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reword2

 日本という国について

 わたしにとってはひどく居心地が悪い場所だった。

 ありとあらゆる場所にルールがあり、過剰な説明があり、人々は些細なことを気にする。

 今もそうだ。

 わたしが並んでいるレジスターは延々と進まない。先頭の中年の男がポイントカードがあるかどうか

聞かなかったから、ポイントをつけそこなった、とかなんとかどうでもいい理由で喚き散らしていた。

 そうそう、ポイントカードという制度もびっくりしたことだった。

 店舗で商品を買うと、値段に応じてポイントがつき、それを通貨代わりに使えるという趣旨の説明を

聞いた時、ショックでクラクラしそうだった。

 つまり、わたしは次の買い物をするまで確実に生きていて、店は存続していて、ドルでもフランでもない架空のポイントを何の疑いもなく通貨代わりに使える、ということだ。

 明日も確実に生きている。日本に住んでいる人間の殆どはそう考えているのだ。

 中年男の怒りは治まっていない。

 わたしは拳銃を点検する。

 弾倉を抜き出し確認する。9mmパラベラム弾が15発。ずしりとした重み。

 弾倉を戻し、スライドを引いてチェンバーに初弾を送り込む。

 まずは喚き散らしている中年男だ。

 わたしから見ると真横を向いている。

 わたしは耳に照準を合わせた。

 ここを狙えば、ほぼ確実に脳幹を破壊できる。

 3発撃ちこみ、男は倒れた。

 次は誰だ?

 不貞腐れた態度で謝っている、事態をまったく打開できない無能な店員だ。

 こっちは位置的にひどく狙いやすい。

 胸元に照準を合わせ、倒れるまで9mmパラベラムを撃ちこめばいいだけだ。

 次の標的を探そうとした時、店の奥から責任者らしき者が出てきた。

 中年男をレジカウンターから連れ出した。

 レジの列が再び動き出す。

 わたしは代金を支払ってコンビニエンスストアを出た。

 この国は、居心地は悪いけれど、色々なお菓子やジュースが買えるのはすごい。

 歩いて数分で、白っぽい外壁の集合住宅に着いた。

 家。人生のほとんどをテントや廃墟、野戦陣地で過ごしたせいなのか、決まった場所に住居を構えるということがひどく奇妙に感じる。

 エレベーターで5階に上がる。

 廊下で中年の女とすれ違う。

 わたしが会釈すると、戸惑ったような笑みを浮かべて頭を下げ、足早にすれ違った。

 まあ、仕方ないことかもしれない。

 505号室のドアを開ける。キッチンからパンプキン、瀬田優一が顔を出す。

「おはよう。また、コンビニでお菓子?」

 わたしは無言でうなずく。

 優一はやれやれとでも言いたげに首を左右に振った。

「とりあえず、朝ごはんを作ったから食べよう。オムレツだよ」

 わたしは自室として与えられた玄関脇の部屋にプラスチックバッグを放り込む。

 食卓に着くと、大皿に平たい卵焼きのようなモノと野菜サラダ、スープが並んでいる。

 わたしが家を出たのは30分くらい前だから、その時間で作ったことになる。

「スパニッシュ・オムレツだよ」

 彼も日本人独特のきつい母音の発音をするため、単語の意味がよくわからない。

「ああ、スペイン風オムレツってことさ」

 わたしの困惑した表情を察したのだろう、苦笑しながらそう言った。

「そうなんだ」

 基本的に英語とフランス語で生活していた。それなりの年齢まで日本語で会話をする環境で育ったので日本語も理解できる。けれど、カタカナ英語はダメだ。

 彼は手早くオムレツを切り分けると、わたしの皿に載せた。口に入れる。

 ツナとトマトの組み合わせが絶妙だった。トマトはホールトマトではなく、プチトマトを使っているのだろう。新鮮な食感だった。アクセントのほうれん草もいい感じだ。

 わたしは二口で食べ終わると、大皿からオムレツを切り分ける。

 それも口に押し込み、スープで流し込む。

 スープはかぼちゃのポタージュだった。なめらかで、ほのかな甘みがある。

「もうちょっと、ゆっくり食べたらどうだろう」

 自分の食べ方が、ひどいものなのは知っている。まるで、餌にありついた野犬だ。

「わかってる。でも、こういう風になっちゃうんだ。食べ物を前にすると」

 次にいつ食べれるかわからない。だから、目の前に食べ物があったら押し込む。身についた習慣だった。

「そんな食べ方をしていたら、太るどころか糖尿病だよ。治した方が良い」

「せっかく、作ってくれたのに、ごめん」

 すると、彼は慌てたように手を振った。

「いや、別に、攻めてる訳じゃない」

 冷酷、冷徹、酷薄

 どんな状況でも冷静に敵を一撃で始末していく有能な狙撃兵。

 狙撃という行為は、戦闘の中でも選択的殺人であることから敵に対する心理的な負担が大きい。それ故、敵には憎まれ、捕虜になることもできない。

 生け捕りにされた狙撃兵は耳や鼻を削がれ、目をつぶされ、手の指を切断され、肉を削がれ、最後は殺される。わたしもその様子を近くで見たことがあった。

 瀬田という人間は、わたしの周囲によくいた、タフ気取りでマッチョ信仰の男たちとは随分と違う。

 見た目は、よく首都の空港に居たビジネスマンタイプ。戦闘服よりスーツの方が似合う。とても暴力を生業にしているようには見えない。

 決して否定的なことは口にせず、険しい表情を浮かべることはない。そして、常に自分に気を遣ってくれる。

 正直に言うと、瀬田のわたしに対する態度に戸惑っていた。

 今までわたしに向けられた視線は憎悪、恐怖、慰め物、殺しの道具、そんな物だったから。

「あ、そうだ。今日はどこか見に行きたい場所はある?」

 この男は何かにつけて同意を得ようとしてくる。それもまた、わたしが戸惑う原因だった。

 命令するかされるか、されるか、そのどちらかだったから。

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

  

 


  

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