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えちゅーど!  作者: 四方木 友予
四月
4/14

約束のジュースとスケブ

「ね、放課後、また来てほしいなぁ、美術部に。アンね、明音ちゃんがどんな絵を描くのかすごく気になるの」

「はい、あたしも円藤先輩の絵をもっと見てみたいので是非」

「おーっ、アン、新入部員候補ゲットしました! やったね!」

 円藤先輩が両手をあげて喜んだときだった。入口の廊下の方から声が近づいてきた。

「さっ、どこでもいいから座ってすわって」

「うわっ、マジッスか、俺、チョー楽しみッス!」

 見ると、紺色ネクタイの女子と、深緑ネクタイの男子が入ってきた。が、その女子を見て、あたしは思わず目を丸くした。紺色三年の女子は、今私の目の前にいる円藤先輩と瓜二つなのだ。

「あっれ? モモ、彼氏ぃ?」

 円藤先輩は立ち上がり、先輩のドッペルゲンガーといってもいい女子に話しかけた。にたりと笑い、指をさしてからかっている。

「わっ! え、アン、なんでここに?」ドッペルゲンガー先輩は円藤先輩を見て、「先に帰るって言ったじゃない。何してるのよ?」

「んんー、お絵描きかなぁ」

 まて、訳がわからない。

「え、円藤先輩……?」

 あたしが少し震える声で尋ねると、

「なに?」

「はい?」

 紺色ネクタイの二人が同時に答えた。ああ、なるほど。もしかして。

「えっ、すげぇ! 先輩って双子なんスか」

 あたしが納得した内容を、言葉に出してくれた男子に感謝しよう。

「うん」

「そうだよぉ」

 先輩二人は、慣れたような様子で男子の問いに頷いた。

 この二人、どう見ても一卵性双生児。新入生を二人して部室に連れ込む。なんてシンクロ率。あたしは初めて見る双子に少しだけ感動した。

「あっごめんね、柚樹くん、座って! 時間大丈夫?」

「うっす、余裕っッス任せてくださいよ」

 円藤先輩――杏先輩にモモと呼ばれた先輩が、男子を美術室に迎え入れる。男子もあたしと同じようにモデルをするのだろう。

 混乱からようやく覚めつつ、その様子を見ていたあたしの手を、いつの間にかあたしに近づいていた杏先輩が、ぎゅっと握ってきた。

「明音ちゃん、ありがと! こっちはおしまい。ジュース、買いにいこうか」

 はい、と答えてあたしは席を立った。手に持った似顔絵をどうするか悩む。できれば折り曲げたりせずに持って帰りたい。

「あの、杏先輩、段ボールとか厚紙とか、もらえたりしませんか」

「ああ、あるよ。ちょっと待ってて」

 杏先輩は快く返事をして、美術室の奥に引っ込んでいく。

「うっわ、すっげぇそっくり」

 あたしが手に持った絵を覗き込んで、まだ座っていなかった男子が感嘆の声をあげる。

男子が座って少しして、杏先輩は、描いた絵と同じくらいのサイズの段ボールを二枚持って奥から出てきた。顔から笑みが溢れている。男子の言葉が聞こえていたのだろう。杏先輩は得意げにモモ先輩に言う。

「ねぇモモ、アンの絵、そっくりだって。モモも頑張って、男の子そぉっくりに描いてあげなきゃね」

「やめてよ、緊張するでしょ。ってか、アン、どこか行くなら、片付けてからにしてよ」

「戻ったらするから、そのままにしといて」

「もー、アンったらいつもそう言って片付けないんだから!」

 モモ先輩が怒るのを受け流しつつ、杏先輩はあたしに段ボールをくれた。段ボールであたしが絵を挟み、指定鞄に納めるのを見届けると、杏先輩は、

「さ、いこ!」

 あたしの手を引いて、美術室を飛び出した。

 葉桜のある中庭を通り抜け、教室棟方面に向かっていく。自動販売機なんてどこにあっただろうか。芸術棟に来る途中では見かけなかった気がする。

「自販機は体育館近くにしかないんだよねぇ。教室にもうちょっと近くていいとアンは思うんだけど」

 頬を膨らませつつ杏先輩は言う。被服室や職員室のある棟を過ぎると、入学式が行われた体育館が見えてきた。体育館から少し離れて、自動販売機は確かにあった。

 杏先輩が自動販売機に駆け寄り、五百円玉を入れる。

「好きなやつを飲んでいいからね。お礼なんだから、金額なんて気にしないで。さぁどうぞ」

 じゃじゃーん、と効果音がつきそうな勢いでボタンを押すように促された。

 水、スポーツドリンク、お茶、ココア、りんごジュース、ぶどうジュース、他数点。

 金額と内容を考えて、紙パック入りのりんごジュースのボタンを押す。あたしがジュースを取ると、先輩も続けてぶどうジュースのボタンを押した。

 ストローをパックから外し、差し込む。少しだけ飲むと、りんごの爽やかな甘さが喉を通り過ぎていった。

「明音ちゃん、今度美術室に来るときなんだけどさ」

 自分のストローの先で遊びながら杏先輩が話す。

「中学の時に使ってたスケブ、あったら持ってきてよ」

「スケブには落書きしか描いてませんよ?」

「だからいいんじゃない」

 家にあるスケッチブックの内容を思い出す。真面目に描いているページが一体どれくらいあっただろうか。持ってくるのがはばかられる。

「えぇー……」

 あたしが困ったように返すと、

「決定だからね、先輩命令! 持ってこなかったら、顔に絵の具で民族風メイクの刑に処すから。覚悟しててよ」

 人差し指を鼻先に突き出して言われた。

「わ、わかりました、持ってきます」

「よろしい。じゃあ、またね。待ってるから」

 杏先輩はそう言って、手を振りながら小走りに去っていく。これから美術室に戻って片付けだろうか。いや、もう一人の先輩がいつも片付けないと言っていたから、このまま帰るのかもしれない。

 あ、そういえば母さん……。すっかり忘れていた。

 携帯を鞄から取り出し、画面をつける。そこには母さんからの不在着信と、通信連絡アプリの通知がいっぱいたまっていた。

 これ、きっと、合流したら怒られるやつだ。

 思わず出たため息を吐き出し、もう一度、もらったジュースを飲む。甘いはずなのに、今度はなぜか、少し苦く感じた。

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