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聖女様、餅米を何とかする


リブラが一人前の聖女に目覚めてから数日。

私はあらためてリブラと話をすることにしました。


私の前にはリブラがいます。白のワンピースに赤の腰帯サッシュ、金色の髪を赤サンゴのヘアピンで止めています。そのワンピースには銀糸で細かな刺繍がしてあり、いずれも簡易的な儀礼服として扱われるものです。


つまり、リブラももはや立派な聖女というわけです。


「よいですかリブラ、あなたの位階は1、聖女としては駆け出しですが、やがてはこの世界を守るために尽くさねばなりません」

「はあ、あんまり実感ないんですけど」


リブラは何だかぼんやりしています。聖女として覚醒する力に、まだ実感がついてこないのでしょう。


「やがて研鑽を積めば、聖女の位階は2、3と高まっていくことでしょう」

「ちなみにマニット様の位階はいくつなんですか?」

「6億とんで17です」

「億!?」


私は錫杖で地面を突いて精神を集中します。すると両目のすぐ前に数字が出現しました。


「違いました、6億とんで19です」

「もう一の位とかどうでもよくないですか」

「この位階を表示する術は戦闘中にやらないように、すごく邪魔になります」

「なんでそんな位置に出るんですか」


それはともかく、リブラには説明しておくことがあります。


「よいですかリブラ、かつて世界には「千のホーリー聖女サウザンド」がいました。神はその力を千の乙女に与えられ、この世界を守る役目を授けられたのです」

「はい、でも魔王に封印されちゃったんですよね」

「そうです。聖女はたとえ死んでもどこかに復活するので、魔王は聖女一人ごとに一つの宇宙を創造し、そこに封じ込めました。聖女の特性に合わせた「世界牢」とも呼べるものです」

「とんでもないことしますね」

「炎の聖女なら氷の宇宙に、歌の聖女なら無音の宇宙に、という風にです」

「もう想像を超えてます」

「アリの聖女ならアリクイの宇宙とかなんでしょうか?」

「話を進めてください」


私は錫杖を振り、周囲に千体のカカシを出します。

そしてもう一度錫杖を。カカシは一つになってしまいました。


千のホーリー聖女サウザンドが私だけになったことで、神は私のみに力を注がれるようになりました。他の宇宙の聖女はどうなったのか分かりません。力を温存して破獄を狙っているか、あるいは滅びてしまったのか」

「えーと、それだと、私はどうして聖女になったんですか?」

「聖女それ自体も少しずつ増えていくからです」

「……へえ、そうなんですね」

「昔は百のホーリー聖女ハンドレッドと呼ばれていたそうですが、聖女が600人ぐらいになった頃に千のホーリー聖女サウザンドになったとか」

「うわあ……10月なのに12月号とか言っちゃう雑誌みたい……」

「まあ魔王が現れた頃は千人ぐらいいましたので」


私は錫杖を振ります、カカシが三つになりました。


「いま、この基本世界にいる聖女は三人。私とあなた、そして魔王と行動をともにしているジュデッカのみです。神はジュデッカにも力を注がれているため、私の力はほんの少し弱まっています」

「500と500とかじゃないんですね、今だと333ずつとか」

「位階に従って神に与えられる力が変わりますからね、ジュデッカもかなり位階が高いのですが、私とはやはり開きがあります」

「位階ってそんな感じのものなんですね」

「背の高い人のほうがパン食い競走で有利でしょう?」

「聖女をパン食い競走でたとえる人はじめて見ました」


まあそれはともかく、話をリブラのことに向けましょう。


「つまりリブラ、あなたが力を磨いて位階を高めれば、神から与えられる力も増していくというわけです。自分の力と神の力、給料の二重取りみたいなものです」

「マニット様、どうにか面白いこと言おうとしてませんか」


そして、と、私は錫杖を振ります。

現れるのは臼ときねです。ハンマーのように打撃部分が横向きについてる打杵うちぎねですね。


「ですので餅つきをしましょう」

「話めっちゃ飛びませんでした?」


そうでしょうか? 順序だてて丁寧に説明したはずなんですが。


「聖女の特訓と言えば餅つきでしょう」

「えーと……すいませんぺーぺーなもので、初耳すぎて申しわけないです」


この臼と杵は倉庫から転移させたものです。同じく餅米を転移させ、法力で熱と水分を加えてアルファ化させます。


「お餅は知ってますよね、北バルチッカでもよく食べられてますから」

「もちろんです」

「かつて聖女の役割と言えば、ブドウを素足で潰してワインを作ったり、麦を石臼でひいて粉にして、パンを焼くことでした。聖女の関わった食べ物には力が宿り、それを食べることで人々は、また聖女は力を高められるのです」

「じゃあワインとかパンでいいじゃないですか、北バルチッカでも作ってるでしょ」

「ワインやパンでは工程に限りがあります。そこで餅なのです。餅米を杵でつく回数には特に決まりはありません。その気になれば何千回でも餅をつき、大きな力を込められるというわけです」

「あ、意外と理にかなってる……」


私はふかした餅米を一度、杵でかき混ぜ、それから大きく振りかぶると。



ごーーーーーー



「ほら立派なお餅になりました」

「いまマニットさま動いてなかったですけど!?」


高速でついたために残像が見えていただけです。衝撃波が発生しないように空気も制御していました。


「ではリブラ、やってみてください」

「うーん、要するにつけばいいんでしょ、簡単ですよこんなの」


私は倉庫の餅米を転移させ、またアルファ化させます。本当はここもリブラがやるべきなのですが、早くお餅食べたいし私がやりましょう。


「せーの!」



どかどかどかどかどかどか

どかどかどかどかどかどか



「ほら、お餅になりました」


私は餅を持ち上げ、まだほかほかに熱を持っているそれを伸ばします。


「だめです」

「え、なんでですか、ムラもないし立派に伸びてて」

「よいですかリブラ、先ほど私がお餅をつきましたね」

「はい」

「もう一度お餅をついたらお餅がかぶってしまいます」

「………………え?」


やってみせるべきでしょう。私はまた臼を餅米で満たし、再度つきます。



ごーーーーーー



「ほら、きな粉になりました」

「ちょっと待ってちょっと待ってマニットさま待って待って」


リブラが勢い込んで臼を覗き込み、私の顔と何度か見比べます。


「ど、どうやったんです??」

「人はお餅のみで生きるにあらず、きな粉とか砂糖も必要なのです。たまには味噌とかもいいですよね」

「法力ですか? でも私、物質創造の法力はまだとても」

「いいえ、リブラ、法力とは神の授けたもう力なのです。きな粉を出すために必要な祈りとは」

「祈りとは」

「きな粉もちが食べたい! という気持ちです」

「帰りたいよう」


「ちょっと待ってください!」


と、背後から声がかかりました。見れば女官が腕組みして立ってます。


「マニット様! 倉庫から餅米が消えたと思ったら何やってるんですか!」

「リブラの特訓です。聖女の奇跡できな粉もちを作ろうかと」

「きな粉もち……?」


と、女官は考え込んでから言います。


「カレー餅じゃダメですか、私それ好きなんですけど」

「カレー……」


私は口を開けてしばし茫然とします。

カレー餅……きな粉一辺倒だったので初めての響きです。しかし何とも魅力的な。

と、背後からリブラが裾をつまみます。


「あのマニット様、私もガーリックバターとかの方がいいんですけど」

「なんですかその素敵な響きは、ぜひやりましょう」

「騎士団長さまはマーマレード派でしたね」

「庭師さんは刻んだ漬け物をまぶすのが好きとか」

「全部やりましょう、餅米をもっと用意しないと」


そして私たちの研究の日々が続きました。

餅に合う食べ物。食べやすい餅の形。餅を簡単に焼けるオーブンとはどのようなものか。


何度も失敗を繰り返し、諦めかけたその時、新たな道が開けていきました。


そして研究の果て。

お湯を入れるだけで食べられる「お手軽お餅ナベ」が生まれたのです。


「リブラ、これでたくさんの人に美味しいお餅がお届けできるようになりました」

「マニット様ついにやったんですねって違あああああああああああ!!!」


二週間ごしの乗り突っ込みをやり終えて、リブラが肩で息をします。


「なんで新商品開発してんですかあああああ! 違うでしょおおおおお!!」

「リブラ、アイデアはいつ出てくるか分からないのです。まさか私もここまでのものができるとは」

「もののはずみでビジネスやんないでください!」


このお餅ナベはあとで食べるとして、二週間もやってましたしそろそろ本題に戻りましょう。


私は持っていた錫杖を振り、床に地図を出現させます。

それは南北バルチッカを描いた地図です。魔王軍の侵略により南は荒れ果てた土地となりましたが、最初に取り戻すとすればここです。


「リブラよ、最初に言いましたね、聖女の力がこもった食べ物は、人々に活力を与えると」

「はい」

「南バルチッカは人間が残っていることが確認できていますが、みな魔王の影響を受けて気持ちがすさんでいるそうです。南バルチッカ奪還に、今回用意したお餅が役立つことでしょう」

「はい、たくさんの人に餅を配って、魔王の支配をはね除けるんですね」


「フハハハハ、そう上手くいくかな」


と、そこに響くのは魔王の声です。今回は素直に出てくるのでしょうか。


すると、近くに置いてあった二段の丸餅から竹の足が生え、ミカンが飛んできてちょうど目と鼻のようになりました。


「聖女マニット、そして聖女リブラよ、お前たちの好きにはさせんぞ」

「魔王アスタルデウスよ、食べ物にとりつけば私が攻撃できないとでも思っているのですか、浅ましい考えです」

「思ってないしそんなツッコミすんのお前だけだからな」


魔王はふんと鼻を鳴らしてふんぞり返ります。丸餅ですからよく分かりませんが。


「くっくっく、南バルチッカの人間に餅を配るか、だが、果たしてあの連中が餅など食べるかな」

「何よ、マニット様と作った餅にケチつける気?」

「くっくっく、未開な人類はこれだから困る。この世には餅より美味い食い物など山ほどあるのだ。舌の肥えた南バルチッカの民は、餅なぞ見向きもせんわ」

「何……ですって?」


リブラがごくりと息を飲み、私も額から汗がつたうのを感じます。

まさか……お餅より美味しいものなんて……。


「南バルチッカで思い知らせてやろう、貴様らの田舎くさい考えをな、はーっはっはっ」


そして魔王の気配は消え、丸餅からはミカンがはがれ落ちました。




そして私は察していたのです。

魔王との、かつてない死闘の予感を。


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