表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/26

壁女様、魔王を何とかする


北バルチッカにて、壁女マニットが公務をこなす拝謁室。

そのホール状の空間ににわかに黒雲がたちこめ、雷とともに魔王アスタルデウスが現れる。


「フハハハハ、マニットよ、今日がお前のあれっ?」


壁女マニットがしゃらんと錫杖を鳴らす。


「性懲りもなく現れましたね、魔王アスタルデウスよ」

「え、いや、あれ? 壁?」


マニットはしっくいから突き出た手で錫杖を操り、その先端を魔王へと向ける。


「今日はどのような手を用意してきたのか知りませんが、打ち砕いて差し上げましょう」

「ちょっと待て勝手に進めんな!」


銀ラメのスーツを着た魔王はうろたえながら左右を見渡し、やや声を震わせながら言う。


「ま、マニットはどこへ行った」

「ここにいますが」

「違うわ! なに堂々と言ってんだ馬鹿か!」


だんだん、と床を踏み鳴らす。


「おまえ壁じゃないか!」

「はあ、確かに壁女と呼ばれています」

「そうでしょうね、ってそうじゃねーよ!!」


感情を乱高下させつつ、かけていたシルバーフレームのサングラスを叩きつけて言う。


「壁女だよ! 壁女の方のマニットはどこに、あれっ?!」

「ですから、北バルチッカの壁女、マニットでしたらここにいますが」

「ちがう!! 壁女じゃなくて壁女! 壁の方の壁女! うおおおお何故だ!? 言えんっ! あの言葉が言えん!!」


混乱する周囲でひょうが降り注ぎ、天井いっぱいに虹もかかって生乾きのしっくいの匂いもする。


「おまえ何かしやがったな!!」

「よく分からない方ですねえ」


ふるふる、としっくいを落としながら体を揺らし、突き出た手で錫杖を構える。


「それより私を倒しに来たのでは?」

「うぐぐぐぐ、壁ごときが魔王をなめやがってええええくらえええええっ!!」


なかばやけくそになって放つのは電磁波の球体、触れれば象も灰になるほどの威力で打ち出す。


壁凰槍フェンドレスレイ


マニットが回転する。左手側の壁がぶおんと勢いよく動き、その電磁球を弾き飛ばす。ホールの右側が一瞬で爆散、外の光が差し込んで壁と床を照らす。


「ぬおっ!? 弾きおった!?」

「法力の光を撃ち出すことで相殺させました」

「どう見ても違うわ!」


壁女マニットは錫杖を消し、やや前傾に構える。ホールの右から左まで伸びる壁が前に傾き、ぱらぱらとしっくいが落ちた。


「さあ今度はこちらの番です。壁体当たりホーリーライト


瞬時に音速を超える突進。空気を引き裂きながら迫る。


「あぶねっ!?」


魔王は背中からコウモリの翼を生やし、すんでのところで空に逃げる。


「魔王アスタルデウスよ、法力の光を恐れるのですか」

「ただの体当たりじゃねえか! くそっ! ちょっと待ってろ!!」


そのまま飛び去って、建物から離れていく。


「くそっ、何なのだあいつは、変わったやつだとは思ってたがついに妖怪変化に」


それに、と北バルチッカの気配を探る。


「妙だな……。リブラという娘はいま南バルチッカにいるとして、あの騎士団長の気配もない。それどころか、人間の気配がまったく……」

「魔王アスタルデウスよ、こちらです」


ふと思念にて声が届く。下方を見れば、見覚えのあるマニットの姿だ。


「む、そこにいやがったか」


内心ほっとしつつも降りてみれば、しかし、どうも雰囲気が違う。

眼を閉じて両手を体の前で組んでおり、儀礼服ではない町人の服である。マニットよりもやや清楚なイメージがある。


「何だお前は」

「私は整女せいじょマニット」

「あああああ何だかめんどくさそーな予感がするうううううっ」


がりがりと頭をかきむしり、歯軋りをしてから問いかける。


「何が起こっとるんだ!」

「ある日のことです。私はおいしいもののことを考えながら歩いてました」

「話の出だしがひどい」

「考えながら回廊を歩いてたのですが、その時、ふと壁にごつんと頭をぶつけてしまったのです」

「はあ」

「その時、この世界のあの概念がすべて「壁」に入り込んでしまったのです」

「はあ!?」


整女マニットはふるふると、悲しげに首を振りながら言う。


「目玉焼きをハムと一緒に焼くと、ハムエッグになるでしょう? その際、目玉焼きとハムという概念が失われますよね、そういう感じです」

「雑に説明すんな!」


だんだん、と足を踏み鳴らして言う。


「概念改変はとんでもない高等術式だぞ! そんなもんがホイホイできてたまるか!」

「建物の中に法力が蓄積していたようです。私も迂闊でした。私は自己の概念が書き換えられる寸前。整女という理性の部分を逃がしたのです」

「ううむ……」


顎に手を当て、考えることしばし。

その様子に整女マニットが呼び掛ける。


「魔王アスタルデウスよ、事態の収束に力を貸して頂けませんか」

「……いや、俺が協力するのおかしいだろ。そもそもの話、マニットが壁になろうとカバンになろうと、北バルチッカが混乱しようと知ったことではない」

「ふーん? そんなこと言ってていいんですか?」

「おまえ整女の割になんかぶっきらぼうだな」

「理性の一部だけですからね。それより、このまま壁女マニットを放置しておけば、その概念の変化は全世界に及びますよ」

「何だと……」

「全世界の壁がすべて壁女マニットになるのです。人々はマニットに囲まれて生活し、神への信仰によって人々もまた壁となります。アスタルデウスよ、あなたの居城も例外となるかどうか」


と、整女マニットはふと思い付いたように言葉を止める。


「あ、でも割とアリかも」

「ないわ!!」


さすがに余裕が無くなってきて、魔王も冷や汗を流しながら言う。


「で、では、北バルチッカに人間の気配がないのは」

「危ないところでした。すんでのところで全員を南バルチッカに飛ばしたのです。何しろ信仰によって生まれる尊い気持ちが壁になるので、魔王でもない限り即座に壁に変わるのです。あと十秒遅ければ北バルチッカが巨大迷路みたいになってました」

「すげえ怖ええ……。ど、どうすれば戻るんだ」

「たぶん、ちょっとした切っ掛けで……」


ごうんごうん、と竜巻のうなるような音が響く。


嫌な予感を背負いながら振り返れば、長さ30メートルほどの壁が横回転し、激しい土煙を上げながら飛んできている。


「うおおお!? 飛びおった!」


魔王の視力で見れば、それはプロペラのような反作用ではない。周囲の大気を回転させることで竜巻を生み、強烈な上昇気流に乗って飛んでいるのだ。


「見えますか魔王よ、この高貴なる法力の翼が」

「しっくいの固まりしか見えんわ!」


ともあれ相当な回転速度が出ている。魔王はさらに翼を広げて逃げようと。


「逃がしません」


壁女が速度を増す。

その回転がほとんど目視できない速度となり、周囲の大気が引き寄せられ、木の柵やら庭木やらが引き抜かれ、吸い上げられて広範囲にばらまかれる。

その黒い竜巻が範囲を広げ、巨人のごとくに成長していく。


「ぬおおっ!? バカな! カテゴリー6レベルの竜巻だと!?」

「これが信仰の力です」

「信仰でそんなんなってたまるか!!」


体が吸い寄せられる。魔王も全力で遠ざかろうとするものの、もはや城や山ですら吸い込まれるほどの風である。建物が細かく砕けて飲み込まれていく。


「や、やめろ貴様! 北バルチッカの街が巻き込まれてるぞ!!」

「……これで良いのです」

「?」


暴風の中でも声が届くのは思念によるものか。マニットの声がふいに憂いを帯び、しかし回転は速まっていく。


「私はしょせん壁女、北バルチッカの人々を導いていける存在ではありません。このまま自らを滅ぼせば、きっと混乱した概念も元に戻るでしょう」

「うん、いや、悪いけどお前が思ってるほどいい話になってないからな? 街とかメチャクチャだし」


そしてさらに回転を増す。


「でも一人では寂しいので、魔王よ、一緒に塵になりましょう」

「なっ!? お前このやろ! 俺は関係ねえだろ!」


もはや風速は秒速200メートルあまり、石造りの建物すらバラバラに砕かれる暴風の中、魔王アスタルデウスはぐいぐいと引き寄せられていく。


「うぐぐ、分身体とはいえ、壁に負けるのは魔王のプライドが……!」


瞬間、下方にて視界に入る物体。


「! 毒されよ万物のかたどり! 弛緩の眼差し! 愚鈍の舌! くらき御座に安息を得よ! 視床退薬ルグルオウ!」


吹き上がる紅い風。

そう見えたのは林檎である。紫の染みを持つ暗赤あんせきしょくの林檎が吹き上がり、壁に当たって果汁の斑点を生む。


効果は即座に訪れた。壁に当たる空気抵抗が反映され、高速回転に一気に制動がかかり、壁は短冊のような軸回転を加えられつつ落下する。


どすん、と左右をあらかた砕いて落ち、魔王もそのそばに着地。

整女マニットが駆け寄ってくる。


「これは……どうやったのですか」

「毒化の魔法で大量の麻酔薬を林檎に含ませただけだ。どうやら効果あったようだな。普段のこやつなら引っ掛かる手ではないが、自暴自棄になっていたことと、理性を失っていたことが幸いしたな」

「なるほど。むしゃくしゃしたとき、林檎を皮ごと食べてやろう、となるあれですね」

「そんなあるある聞いたことない……」


いつの間にか二人の間には儀礼服のマニットが寝そべっている。体に多少の石片を乗せながら、安らかに寝息を立てていた。

整女マニットが一礼する。


「どうやら助けられてしまったようですね。やがてこの主人格が目を覚ませば、私も彼女と一つに戻れることでしょう」

「ふん! こちらの身を守ったまでだ! 二度と概念改変など起きんように注意しておけ!」


再びコウモリの羽根を広げ、飛び去っていく。

整女マニットは小さくなっていく影に向かって、いつまでも手を振っていた。




魔王アスタルデウスが千載一遇のチャンスを逃したことに気づくのは、およそ三日後のことであった……。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ