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聖女様、面接を何とかする


気がつけば、そこはどこかの回廊であった。


直上からの陽の光。天井がすべて採光窓になっている贅沢な作りだ。


「ここが過去の世界?」

「そうだ、再現された空間だからここの人間は我々を認識できん。ものに触れることもできぬ。映像と同じだな」

「覗き放題じゃないの!」

「なんで興奮してんだよ」


そこは北バルチッカの聖堂よりずっと広い施設のようだ。回廊には枝葉をのびのびと飛ばしたかえでの木。さらには泉が配置され、小鳥などが放し飼いにされている。ステンドグラスの緻密さも北バルチッカにあるものの比ではない。


「荒稼ぎしてそうねえ」

「そういうの聖女が言っていいのか」

「荒稼ぎなさってそうねえ」

「変えるとこそこじゃねえよ」

「あ、誰か来るわ」


それは赤を基調とした儀礼服である。髪留めの飾りも肩飾りの布も燃えるような赤。廊下に流れる裾は地面すれすれの高さに浮いている。ローブの波打つさまは光の加減でオレンジが混ざり、燃え立つかのようだ。


「炎の聖女、フレジエだな」

「わーカッコいい、美人ってよりハンサムって感じの人ね」


やや鋭い目つきをしていて、大きく床を踏み鳴らして歩いている。

回廊の反対側から二人の聖女がやってくる。青の儀礼服と金色の儀礼服。片方は冷気を床に流し、同時に三つ四つの問題に悩むようなしかめ顔。袖がやや余って見える小柄な女性である。

もう片方は金貨で作られた首飾りを身に着け、細く女性らしい腕には金の腕輪。儀礼服の裾は腿のあたりまで切れ上がっており、優雅さや優美さを感じさせる女性だ。


「氷の聖女コキューテ、黄金の聖女アモンだ」

「うわすごい法力、三人とも並の聖女じゃないわね」


聖女の中ではマニットが最強であったと聞いているが、リブラとしては正直どれも自分より遥かに巨大というだけで、その比較など分からない。どれも雲で覆われた山のようだ。仰ぎ見ても頂点は見えない。


聖女たちは回廊にて足を止め、互いに言葉をかわす。


「まただ! また聖女見習いの子が現れた!」

「うぐぐ、まただよう、最近毎日のように増えるよう」

「コキューテ、あんたの担当教区らしいで、はよ行って確保せえや」

「まったく忙しい! しかも最近よく分からんのが多すぎる!」


フレジエは炎の聖女というだけあって短気で熱くなりやすいのか、赤い儀礼服で腕を組みつつ言う。


「こないだなんか肩こりの聖女だぞ! なんだよ肩こりって! それをどーしろってんだよ!」

「うぐぐ、ま、まああの子はいいよ、ボクの肩こりも治してもらったし」

「担当教区を持つことになったらどーする! これからこの教区を担当いたします肩こりの聖女です、とか言われた方の身にもなれよ!」

「す、少し前の引き出しの聖女よりはいいよ」

「まあまあ二人とも、こんなとこでモメとってもしゃあないで」


そう仲裁するのは黄金の聖女アモンである。金持ち喧嘩せずというやつだろうか。


「コキューテって人、ボクっ子だわ」

「そこかよ」


魔王とリブラの二人は回廊の脇で眺めている。リブラはふと首をかしげる。


「でもコレがどうしたの? ジュデッカはいつ出てくるのよ」

「その件についての因果律を辿った結果がこの場所だ、そのうち何か起こるはず」


「ところで引き出しの聖女ってどんな子なんや?」

「ものすごい速さで引き出しを開け締めできる聖女だ、本人はすごいドヤ顔だったが」

「どっから来るんやろうその自信……」

「うぐぐ、ま、まあ今ではボクのところで手伝いを」

「みなさーん」


声が響き、三人の聖女がびくりと背中を硬直させる。


「寝坊してしまいましたあ、すいませーん」


果たしてそれはマニットである。リブラの記憶よりも少し若く、儀礼服の装飾もだいぶ少ない。


「ま……マニットか、もう少し寝ててもよかったんだぞ!」

「うぐぐ、ほ、ほんとに来たんだよ」

「マニット、あんたほんまに今日の面接に参加するんか?」

「はい、そのつもりですけど」


「面接って何のこと?」


リブラが小声で問いかける、声は聞こえていないはずだが、盗み見ているという感覚のせいだろう。魔王も手で口を覆いつつ応じる。


「うむ……そういえば覚えがあるな。この連中、我と戦うための選抜隊を組織していた。この頃は聖女の数が千人に迫るほど増えており、10人から30人程度の中隊を作って送り出していたのだ」

「そうなのね」

「主に討伐するのは配下の魔物だがな。聖女としては戦果を上げれば位階が上がり、担当教区を持てる、出世のチャンスと言えるな」

「ふーん、でもマニット様、あんまり歓迎されてないっぽいけど」

「まあこいつは……ほんっと……すっとんきょうで……妙ちきりんな……ぶっ飛んだやつだったし」

「そんな岩にこすりつけるみたいに言わなくても」


そこで、アスタルデウスははたと動きを止める。


マニットが振り返り、二人の方を見ている。


「……う」


その髪が静電気を帯びるようにふわりと動き、手にした錫杖に法力が込められる。


「おおいマニット、置いてくでー」

「あ、はい」


マニットは身を翻し、小走りで回廊の奥へ。

魔王はビア樽のような体に冷や汗をかき、自分を落ち着かせるように深く呼吸する。


「ちょっと、こっちは見えてないはずでしょ」

「そ、そのはずだ。というよりこれは映像のようなもの、本の登場人物と同じはずなのだが、なんという勘の鋭さ」

「マニット様、地下30メートルに埋めたクッキーとかも見つけるからね」

「何があったんだよクッキーの攻防戦に」


ともかく、二人も聖女たちの後を追った。


面接会場とは北バルチッカにおける聖堂と同じような作りだったが、それよりは遥かに大きい。天井は鳥が飛ぶほどの高みにあり、神話や宗教的な教えを伝える大タペストリー、荘厳な雰囲気を持つパイプオルガンなどが何気なく配されている。

本来は礼拝者のための椅子が千は並べられるのだが、このときは取り払われてがらんとしていた。


その中央辺りに長テーブルが置かれ、奥側に五脚の椅子が置かれている。


「面接って五人でやるのね、あと一人は誰かしら」

「おそらく聖女長アンテノーラだろう」


聖女長、という言葉にリブラが反応する。


「何それ、聞いたことないんだけど」

「聖女というのは人間の宗教組織において、教皇や枢機卿と別個に存在している。聖女長アンテノーラがその統括であり、それ以下はすべて等しく聖女だ。フレジエやコキューテは法力の強さのために幹部のような扱いを受けているが、役職があるわけではない」

「ふーん、でも聖女長なんてはじめて聞いたわね、マニット様も話してなかったけど……」


聖堂に入ってきた聖女たちは机の奥側に移動し、フレジエが大声で呼ばわる。


「アンテノーラ様ー! フレジエ以下四名準備できましたー!」



――分かりました



空間に声が響く。マニットが周囲を見回すが、誰も現れない。


「誰も来ないですねえ?」

「アンテノーラ様はいつもこうやで。もう10年も人前に姿を見せてへんねん」

「逃亡犯なんですか?」

「そんな返し来ると思わへんかった」


マニットははたと首を傾げる。


「じゃあ、大きくて聖堂に入れないとか……」

「いや逆に目立ちまくるやろそんなん……」


四人は中央を開けてそれぞれ着座する。

フレジエはリーダー格を自認しているのか、こほんと咳払いをして皆に言った。


「いいかお前たち! 今回は我々全員に選抜権がある。つまり我々が一人でも合格を出せば、その聖女は合格だ!」

「うぐぐ、た、多数決とかじゃないの?」

「我々は聖女だからな! 意見が分かれるようなことは避けたい! だから一人が合格を出せば、その聖女は全員一致での合格という扱いになる! では始めよう! 最初の者、入ってきなさい!」


ばたり、と扉が女官により開かれ、しずしずと入ってくる人物がある。

リブラはそれとなく聖女の気配を探ってみたが、この場所が映像に過ぎないせいか、正確な強さまでは分からない。


「1番、エリゴールと申します。のどぼとけの聖女です」



間。



ばん、とマニットが机を叩く。


「面白いです、合格!」

「ちょっなっ待てお前マニット!」


フレジエがその体をひっさらって後ろの方へ。


「のどぼとけて! わけわかんねえだろ! あたしらに無いし!」

「あのですね、うちに庭師のおじいちゃんがいるんですけど」

「うん?」

「その人がお孫さんの話をする時、「のどぼとけもまだちっちゃくってねえ」とか言うんですよ。かわいいですよね」

「……それがどおおおおおしたあああああ!!」


のどぼとけの聖女は困り顔で尋ねる。


「あのー、私は」

「うぐぐ、しょ、しょうがない。マニットの言った通り合格なんだよ」

「ありがとうございます」


続いて二人目の聖女が入ってくる。


「2番、つまづいたらお金拾ってラッキーの聖女ビフロンスです」

「ちょっと待てえええええ!!」


フレジエが椅子を後方に跳ね飛ばして立ち上がる。


「なんじゃその聖女は! もう行為というか、エピソードじゃねえか!」

「すばらしいです! 合格!」

「まにっとおおおおおおおお!!」


マニットはいつの間にか「合格!」と書かれた札を手に持っている。そういうのは用意してないので、物質創造の法力で作ったものだろう。さり気なく行われる高等法力である。


「ありがとうございます」


つまづいたらお金拾ってラッキーの聖女はそそくさと部屋を出ていく。面接のルールは周知されているため、合格の発言が取り消される前に退出するのが得策と見たのだろうか。


「だいじょーぶなのかよ! 戦うんだぞ! 魔物とバトルすんだぞ!」

「ちゃんと聖女の法力は感じましたし」

「そりゃそーかも知れんけど! つまづいてお金拾うやつが戦いの役に立つのかよ!」

「うぐぐ、ふ、不安なんだよ」


そんなこんなで。


「3番、養毛剤の聖女アロケルです」

「人に喜ばれそうですね、合格!」


「4番、二度寝してもまだ眠い聖女エリゴルです」

「分かります合格!」


「5番、ショウガ焼き定食の聖女ベリアールです」

「おいしそ格!」

「おいしそ格!?」


ややあって。


「うぐぐ、ここまで25人中、24人合格なんだよ」

「今回は期待できる方ばかりですね」

「せ、せやね……」


聖女の間で意見が分かれるのは望ましくない、という縛りのため、アモンもコキューテも決まったことに意見するのは控えている。

フレジエは少しホットさを残していた。


「逆にローキックの聖女はなんでダメだったんだよ!」

「ローキックで魔物に勝てるわけないです、魔物は飛べるんですよ」

「そらそーだけど! そーだけどおおおお!」


頭を抱えてしまう。


「うぐぐ、じゃあ次が最後なんだよ。26番の人、どうぞ」


そして部屋の隅に控えていたリブラと魔王は。

入ってきた人物を見て、ひそかに息を呑んだ。


「26番」


「真珠の聖女、ジュデッカです」


「え……真珠?」


リブラのつぶやきに答えるかのように。

ばり、と電気の音が響いた。

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