続 存在感の証明
僕は、黙って彼女を見上げていた。
黒の路地裏と、白の表通り。
彼女はその境界に立ち、僕を見下ろしているのだ。
「ちなみにキミは、ここで何をしていたの?」
彼女の声で僕は目が覚めたようになり、うろたえた。
「あ、あの!僕は・・・その!」
「落ち着いて。とりあえず座りなさいな」
促されるままに僕は座り込み、やはり彼女を仰いだ。
「母に、買い物を頼まれた途中なんです。夕飯のしょう油が足りないって」
つい先ほどの出来事には驚いていたが、素直に聞かれたことに答えた。
彼女は僕の答えにふむ、と黙り込み、足を交差させる。
ああ、きれいな足だ。
足首からすらっとして伸び、しなやかな曲線を描いて秘部へと消えゆく。
ちらちらと揺れるスカートが、見えそうで見えずに僕をハラハラさせた。
「なるほど、そういうパターンなんだ。珍しくもないけど、初めてね。」
熟考の末に美脚の持ち主はそう言った。
理解はできないけど、理解を求めている風でもなかった。
「そういうあなたは、何をしてたんですか?見たところ学生かばんは持っていないですけど」
彼女は何も持ってはいない、身軽なものだ。ただ、右手に小さな青と白のボーダーがクロスした模様の袋を持っている。
「お買い物ですか」
そう聞くと、そんなところよと言って、私の話はいいからとかぶりを振った。
「たとえばね、学校のクラスメイトに一人は必ず、誰にも声をかけられない子がいるでしょう。言うなれば私は、その究極形よ」
「・・・はぁ・・・」
「多分だけど、キミも似たような生活を送っていない?」
言われて僕は自分の生活を思い返してみた。
確かにそうだ。
小学校までは普通に友達もいたけれど・・・
「中学に入ってからの三年間は、似たようなものかもしれない」
つい、思ったことが口をついて出てきていた。
「やっぱり」
彼女はパンと手をたたいてニンマリと口角をあげた。
何が嬉しいのか知らないが、喜ぶとこではないと思った。
「一年生の時ボケた自己紹介をしたけれど、誰も僕に反応してくれなかった。二年生の時体育で大けがしたのに、皆見て見ぬふりだったから自分で保健室に行った。三年生の時修学旅行から帰ってきたのに、どの写真にも僕は写っていなかった」
「うん、うん、わかるわ。私も同じような経験あるもの」
彼女は音が鳴るほど、ぶんぶんと首を縦に振る。
うそだ、と僕は思った。
こんなに可愛くて気さくで、きっと性格もいいだろう人を周りが放っておくわけない。素直にそう思ったので、その旨を伝えた。
「うれしいこと言ってくれるんだね。でも残念、事実なのよ」
相変わらず彼女は優しく微笑んでいたが、目はその限りではない。
「そういえばお醤油、買いに行かなくていいの?」
「・・・いいんです。スーパーに行ったけど、しょう油は売り切れてました。だからここで、人間観察をしているんです。帰ってもどうせ、母は僕に興味なんかありませんから」
「今度はさみしいこと言うんだね。子供に興味のない親なんて、この世にいないよ?」
月並みの慰めはよしてくださいといいかけたが、彼女の押し沈んだ顔を見て、やめた。
遠くでカラスの鳴き声が聞こえた。
表通りの人混みも、さっきよりは幾分少なくなっている。
皆誰もかれも、帰路につき始めていた。
「カラスは、どこに帰るんでしょうね。この時間になると、決められたように茜空を飛んでいく」
僕の無意味な呟きに、彼女はちゃんと対応してくれた。
「家があるのでしょう。だから帰るのよ」
遠くを見つめる彼女の目と頬が赤く染まり、妖艶な雰囲気をかもしだしていた。
思えば、まともに人と会話をしたのが久しぶりな気がする。
そう思うとなんだか可笑しくて、僕は自嘲気味に笑った。
「ねぇ、存在感ってなんだと思う?」
突然の抽象的な質問だった。
完全に穏やかな気持ちになって油断していたため、そして彼女の質問には真剣に答えなければいけないと直感で思ったため、僕はしばらく考えて答えを出した。
「人と関わること・・・だと思います」
「そうかしら?だとしたら私たちはこの数年存在していなかったってことになるの?キミはそういう結論になるんだ」
心なしか責めるように迫ってきた彼女の視線が、僕の体中に突き刺さった。
しまった、と思った。
おそらく僕は、見事に不正解をたたき出したのだ。
「こんなのを知ってる?人類が滅んでも、夕焼けは赤いままかどうかって問題。」
再び彼女の声色が緩やかに流れる川のようになり、僕はひとまず安心した。
「それは、そうなんじゃないですか?人間の生き死になんて宇宙にとっては取るに足らないことです。夕焼けはそのまま、赤いままですよ」
「それはどうかしらね。あくまでも人間の目からは夕焼けが赤く見えているだけで、例えば昆虫の目からは緑色に見えているらしいわよ。だとしたら、人間が消えれば『赤い夕焼け』は既に存在しなくなって、代わりに『緑の夕焼け』が世界の心理になるかもしれない」
僕は目を閉じて、緑色の夕焼けを想像してみた。
でもなんだか違和感が大きくて、結局彼女は何を言いたいんだろうと思った。
「つまりね、人間に見られなければ、赤い夕焼けは死ぬのよ。その点において、キミの回答は正解ということ」
僕はようやく気付いた。
周りの人間と接触がないと存在感がない、という僕の結論をフォローしているんだ。
しかし、と僕は思う。
彼女の答えは・・・・・・?
「ひとつ、実験をしてみようかしら。」
彼女はまた唐突に悪戯っぽく笑う。
「えっと、どんな?」
またさっきみたいに過激なものでないことを祈って、聞いてみた。
「キミと私という存在の、存亡をかけた実験よ!」




