表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この匣庭に陽光を~route of miniature garden~  作者: 音斬エーコ
1章:朝の無い世界
1/3

終/始/少年:プロローグ

 

 「お客さん、……お客さん?」

 よく通る男の声に自然と目が覚めた。

「困るよお客さん。行き先も言わずに乗って直ぐに寝ちまうんだもん」

 何か夢を見ていた気もするが思い出せない。体が不規則に上下している。そういえば舟に乗ったのだった、とこの状況を思い出し、ロングコートの被っていたフードを下に少し引っ張る。

「すまない、少し疲れていたんだ。向こう岸のリーサリアまで頼む」

 その地名を聞いて、船頭は驚いたように、

「リーサリアって言ったら魔術学の総本山じゃねぇか。お客さん、魔術士なのかい」

 その朗らかで軽い口調は、自然と口を開きたくなる。

「ああ。そこの魔術大学に入学するんだ」

 舟が揺れる度、隣に立てかけてある太刀が船べりにぶつかってカタカタと鳴く。

「そっかあ、すげえなぁ。俺も一応魔術は使えるんだが、何せうちの家系の契約精霊がちょっとアレでよ、水の浄化しかできねえんだ」

 魔術士は単体では魔術を使用できない。

 精霊と契約を交わし、精霊に魔力を与え、それを精霊が現象に変換する、というシステムによって魔術が完成する。

 精霊は幾つもの種族がおり、種族によって変換できる魔術が違う。

 基本的に先代の契約精霊を引き継ぐ形で契約を行い、一度契約したら解除はできず、また2体以上との契約はできない。

「と、まあこの話は置いといて、お客さん、どこから来たの?」

「極東の島国……名前は無い」

 地雷を踏んだか、と一瞬だけ船頭の顔が引き攣ったが、直ぐに元に戻り、

「またかなり遠い所から来たもんだなぁ。その様子じゃあ徒歩か。すげえもんだ」

 そんなことないよ、と辺りを見回す。霧が深くなり、風も出てきた。

 そういえば、と船頭が切り出す。

「お客さん、知ってるか? ここの湖の話」

 地図を渡される。少し古い地図のようだ。地図に記載されている陸地は、船の下にはない。そもそもここは海ではなく湖だったのか。

「いや、よく知らない」

「ここは昔……と言っても6年くらい前まで陸地だったんだ。リーサリアの隣ってこともあってな、すげえ発展しててな。夜が来ないくらいに明るかった」

 地図を見る限り、船頭が嘘を吐いている様子はない。

「じゃあ、なんでここは……」

「消えたんだ。言葉通り突然、スッ、とな」

 国が1つ突然吹っ飛んだと言うのか。なぜ、何が原因で?

 …………答えは1つしかなかった。

「魔術……なのか?」

「あぁ。だけど何の精霊が関わってるのかも全く分かんねぇ。いもしねぇ魔神の仕業とかなんとか言い出す奴もいる始末よ」

 そんなことができるのなら、かなり高位の精霊なのだろう。

「とまぁ、その『何か』の魔力の残滓で時々魔力波があってな。ここからは特に揺れが酷くなるから気をつけてくれ」

 強い風が吹き、唐突で対応が遅れる。顔を隠していたフードの中に風が入り込み、布が後ろへ飛んでいく。眩しくて目を覆った。

 白髪の混じる灰色の頭髪、異様に白い肌、赤い瞳。それらが大気に触れるのを感じた。

「お客さん、それ……」

 急いでフードを被りなおす。見られたか。

「お客さん、思ったより可愛い顔してらっしゃるようで」

「男に言われる趣味はないが……その、ありがとう」

 その次の瞬間、いや、同時であった。大波が立つ。いや、水面がそのまま間欠泉の如く盛り上がる。

「チッ、最近はこんなの無かったのに……でけェのが来るぞ! 船べりに掴まれッ!!」

 波が爆ぜる。

 体が揺さぶられる。木組みの舟が宙を舞う。まるでどこかの童話のように。何とか船べりにしがみつき、隣の太刀を掴む。

 刹那、今まで経験したことの無いような風が吹き付けるが必死に耐える。

 だが、突如としてフードが強く引っ張られるような感覚がしたと思ったら、次の瞬間には舟の外に放り出されていた。

 周囲は霧に覆われて何も見えない。水面がどこかも、上下さえ分からなくなる。

 必死に、舟があるという確証もない方向に手を伸ばす。しかし、捉えるのは湿った大気だけで、

「   」

 声にならない声とともに、着水。

 真っ暗な水面を見つめ、それでもと手を伸ばす。

 奪われてゆく酸素に肺が悲鳴を上げる。薄れてゆき、朦朧とする意識の中、何かが触れた、そんな気がした。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ