表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/26

聖女様、屋台を何とかする


「ここが南バルチッカですか」


小屋ほどもある巨大な荷車を引きながら、物珍しそうにリブラが呟く。


建物が北バルチッカよりもだいぶ大きい。壁や垣根が染料で塗られており、煉瓦造りの集合住宅などもある。町の規模も大きいようだ。

横を歩くのは聖女マニット。しゃんと錫杖を鳴らして口を開く。


「そうです。南バルチッカの人口は北バルチッカの二倍強。商業が盛んで豊かな土地でした。分かりやすく言うと、道に家畜の糞が落ちてるのが北バルチッカで、落ちてないのが南バルチッカです」

「分かりやすいけど怒られますよ」


それはともかく、とリブラはきょろきょろと周囲を見回す。


「お餅を配るんでしょ、どこか広場まで行って屋台を組みましょう」

「そうですね。真っ直ぐ行くと噴水広場だったはずです」


それはほどなく見つかった。中央に朝顔の花のような形の噴水台があり、石材で広めの池が作られている。その周囲に円形の空間がある広場である。ベンチや花壇なども見られる。


「うわ立派……でもなんか、真っ昼間なのに人がいないですね」


たまに荷を背負った労働者が行き交うぐらいで、楽しげに談笑する人々などは皆無である。噴水からは水が出ておらず、花壇は雑草が支配している。


「南バルチッカが魔王の手に落ちたからです。魔王の支配下にある土地では人々は活力を失い、労働も歓楽も身が入らず泥のように生きると言われてます」


マニットは顎に指を当て、少し考えてから言う。


「茹ですぎた白菜のように生きると言われてます」

「うまい例えとか考えなくていいですから、言われてもないでしょ」


応じながらも、金髪に赤い儀礼服のリブラはてきぱきと屋台を組み立てる。荷物の大半は餅であり、ぎっしりと立方体に組まれている。


「この餅を配ればいいんでしょ、簡単ですよ」

「そうですね。聖女の法力のこもった食べ物で、人々の活力を取り戻す。それが土地の解放に繋がります」


リブラは金髪を後ろでまとめ、声に法力を乗せて呼ばわる。


「さーさー! 聖女特製のお餅ですよー! ひとつ食べれば元気満タン! タダでお配りしてますよー!」


それからしばし。


「……誰も来ませんね」


それなりに人は通るものの、そもそも誰も屋台に関心を示さない。たまにリブラが呼び止める声に反応して振り向くものの、餅の山にうろんな眼を向けて、また歩み去ってしまう。どの人間も体に力が入っておらず、ふらふらと揺れながら歩いている。


「もーなんでよ! 美味しいお餅なのに!」

「みなさん疲れきってる感じですね。リンゴ狩りの帰りでしょうか」

「マニット様ってリンゴ狩りで疲れ果てるんですか?」


リブラはううんと唸り、こう提案してみる。


「無理矢理食べさせましょうか」

「それはいけません。聖女の力は受け入れる気持ちがなくては反映されないのです」

「家の食糧をぜんぶ餅に変えるとか」

「いいか……いえダメです。聖女が人の家に忍び込むなどと」

「いい考えって言いかけませんでした?」


でも、とリブラは首をひねる。


「なんで見向きもしないでしょう? 何も食べなくなったわけじゃないんでしょ?」


マニットは錫杖を置き、口に手を添えて言う。


「ふはははは、分からぬのか聖女マニットよ」


広場の反対側からコックコート姿の魔王が猛然と走ってきて、息せききって怒鳴る。


「俺のセリフ先に言うんじゃない!!」

「いえ向こうで屋台を組んでるのが見えましたので、入ってきたいのかなと」


リブラもそこで気付いた。いつの間にか広場の反対側にも屋台が組まれている。しかもそちらは道行く人が足を止め、何か紙箱に入ったものを買い求めている。抱えるほどに大きい。


「あっ! さては魔王の仕業ね! 妙な催眠術か何かで妨害を!」

「くくくく、ものを知らん小娘はこれだから困る。言ったはずだぞ、この世には餅より美味い食い物など山ほどあると」


マニットは少し眼を開き。慎重な様子で言う。


「お餅より美味しいもの……まさか、お↑も↑ち↓」

「イントネーション変えたらなんか特別になんのか!」


口角泡を飛ばして怒鳴るも、今日は何やら余裕ありげに落ち着きを取り戻し、前髪をかきあげる。


「教えてやろう、こういうものだ」


そして魔王が差し出すのは、大皿に乗ったピザパイである。驚くほど厚く、塊のトマトやブロック状のチーズがゴロゴロと乗っている。一部に切れ目が入れられており、サラミやソーセージがたっぷり詰まった中身が見えた。


「うえっ……何よこれ、ピザみたいな匂いだけど」

「くくくく、とある宇宙でシカゴ風ピザと呼ばれるカロリーモンスターよ。このボリューム! モッツァレラチーズとトマトが生み出す旨味! 肉また肉! これぞ繁栄と堕落の二律背反、混沌より生まれし魔界の食い物!」


でんと屋台のカウンターに置かれると、豚をまるごと置かれたかのような威圧感がある。リブラも我知らず片足を引く。


「うぐ、こ、こんなものが聖女の食べ物に勝るわけが」

「けっこういけますね」

「ナチュラルに食べないでください」


マニットはハンカチで口元をぬぐい、しかしながら、と前置きして言う。


「いくら旨味があろうと、聖女の手になる食べ物に勝るとは思えませんが」

「くくく、そうかも知れぬな。しかし分からぬか、お前たちの餅のどうしようもない欠点を」


マニットははて、と首をひねる。


「……おいしすぎる」

「それが正解だったらじゃあ何をどーすんだよお前」


あきれ顔になりつつも、気を取り直して話を続ける。


「映えよ」

「ばえ?」


二人の聖女が疑問符を飛ばす。


「そう! このインパクト! 溢れでる肉汁! 層状になった部分のカロリーの密集度! 人は味を見るのではない、見た目が映えるかどうかを選ぶのよ!」

「要するに餅はお洒落じゃないって言いたいんでしょ、まだるっこしいのよ」

「くくく、聖女リブラよ、餅だけの話ではないぞ。虎皮こひ羊質ようしつ、中身より映えに走る。これこそが信仰の欠落、堕落というものだ。お前らにそれが止められるかな」

「むぐ……」


ばさり、とコックコートの裾を翻し、魔王は広場の反対側に去っていく。


「せいぜい信仰の絶えゆくさまを眺めるがいい、はーっはっはっ!」

「マニット様、言わせるだけ言わせていいんですか!」

「リブラ、落ち着きなさい」


マニットはリブラの方を向き、膝を落として目線を同じ高さにして言う。


「お餅はおいしいです」


そしてまた立ち上がる。


「……いや解決した感じになってませんよ!?」

「困りましたねえ」


マニットは指で印を切り、斜め上に視線を向ける。


叡知の書庫クレボナには、お餅を使ったレシピもたくさんあるのですが」

「あ、いいですね、餅をアレンジしてオシャレにするんですね」

「……ええと、このレシピとか、これとか」


ふつり、と回線を切って顔を背ける。


「いえその……これは南バルチッカを解放する戦いなのです。リブラ、あなたの手でやらなくては」

「……マニット様、どのレシピがオシャレなのか分かんなかったとかじゃないですよね」

「いえそんなことは、料理を見た目で選ぶというのは博愛の精神に反するので」

「まあ何でもいいです。オシャレにしたらいいんでしょ、簡単ですよ」


リブラはまず餅を小さく切り、念のため用意していた胡麻油で揚げる。そして紙を円錐状にまとめ、たっぷりと盛り付ける。


「はい完成、揚げ餅のスナック風です」

「これは美味しそうですね、赤とか緑とか色もついてますが」

「ニンジンを練り込んだ塩と、こっちはホウレン草の塩です。味付けに使えると思って持ってきてました」


だが、人の流れが寄ってこない。

よく見れば反対側に屋台が増えている。色とりどりのビーズ状のもの、透明なブロック状のもの、絵の描かれた紙を食べている者もいる。


「むぐぐ、よく分かんないけどオシャレなもの増やしてるわね」

「どれもけっこういけますね」

「いつの間にか買ってこないでください!」


リブラはだんだんと地面を踏み鳴らす。北バルチッカなら地割れが起きていただろうか。


「頑張るのですリブラ、この南バルチッカを守る聖女となるための試練なのです」

「うーん……」


リブラは手を腰に当て、広場をしばらく眺めていたが。


「……ふむ」


やがて、脱力して肩をすくめる。


「やめましょ」

「リブラ?」


リブラは屋台を出て、花壇へと向かう。

雑草が生い茂るだけになったその前で腰を屈めて、手袋をはめて雑草を抜き始める。


「さっきから気になってたんですよねコレ。お花とか植えて綺麗にしましょう。この草も街の外に植え直してあげましょうね」


水の枯れた噴水越しに、反対側を眺める。


「私には法力で何とかするのは無理です。出来ることからやりますよ。要するに南バルチッカの環境を良くしていけば、皆さんも元気が出てくるはずですよね」

「そうですね、それが貴女らしい道かも知れません」


しゃん、と錫杖を鳴らす。


「信仰や布教とは一朝一夕に成るものではありません。リブラ、貴女の選んだのは長く険しい道、しかし、その道の先にもきっとふさわしき信仰の結実けつじつが有ることでしょう。遠いお店のほうが美味しく感じるアレです」

「最後のなければカッコよかったのに……」


ところで、とリブラはマニットを振り向いて言う。


「あのですねマニット様、素朴な疑問なんですけど」

「はい」

「南バルチッカを解放して、私がそこの聖女になっても、正直なところ私だと魔王に勝てないですよ。私も「世界牢」に封印されるだけなんじゃ」


かつて千のホーリー聖女サウザンドを封印したという、魔王の生み出した個別の宇宙。それはリブラの想像を超える技だ。恐ろしさがまったく無いといえば偽りになる。


「大丈夫です……実のところ、あなたを南バルチッカに連れてきたのは、世界牢に対抗する目処めどが立ったためでもあるのです」

「あ、そうなんですね」


マニットは天を見上げる。

まだ位階の低いリブラは気付いてもいないだろう。この南バルチッカ全体を高位の結界で包み、魔王が力を振るいにくくしている。


だが、このような法力で干渉を防げるとしても、もって数日。それまでにリブラを連れ帰るか、リブラに世界牢への対抗手段を与えねばならない。


(そう……対抗手段はあるのです)


かつて世界牢を破獄したという、唯一の存在。




(刻印数666……聖女ジュデッカが知っているはず……)


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ