第一章 ボクらと彼と日常と...
ボクには力が無い。誰かを掌で転がすほどの器量も度胸も、会話術も...。
故に、ボクにはドラマに出ている俳優の如く、演じることしか出来ない。
———— 明るく元気な僕(瑞樹)という人物を ————
「瑞樹、この間頼んだノートの写し、ちゃんとやってくれた?」
「この通り。不本意ながらやってきたよ。今度からは自分でやらなきゃダメだよ」
「さっすが優等生。これが最後だからさ、ノート、サンキューな!」
これで何度目だろう。最後最後と言いながら、何度も面倒なことを押し付けてくるクラスメイト。
面倒と思いつつも断り切れずにやる理由...それは自分の中に作り出した僕が、ボクが疲れないよう...自分の心が壊れないように代わりをしてくれているのだ。
僕という人格、その存在はボクを苦しめるモノではなく、自分が崩壊しない為のひとつのロジックでしかない。ボクらは二人で一つ...。いつからこうなったのかはハッキリとは覚えていない。何故そうするに至ったのかも、確たる理由を示せていない。
「疲れた...。五限はサボろうかな...」
『いいのかい、また先生に叱られるよ』
「大丈夫だよ。屋上で寝るとかじゃなく心療内科の業先生のところに行くから」
『まぁ、あそこなら良いよ。あの人は無理にでも僕を消そうとなんてしないから』
脳内会話出来るだけ、ボクらはまだマシな方だった。
何故なら、脳内会話によって価値観や同じような感情を共有出来るから。
「また授業を抜け出して来たのかい? 帰りの時間まで居るなら、向こうのベッドで寝るといい。先生には私から言っておくから」
「いつも...すみません...」
「良いんだよ、気にしなくて。紅茶飲むかい? 落ち着くよ」
「...頂きます」
ボクを解ってくれるのは、僕と彼と先生しかいない...。
彼は絵を描くのが得意だ。美術部の顧問の先生に「君は絵画の方に専念しなさい」と言われ、高校の方も美術方面で推薦を貰っているほど。
幼稚園からの幼馴染みだが、その絵の才能は小学校高学年に上がった頃から既に開花しているように思えた。
「失礼しまーす。瑞樹を迎えに来ました」
「あぁ、彼なら奥のベッドで寝てるよ」
彼がここに来るのは予想の範囲内。ボクがここでよくサボっているのを知っているからだ。
どうにもここの先生には嘘が吐けない。...いや、正確には嘘を吐いてもすぐに見破られてしまう。
ボクがおべんちゃらに話していてもすぐに会話の歪みやヒビを見つけて正論で返してくる。
苦手な部類の人間の筈なのに、一緒に居たり少し話をしているだけで落ち着いてくる。
それにいつも不思議さを感じている〝ボクら〟である。
「わざわざ迎えになんて来なくていいのに...」
「んなこと言って、お前一人だと帰れないだろ。いつも通りの付き添いだよ」
「付き添いねぇ、よく言うよ。これから部活でしょ」
「一緒に来いよ。俺は美術準備室で絵を描いてるだけだから、顧問以外の人間と会うこともないし」
「...行く。売店でジュース奢って」
「はいよ。よし行くぞ。それじゃあ、俺らはこれで」
「二人共、また明日♪」
軽く解釈をして、売店を経由し美術準備室へ向かった。