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聖女様、下段を何とかする


空間を満たす稲光、反射的に筋肉を硬直させるような衝撃。全身を突き抜ける音。


ぱしりと鳴る絶縁破壊音とともに、その場に降り立つ影がある。


それは黒いレースで顔を覆い、二の腕まである白手袋、そして七色の糸で飾られた儀礼服の人物であった。


マニットがはっとして声を上げる。


「強盗」「違うわ!」


0.3秒でツッコむフレジエ。


他の聖女たちも席から立ち上がり、深々と礼をする。


「お、お久しぶりですわ、アンテノーラ様」

「うぐ、じゅ、10年ぶりなんだよ」


リブラも我知らず緊張が走る。現れて時間も経っていないが、その場のすべてを飲み込み、この広い聖堂をぎちぎちに満たすような法力、圧倒的な存在感が理解できる。


「あ、アンテノーラ様、面接にお越しとはお珍しい」


フレジエの言葉を遮るように、つと白手袋が上げられる。


――気にせず、続けなさい


それは発音ではなかった、頭に響くような念話、先ほどと同じだ。


「は、はい、ではそのように……次が最後ではありますが」


五人は改めて、前にいるジュデッカに向き直る。

リブラもアンテノーラの強烈な気配に当てられつつ、ともかくもジュデッカを見た。


「うわあ、めっちゃ美少女……ほんとに真珠みたい」


リブラのそれよりも透明な、光を束ねたような銀髪。輝かしき少女性を現す顔は血色が濃く快活そのもの。瞳は無限数の同心円でできてるように底知れない。

まだ幼いが、成長すれば絶世の美女となるか、あるいは妖精や精霊にでも化けそうな、そんな形容すら浮かぶ。


「でも、真珠の聖女? 確かジュデッカの得意な法力って……」


ごほん、とフレジエの咳払いが響く。その声は威厳を示すように喉の奥で固めてある。


「聖女ジュデッカ。知っているぞ、お前はかなり奔放が目立つようだな」

「うぐぐ、君に対する苦情が山ほど来てるんだよ」

「こないだは山を一つプリンに変えたらしいやないか、臭いが10キロ先まで届いたとか」

「プリンじゃないです。抹茶プリンです。一見すると山に見えるのがポイントなんです」

「どっちゃでもええわ!」

「プリンと抹茶を……!?」

「マニットそこはどうでもええから」


お前は何かないのか、というアモンからの視線を受け、マニットも発言する。


「ええと、聖女ジュデッカ、なぜそんなことを」

「面白いかなあと思って」

「面白かったら何をしてもいいのですか?」

「え?」


ジュデッカは儀礼服の裾をつまみ、腰をひねりつつ答える。


「面白かったら何してもいいんですよ」

「そう堂々と言われるとそうかも」

「なわけあるか!!」


フレジエは両手を打ち付け立ち上がる。


「確かにかなりの法力を持っているが、お前のようなものを討伐隊に加えるわけにはいかん!」

「えー、そんなあ」


――聖女ジュデッカ


全員に念話が響く。フレジエははっと脇を見た。


――あなたは西キタイに引き取りましょう


「な……」


何人かが目を丸くする。


「に、西キタイといえばアンテノーラ様の旧教区、もっとも主の恩恵に近いと言われる土地では」

「西キタイへ招きたいんですね」

「マニットちょっと黙れ」


――こちらへ


「はーい」


アンテノーラが手を差し出すのを見て、少女の頃のジュデッカはとてとて歩いてその手を取る。

瞬間、二人はその場から消え、その空間に風が吹き込むような感覚がある。転移の法力が使われたようだ。


「な、なぜジュデッカを……」

「うぐ、きょ、教育でもするつもりなのかな」

「ありえへんよ、アンテノーラ様が直々にやなんて」

「お昼ごはんは出前なんですかね」

「マニットいま興味持つとこそこじゃないだろ、よく考えろ頼むから」


ざわざわと、聖女たちはまだモメているようだったが、それを眺めていたリブラは腕を組んで考える。


「聖女長アンテノーラ様が10年ぶりに姿を見せて、ジュデッカを引き取った……。それは分かったけど、どういう意味があんのよ?」

「うむ、場面を早送りして次へ行ってみよう、因果を辿れるはずだ」

「早送り?」

「知らぬのか、このような映像記録の再生速度を上げることだ。これだから非文明世界の人間はいってえ!」


スネを蹴飛ばす。


周囲の景色がすべて砂絵のように崩れ、また再構成される一幕。


「待て! 聖女マニット!」


周囲は庭園である。周囲には彫像。聖人や神獣をかたどった大理石の像が並んでいる。


「む、まだ1時間も飛んでおらんぞ」

「あれって……」


そこには二人の聖女がいた。一人は聖女マニット。もう一人は褐色の肌に長い手足、ねじった布を鉢巻きのように巻き、岩のように角質化したスネを短めの下履きから露出させている。


「何用ですか、ローキックの聖女よ」

「なぜ私を落とした! なぜ私が不合格で、のどぼとけの聖女や漬け物の聖女が合格なのだ!」

「分かっているでしょう。あなたの中には不浄の心が潜んでいる」


マニットはローキックの聖女に正対し、錫杖を虚空に消す。


「名誉欲、虚栄心、残酷さ、そのような心は法力に曇りを与えます。私はチョッチョカチャッチャカチョコチョコ」


「ちょっとなに早送りしてんのよ!」

「なんでマニットのカッコいいシーンとか見なきゃなんねんだよ」


二人は目まぐるしく手足を動かし、ローキックの聖女の方は周りの彫像を何度か蹴飛ばしている。


「大事な情報かも知れないでしょ!」

「あーもう、しょうがないな」


「チョッチョカチャカですが、問題は貴方だけではありません。出てきなさい」

「うぐぐ、よく気づいたんだよ」


彫像の背後から出てくるのは氷の聖女、コキューテである。

本人は気配を消して隠れていたつもりと思われるが、リブラたちには丸見えだったので「何してるんだろう」みたいな眼はずっと向けられていた。


「大した作戦なんだよ。討伐隊にローキックの聖女を送り込むはずが、あれだけ合格を連発されたら強く推薦できなかったんだよ」

「そこまでは計算していませんよ。私は落とすべくして落とした、それだけです」

「うぐぐ、討伐隊で戦果を上げるはずだったんだよ、それを……」


「何あのコキューテって人、裏切り者だったの? あんたの送り込んだスパイとか?」

「俺は知らん。聖女の中でも利権争いがあったからな、その関係だろう」

「ほへー」


「聖女マニット!」


そのコキューテが、強く指を突きつけて言う。


「邪魔なんだよ! ボクは魔王との戦いで次の聖女長へとのしあがるんだよ! そのためにはフレジエにアモン、そして何よりお前が邪魔なんだよ!」

「次の聖女長……」


マニットは、その一瞬に数多くの感情を秘めるかのような複雑な眼を見せる。そして髪をざわつかせ、彼女には珍しく憤りの気配を示す。


「聖女ともあろう者が、出世欲に取りつかれるとは」

「黙るんだよ! ローキックの聖女! ここでマニットを亡きものにするんだよ!」

「はっ!」


ローキックの聖女は前に出て、その異様に長い足で小さなジャンプを繰り返す。


「そいつのローキックはマッハ7に達するんだよ! 鋼鉄の柱だろうと粉砕するんだよ!」

「お止めなさい、聖女同士が争うなどと」


「ちょっとスローにするか」

「うん」


魔王が軽く指を動かすと、全員の動きが静止に近いほど遅くなる。

ちょうどローキックの打ち出される瞬間であった。一瞬で加速を得たスネが空気の壁を引き裂き、白い煙のようなものをまとって動く。


「おーろーかーなー」


マニットはそれをまたぎ越えて、コキューテのそばまで動くとその腕を取り、背負うように抱え上げる。


「マニット様って音速より早く動いてない?」

「こいつ光速の4%で動くからな、マッハで言うと32000だ。気流も操作して衝撃波が発生しないようにできる。コキューテも法力を全開にして超高速の世界に対応すべきだったが、油断したな」


そのコキューテをローキックの軌道の先に置き、お尻がちょうど足の甲に当たるように微調整しつつ、四つ足の姿勢にさせる。


「こーとーでーすー」


そしてスローの世界で、コキューテの尻に足がずぶずぶ沈んでいく。衝撃波で儀礼服がはじけ、尻は赤熱し、高温のスチームを四方八方にはじけさせながら、筋肉と皮膚が波打ち、腰を釣糸で引っ張られるように斜め30度に飛び上がり、全身を回転させつつ目の前の塀にぶち当たって人の形に抜いていった。


「なんか芸術的」

「うむ」


それから現実時間で数百秒ほど。


真っ赤な尻を丸出しにして泡を吹いてるコキューテと、頭をタンコブまみれにしたローキックの聖女が縛り上げられていた。

フレジエがその二人に指を向け、法力で浮かせる。


「聖女にこのような物達が出るとは……」

「後のことはよろしくお願いします」


マニットは悲しげに頭を下げ、フレジエは己の胸を叩く。


「任せておけ、二人は私が責任を持って幽閉する」

「はい、しかし……」


マニットは悲しげながらも、どこか疑問の色が抜けていない顔である。


「あのコキューテ様がこのような事を……何年も主の教えを伝えてきた立派な方ですのに」

「……マニット。コキューテのこと、お前は何か感じないか」

「それは……」


コキューテをちらと見やり、悲しげに首を振る。


「デスクワークの多い方でしたし、仕方ないことかと」

「誰が痔の話してるか殴るぞしまいには」


弛緩しかける空気を何とか引き締め、低音でささやくように言う。


「……このところ聖女が増えすぎている。毎日のように新たな聖女見習いが出現しており、また、それぞれの教区の聖女たちも力の不安定さを訴えている」

「不安定……」

「魔王の影響もあるだろう。世界の現状への不安もな。だがそれだけではないのだ。何か、我々全員に共通する何かが狂いはじめているような気がする。何かが器から溢れ出るような、歩き疲れた旅人が膝を屈する瞬間のような不安定さだ」

「……」

「我々は、神の力を分け与えられし聖女。もし、その神が危うい存在であるなら」

「ありえません」


マニットは即座に否定する。


「主は完全無欠、永久不変であるからこそ主なのです」

「そうだな。だがその理屈は本当に正しいのか? 聖女とは、神とは、すべて経験則で説明されるだけで、その存在の理屈を正確に語れる者はいない。少なくとも私は知らない」

「……」

「マニット、お前は魔王との戦いの他に、この事について調べてほしい。我々に何が起きつつあるのか。聖女とは、祈りとは、あるいは脅威になりえるものなのか、その可能性を」

「……分かりました。この力の及ぶ限り」


「この場面はここまでだな」


また世界が早回しされる。雲が高速で流れ、大勢の人間が突風のように周囲を行き交う感覚。


「ジュデッカのことは噂に聞いていた。あいつはアンテノーラの庇護下に入ったが、その悪行は留まることを知らなかった。思い付くままに悪さを働き悪びれることもない。人的被害が出なかったことは奇跡だとか」

「アンテノーラ様に教育受けてたんじゃないの?」

「さあな、アンテノーラについては本当に何の話も聞かなかった。隠居した・・・・ものと・・・思って・・・いた・・。この頃に我が「世界牢」を開発し、聖女を個別に幽閉することで戦況は有利に傾きつつあった。フレジエの教区はこの頃に落とされ、幽閉されていたコキューテ、ローキックの聖女も世界牢に捕らえた」

「一回ぐらい名前で呼んであげたかったわ……」

「む、見つけたぞ、次の因果だ」


そして場はどこかの庭園。古びて落ち着いた眺め。

庭園の重心となるのは小さな池。


そこにはさざ波一つなく、その側には黒レースで顔を覆ったアンテノーラが。


そして、聖女マニットが。



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