聖女様、前世を何とかする
「前世占いですか?」
「そうですよ、最近流行ってるんです」
女官の持っているのはバルチッカの町で売られている小冊子である。北バルチッカの人口は4万5千人、狭い土地ながらも草の根の出版活動は続けられており、たまにはベストセラーも生まれる。
「うちの教派にも前世とか転生の概念ありますよね」
「まあ一応あります。うちの教派って言い方はやめましょうね。信仰は唯一無二のものです」
「それでですね、ちょっとした質問で前世が分かるらしいんです」
「分かるとどうなるんですか?」
「楽しいでしょう?」
マニットは少し考えてから答える。
「なるほど……爆笑ものですね」
「そこまではなりませんけど」
女官はややテンションを上げている。北バルチッカの娯楽の少なさを窺わせる場面であろうか。
この場はいつものごとく聖堂の広間。マニットの座る大きめの椅子の周辺に、ステンドグラスごしの日差しが降り注いでいる。
「では質問していきますね」
「ちょっと怖いですね、前世がガケとかだったらどうしましょう」
「ガケ!?」
ともあれ、女官はこほんと咳払い一つして本をめくる。
「いいですか、聖女さまは昼下がりの町を歩いています」
「はい」
「そしてふと店に入ると、そこには色々な商品が並んでいますが、何を買おうとしてもそれは売約済みだと言われます」
「ふむふむ」
「そのやり取りの後で、これだったらお売りできますよ、と言われて店主が店の奥から持ってきたものがあります。それは何でしょう」
「……営業許可証」
「それ売っちゃうと店主困りませんか?」
女官は小冊子をぱらぱらとめくり、何かを確認する。答えを何かのパターンに当てはめているようだ。
「ふむふむ、次に行きます」
「なんだか良い結果になりそうな気がしますね、どんどん行きましょう」
「そんな気配なかった気がしますが、まあいいです」
女官の質問は続く。
「絵画、という言葉を使って何か文章を作ってください」
「絵画を辿っていくと落とし穴に落ちた」
「画商を捕まえる罠ですか?」
またもぺらぺらと小冊子をめくり、確認する。
「ほほー、ふーん、マニット様ってば……ふふ」
「なんですか気になりますね」
たまの団らんのひととき。
と、そう思われたその時。聖堂の中に黒雲が沸き起こり、ざあざあと雨を降らし始める。雨けぶりの中から傘をさした黒服の男女が進み出てくるかと思えば、それは魔王アスタルデウスと聖女ジュデッカである。
「うふふ、ご機嫌いかがでしょうかマニット様」
「出ましたね前世が出窓の人」
「出窓!? せめて生き物にしなさいよ!」
「じゃあ出窓喰らい」
「どんな妖怪よ!」
二人は腕を組んでいたが、アスタルデウスの方は腕を振りほどくと少し距離を取る。どうも転移の際にだけ体を密着させておく必要があったようだ。
「フハハハ、楽しんでいるか聖女マニットよ、この我の書いた本を」
驚くのは女官である。
「え!? この本って魔王が書いたんですか!?」
「そうだともフハハハ、それには遠い世界から見つけてきた隠し呪が練り込んである。ごく普通の文章でありながら、受け答えの中で相手に呪いをかけられるのよ」
マニットもさすがに驚いた様子で目を丸くする。
「なんと……私が気付かないとは、かなり高等な隠し呪のようですね」
「うふふふ、ちなみに装丁はわたくしが担当しましたの」
ジュデッカはレース模様の短いスカートを履いていたが、それをつまんで軽く会釈をする。それを見てマニットが一言。
「ジュデッカ、装丁は別にあなたでなくてもいいのでは」
「うぐ……べ、別にいいでしょ」
「この呪いもアスタルデウスが見つけたものですし、どうにかして作戦に一枚噛みたくて無理を言った気配が……」
「きーーっ! いいでしょーが別に! これ見なさい!」
するとその右手側に、巨大な鏡が降り注ぐ。
「うふふ、覚悟はよろしいでしょうかマニット様。それは単なる前世占いではありません。言わば前世を探しあてる術。それによって見いだされた前世はこの因果鏡に投影されるのですよ。そして時空を超越し、この鏡を通して直接攻撃できるのです。前世を破壊されたなら、現在のマニット様も消え失せるのですわ」
「なんと、そんな術があるのですか」
マニットも感心半分という感じで驚く。ジュデッカは首をそらしつつ勝ち誇った様子で笑った。少女のようにあどけないが、どこか鋭利で殺気の篭った笑みである。
「うふふふふ、アスタルデウス様といろいろな世界を探し歩きましたもの。その術と、この因果鏡は呪界王バラドゲイルから奪ってきたのですわ」
「フハハハ、十万年を生きた最強の呪術士の秘術と、因果律を越える鏡だ。超一級のマジックアイテムよ!」
「アスタルデウスよ、なんということを、「おしゃれに気を使う年でもないでゲスよフハハハ」とでも言って奪ったのですね」
「お前の中で俺はゲス口調なのか」
それはともかく、とジュデッカは指を向ける。
「さあそこの女官、質問を続けなさい、もし途中で止めたらあなたに呪いが降り注ぐわよ」
「ひいい、ま、マニット様どうすれば」
「仕方ありませんね、質問を続けてください」
「うう、は、はい……」
そして質問は続く。いくつかの奇妙な問いかけにマニットは応じ、そして最後の質問。
「うう、マニット様、あなたを色に例えると?」
「やはり白ですかね。いつも白い儀礼服ですし」
「はい、出ました……マニット様、あなたの前世は……」
ごくり、とジュデッカが牙をむきつつ息を呑む。
「250年前、高原に住む牛飼いの娘です!」
全員の視線が鏡へと向く。そこに現れるのは干し草を抱えた赤い衣の少女である。
年の頃は10に満たぬほど。働き通しなのか衣服はすりきれており、手足はあかぎれで赤くなっている。ジュデッカがすかさず腕を振り上げ。
そして少女が干し草を足元に落とし、腕を後方に振りかぶると、思いきり拳を突きだして鏡が突き破られる。
「は!!!?」
そしてジュデッカの襟元を掴みつつ、鏡の残骸を踏み砕きながら少女が出てくる。
「おう、お前なーにワシを因果の向こうから狙っとんのじゃ? いま殺気向けとったよなコラ」
「えっ、はっ、何でっ!? うわこの子めちゃくちゃ力つよい」
襟元を片手で掴んだままジュデッカを引きずり、アスタルデウスの方へ向かうと、魔王が反応するより早く夜会服の襟を掴んでガンをつける。
「ワレは何じゃどこの馬の骨じゃ」
「ば、バカな、まさかこいつも聖女の力を、しかもなんだこのガラの悪さ」
「こちとら若いみそらで朝から晩まで牛のうんこ片付けとんのじゃ、多少スレもするわ当たり前じゃろうが、はーんさてはお前らどこぞの時代の魔王と闇に回った聖女か、ちょっと根性叩き直したるわ」
と、その細腕を思いきり振って、二人を鏡のあった場所、そこにある楕円形の力場の中へと放り投げた。
そして自身も鏡へと戻っていくとき、目尻に思いきり皺を寄せた目付きでマニットを睨む。
「お前ワシの来世じゃな、しっかりせーよまったく……」
そして少女が踏み込むと同時に、鏡もまた破片ひとつ残さず消えた。
「……な、何です、今の?」
女官は硬直していたが、やがてぎこちなく首を回してマニットを見る。
「ええっと……」
聖女もまた数秒固まった後、錫杖をしゃんと鳴らし、場を納めるように言った。
「末恐ろしい少女ですが、きっとあのあと立派な聖女となったことでしょう。目元に気品がありましたからね」
「……」
女官はそこで何かしらツッコミたかったが。
牛飼いの娘が見てる可能性があったため、何も言わずにそそくさと広間を退出した。