表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
えちゅーど!  作者: 四方木 友予
四月
5/14

モノクロ下絵とカラー作品

 入学式から数日、週明けの放課後。あたしは指定鞄にスケッチブックを忍ばせていた。あの日、家に帰りついてすぐにスケッチブックを探した。シャーペンとか、鉛筆とかで、描く作品を構想した下絵ばかり描かれたスケッチブック。中学の頃に使ったものをかき集めて、内容を吟味し、一番落書きがまともなヤツを持ってきたつもりだ。

「こんにちはー」

「あっ、来たきた! 明音ちゃんいらっしゃーい」

 すぐにあたしとわかる辺り、おそらく杏先輩と思われる。美術室には三年生の双子がいた。あたしがモモ先輩に頭を下げると、先輩は手を小さくあげて応えてくれた。

「もぉ、今日来なかったら、絵の具持って、一年の教室行こうかと思ってたところだったよぉ」

 杏先輩が画材を置いているところを指しながら言う。

「すみません、遅くなって。どのスケブ持ってくか悩んでしまって」

「おっ、ホントに持ってきたんだ?」

「はい、中二のときのなんですけど」

「わーい、やった。見せてみせて」

 杏先輩が飛び付くようにあたしに近づいてきた。それを見て、

「ちょっと、アン、座らせてあげてからでいいじゃん」

 モモ先輩が杏先輩をたしなめた。「わかってるよぉ」と杏先輩はあたしを美術室に迎え入れる。

 あたしが入り口に近い席に座ると、バラバラにいた円藤先輩達が集まり、二人であたしの目の前の席に横にならんで座った。あたしは指定鞄からスケッチブックを取り出す。杏先輩があたしの手からスケッチブックをとり、ひとりで見ようとしていたところを、モモ先輩が、

「ちょっと、アンだけで見ないでよね」

 机の上にスケッチブックを置かせた。

 二人はそっくりな顔をあたしのスケッチブックの上に並べて、じっくり見ている。ああ、それは友達とふざけて描いた落書きで……なんて、軽い気持ちで話しかけるのもためらわれるような、そんな雰囲気。

 とても、とっても、恥ずかしいうえにどうしたらいいかわからない。

 困惑していると、あたしの後ろでバタンと何かが閉まる音がした。音のした方を見ると、出入口と反対側にもうひとつ、ドアノブ式の扉があり、ドアの上に『美術準備室』と書かれた札が貼られてある。この間は気づかなかったな、扉があるなんて。しかし、音はしたが人の姿は見当たらない。うーん、誰か入ったのだろう。多分、先生とか。

「ね、モモ」

 杏先輩の問いかけで、あたしはハッとして二人に向き直った。

「なによ」

 先輩たちは視線をスケッチブックの上に残したまま、続ける。

「普通に、明音ちゃんの絵、上手だよね」

「うん、そうね。……あ、名前、アカネちゃんっていうの?」

「はい、明るいに音で、明音です」

「なるほど、いい名前だ」

 おお、この前の杏先輩と同じ反応だ。名前を誉められてなんだかむず痒い。

「ああ、モモの名前教えてなかったよね。円藤李(えんどうすもも)です。よろしく」

「こちらこそ、お願いします」

 モモ先輩――李先輩が頭を下げたので、あたしも頭を下げた。

「ねえ、明音ちゃん、このスケブの中で色塗りまでした作品とかってないの?」

 杏先輩があたしに訊いてくる。

「えっと、あります」

 あたしは携帯をとり出し、画像を探す。たしか、何枚か写真に収めたはずだ。一年近く前の画像まで戻ると、やっと探していた絵の写真が出てきた。

「中三始めの作品です。中二の終わりに描いた下絵がこれで」

 物語を一枚の絵にした作品。川の底にいる親子ガニの絵だ。

 円藤先輩たちがあたしから携帯を奪うように手に取った。二人で眺める。始めは目を輝かせて見ていたが、だんだんと表情が無表情に近くなっていく。

「これは、あれだね」

「アンが言おうとしてることは何となくわかる」

「ど、どれですか……?」

 あたしが問うと、杏先輩がこほんと咳をひとつして言う。

「下絵の方が、アン的には好み!」

「うん、モモも」

「ああ、やっぱりそうですか」

 あたしは頭をかきながらひとつ頷いた。自分で描いていたときも、それは感じていたから、二人の反応に納得してしまう。

「色を作るのと、配色が苦手なんです、あたし。基本的な色の作り方はわかるんですけど、自分らしい色が作れないっていうか。あと、いつも塗った後に気付くんですけど、相性の悪い色が近くに配置されてることが多くって」

「へぇ、そうなんだ。俺にはよくわかんねぇや」

 突然あたしの背後から低い声がした。驚いて顔をあげると、入学式の日に李先輩のモデルをした男子が、

「どうもどうも。来ましたよ、モモ先輩っ」

 顔の横でピースを作って、ウインクをひとつした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ