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プロローグ

 時々、思うことがある。

 なぜ、わたしは普通に生きていけないのか。

 答えはわかりきっている。

 救いの手は何度も差し伸べられた

 公の、あるいは私的な。

 けれど、わたしは全てを払いのけた

 そして…


 北アフリカ、アルジェリア、アリデナ県、リビアとの国境地帯。

 一面に広がる岩砂漠。

 暗視ゴーグルの緑かかった画像でなければ、満天の星空がとてもきれいなはずだ。

 高高度を飛行するUAVは付近に敵の存在を認めない。

 わたしたちは無人の荒野を小走りに進む。

 周囲に響くのは、複数のブーツが水が殆ど存在しない乾いた大地を踏みつける音だけ。

 やがて、前方に小高い丘が現れる。

 わたしは、伏せろ、のハンドサインを出し、暗視ゴーグルを外して匍匐前進で丘に向かい、稜線からわずかに頭を出す。

 暗闇に浮かぶ、焚き火の明かりと数台のSUVとピックアップトラック。双眼鏡を使って周囲の観察を始める。

 焚き火を中心に7名ほどの人影。一応、周囲に自動小銃を持った見張りがいるが、だらしなく岩に腰掛けたり、他の人間と雑談をしていた。

 わたしは侮蔑的な感情を抱きながら、目的のパッケージを探した。

 赤いトヨタのピックアップトラックの荷台。4名の男女が両手を縛られて乗せられていた。

 全員、麻袋を被せられている。つまり、殺すつもりはなく、純粋に身代金目的ということだ。

 人質たちはかたを寄せ合っている。砂漠の夜は寒い。時には氷点下にまで下がることがあり、それなりの防寒着がなければ酷い寒さに震えることになる。数時間の遺跡ツアーに出かけるだけの観光客がゴアテックスのハードシェルは着ない。特に日本人は。

 焚き火の周囲にいる人物は、大声で談笑している。このあたりは未だに内政がまともに機能していないリビア軍と、100ドルも渡せばありとあらゆることを見逃してくれるアルジェリアの国境警備隊くらいしか人間は存在しない。しかも、人質は日本人だ。アメリカ人やイギリス人ではない。

 リビアに逃げ込み、身代金を引き出せば4万ドルが手に入るのだ。前祝というところだろう。

 自分の口元がゆがむのがわかった。

 双眼鏡が捉えた画像データを戦術リンクでアップロードする。これで、後方に待機しているオペレーターたちも状況を把握できるはずだ。


 襲撃は定石どおりに行われた。敵が寝静まった深夜、静かに、そして素早く。

 わたしたちは、北側と西側から接近し、見張りを狙撃手が静かに始末する手はずだった。ちなみに、見張りは4人だったので、スペイド、クローバ、クィーン、ハートと命名された。

 砂漠は遮蔽物が少ない。気づかれずに接近するのも一苦労だ。芋虫のように地面を這いずり続けなければならない。

 そこで、唐突に左耳から声が聞こえる

「ハニーバニー、前方に敵兵。始末しろ」

 はるか遠く、東京から聞こえてくる声。ちなみに、ハニーバニーはわたしのコールサインだ。何故、こんなふざけたコールサインなのか、わたしは知らない。

 鞘からナイフを抜く。刃がらせん状に捩れた、刺殺専用ナイフ。

 やがて、無遠慮な足音が近づいてくる。懐中電灯も持たず、一応、AK74を持っているが、肩にかけたまま。用を足しにきたのかもしれない。

 空は満天の星空。でも人工の明かりが一切ない砂漠だ。至近距離でなければ、物体を正確に判断できない。そして、わたしは上下サンドベージュのBDU、黒い目だし帽をかぶっている。

 正確に仕留められる距離まで待つ。

 ナイフの柄を握りなおす。この緊張感はいつでも新鮮で、いつでもたまらない。

 相手がわたしの間合いに入る。

 起き上がり、左手で相手の口をふさぐ。

 鎖骨の隙間からナイフをねじ込む。

 らせん状の刃は相手の皮膚を切り裂き、筋肉の間に素早く滑り込み、心臓を突き刺す。

 捻る。おなじみの感触。

 相手はアラブ系の堀の深い顔立ちに驚愕の表情を浮かべたまま、永遠に凍りつく。

 素早く地面に引き倒した。

「始末したか?」

 再び声が聞こえる。

 胸元の無線の送信ボタンを二回押す。ジッパーコマンド。音が立てられない時の肯定を示すサインだ

 キャンプファイヤーの会場まで50メートルの距離にまで接近する。

「各自、パーティーの準備はできたか?」

 イアフォンに複数のジッパーコマンドが聞こえる。

「周囲の見張りはパンプキンが始末する。その後に突入。人質を確保しろ」

 パンプキンは丘に陣取る狙撃手のコールサインだ。チェコ製のCZ700狙撃銃に、消音器、亜音速弾まで用意して、無音狙撃を行う。

「スペイド、クリア」

 そこに、人間を撃ち殺している興奮も後悔もない。

「クローバ、クリア」

 パンプキンから冷静さを失わせるのはひどく難しい。

「ハート、クリア」

「クィーン…」

 クィーンの呼称が与えられた見張りはわたしの目の前の標的だ。

 手持ち無沙汰にフィールドジャケットのポケットに手を突っ込み、寒さが堪えるのか同じ場所を行ったりきたりしている。

「クリア」

 アラブスカーフに覆われた頭から何かが飛び散るのが暗がりからでも判った。

「見張りの排除を確認」

SIG552を構えながら前進を開始する。

 敵は間抜けなことに、SUVの中で固まって寝ていた。

 わたしはフロントガラス沿いに銃口を向け、セレクタレバーをフルオートに切り替える。

 弾倉に装填した30発分のSS109弾を車内に向けて叩き込む。

 凄まじい銃声が周囲に響き渡る。

 仕上げに中古品のM67手りゅう弾を車内に投げ込む。SUVがオレンジ色の火球に包まれた。

 こうなれば、後は七面鳥撃ちだ。

 錯乱した敵が飛び出てきたところを確実に始末していけば良い。人質をどうこうなんて気の利いた考えをする奴なんていない。

 近くに止まっていたSUVから慌ててドアを開いたが、西側から接近していた複数のオペレータから十字砲火を浴びて一人も車外に出ることができない。

 銃撃は絶え間なく続き、接近したオペレータが車内に手りゅう弾を投げ込む。爆発。脅威は全て沈黙した。

 わたしは周囲の騒音が止むのを待って、トヨタのピックアップトラックまで向った。ヴァラクラヴァ

帽はすでに取っている。

 人質お互いに肩を寄せ合い、銃撃と爆発の音に怯えているようだった。

「こちらハニーバニー、パッケージを確保」

 他のオペレータと合流し、人質をピックアップトラックから降ろす。被せられていた麻袋が取られた人質たちは呆けたような表情を浮かべていた。

 虫唾が走る。自分たちは無力なフリをしていれば、なんとかこの場を乗り切れると思っている。

「うそ?女の子?」

 人質の女が驚いた様子で言った。別に珍しくない。世界中でわたしと同じくらいの子供が殺したり、殺されたりしている。

「口を開けてください」

 装備ベストから滅菌スティックを取り出しながらわたしは彼らに言った。

「え?なんで?」

 短い髪を立てた、やせた男が言った。わたしは、この男の頭にライフルを突きつけ、引き金を引く様子を想像してみる。芳しい硝煙の匂い、飛び散る脳漿。

 いくらか余裕が戻ったのだろう、その男は反抗的な表情を浮かべていた

「それよりさ、これを解いてくれる方が先じゃないか?」

 男がダクトテープで拘束されている腕を掲げてみせた。

「口を開けてください」

 何故、みんな理由を求めるのだろう?

「おい、あんた自衛隊らだろ?」

 この男を撃ち殺した後は、隣の女だ。今も男におもねるように肩を寄せている。ひどく気に入らない

「おい、よせ」

 うんざりした口ぶりが背後から聞こえる。パンプキンだ。

 わたしに近寄ってきたパンプキンに滅菌スティックを押し付け、その場を離れた。



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

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