいるようで、突然、夜空の星の位置が変わったことに大混乱しているようですが、まあ大地が移動しただけで、主星との距離も変わりませんし、別にいいですよね。


「ぐううううう!! お、覚えてろ!!」


魔王の意思を伝える樹木は煙のように立ち消え、いつもの聖堂の風景が残ります。さて、あとはこの北バルチッカの環境が変化していないか調べて、少し手入れをしておけばいいでしょう。


あの緑の星のトカゲさんたち、同じ星系のお隣さんになってしまいましたが、いつか出会える日が来るでしょうか。


叡智の書庫クレボナによれば、人々が互いの星を行き来するのは、数百年は先のことだそうですが。


いつかその日が来ることを夢見て、お昼寝でもしましょうか。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ