第一話 「終焉を告げる夜」
第一次宇宙対戦
——第一章 崩れゆく日常——
窓から差し込む午後の日差しが、教室を静かに照らしていた。
「──では、この問題を解ける人」
数学教師の声が響く。
誰も手を挙げない中、一人だけ迷いなく立ち上がった。
「海斗」
「はい。」
黒板の前へ歩いた海斗は、チョークを手に取り、数式を一行ずつ書き進めていく。途中式に一切の無駄はなく、数十秒後には答えまで導き出していた。
「……完璧だ、」
教師は苦笑しながら言う。
「なんでわかるんだよ」
教室のあちこちからため息が漏れる。
全国模試一位を何度も取り続ける天才高校生――神崎海斗。
勉強だけではない。運動神経も抜群で、人柄も穏やか。誰からも一目置かれる存在だった。
チャイムが鳴る。
「今日はここまで。」
授業が終わると同時に、海斗の机へ二人の男子生徒がやって来た。
「海斗!」
元気よく肩を組んできたのは修哉だった。
「今日はカラオケ行こうぜ!」
その横で宗介も笑う。
「新しい店できたらしいぞ。採点機能もすごいらしい。」
海斗は苦笑した。
「悪い。今日は無理。」
「また彼女?」
「うん。」
二人は同時にため息をついた。
「由奈ちゃんかぁ。」
「リア充め……。」
「次はカラオケ行くから」
「絶対だからな!」
「約束。」
三人は笑い合い、それぞれ帰り支度を始めた。
学校を出た海斗は駅へ向かう。
夕方のホームには学生や会社員が行き交い、いつもと変わらない日常が流れていた。
電車が到着し、静かに乗り込む。
窓の外にはオレンジ色へ染まり始めた街並み。
(今日も平和だな。)
そんなことを考えながら景色を眺めていると、目的の駅へ到着した。1駅だったのでそんなに時間はかからなかった。
改札を抜ける。
「海斗!」
聞き慣れた声。
振り向くと、一人の少女が小さく手を振っていた。
「待った?」
「全然。」
白いワンピースに薄いカーディガン。
優しく微笑むその少女――由奈だった。
「行こっか。」
「うん。」
二人は並んで歩き始める。
最初に立ち寄ったのは駅前の小さなカフェだった。
「これ、美味しい。」
由奈はパンケーキを一口食べて笑う。
「そんなに?」
「一口食べる?」
「え?」
「はい。」
フォークを差し出され、海斗は少し照れながら口に運ぶ。
「……うまい。」
「でしょ?」
二人は顔を見合わせて笑った。
その後も雑貨屋を巡り、本屋へ寄り、ゲームセンターでクレーンゲームに挑戦する。
海斗が苦戦していると、
「そこ、もうちょっと左!」
由奈の声で景品が落ちた。
「やった!」
「すごいじゃん!」
笑い声が夕暮れの街へ溶けていく。
それは、どこにでもある普通の幸せだった。
日が沈み始める頃。
二人は街を見下ろせる高台の公園へ向かった。
崖の上に造られたその公園は、街全体と空を一望できる場所だった。
「やっぱりここ好き。」
由奈は柵にもたれながら空を見上げる。
海斗も隣へ立った。
「今日は星が見えそうだな。」
その瞬間だった。
空が淡く揺れた。
「……え?」
海斗は目を細める。
夜になるはずの空全体へ、緑、青、紫の光がゆっくりと広がっていく。
まるで空そのものが七色のカーテンになったようだった。
「オーロラ……?」
「日本で……?」
ありえない光景だった。
世界中の誰も見たことがないほど巨大なオーロラ。
空を覆い尽くし、夜を昼のように照らしていた。
その幻想的な景色の中で、由奈が静かに口を開く。
「海斗。」
「ん?」
彼女は笑っていた。
でも、その笑顔はどこか寂しかった。
「……別れよう。」
一瞬、時間が止まった。
「……え?」
聞き間違いだと思った。
「どうして……?」
海斗の声は震える。
「私ね……。」
由奈が何かを言いかけた、その瞬間。
スマホに聞きなれない緊急地震速報がなり始めた。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
大地が唸り声を上げた。
「っ!!」
足元が大きく揺れる。
立っていられないほどの激震。
遊具が軋み、街中のビルが左右へ激しく揺れ始める。
「地震!?」
海斗が叫ぶ。次の瞬間。遠くの高層ビルが崩れ落ちた。轟音が何秒も遅れて響く。
「そんな……。」
海斗の視界の先で、大地が裂けていく。
さらに海の方角から、黒い柱がいくつも空へ伸び始めた。
「竜巻……!」
一つではない。
二つ、三つ、四つ。
巨大な竜巻が街を飲み込みながら進んでくる。
車は宙へ舞い、人々の悲鳴が風にかき消される。
空では七色のオーロラがなおも妖しく輝き続けていた。
まるで、この世界の終わりを祝福するかのように。
海斗は由奈の手を強く握る。
「逃げるぞ!!」
しかし、その直後。
世界が、さらに大きく揺れた――。
「海斗!」
由奈の叫び声が風にかき消される。
ゴォォォォッ!!
竜巻がさらに勢いを増し、辺りの木々や街灯、自動販売機までもが宙へ舞い上がっていく。
「伏せろ!」
海斗は由奈の手を引き寄せた。
その瞬間だった。
キィィン――。
強風に乗って一本の鉄筋が信じられない速さで飛んでくる。
先端は、まっすぐ由奈へ向いていた。
(間に合わない……!)
考えるより先に体が動いた。
「由奈ッ!!」
海斗は彼女を思い切り突き飛ばす。
ガァンッ!!
鈍い衝撃が頭を貫いた。視界が赤く染まる。
足元の感覚が消えていく。
「海斗!!」
由奈の泣き叫ぶ声だけが、遠くから聞こえた。
そして、世界は暗闇に包まれた。
「……うっ。」
どれほど時間が経ったのだろう。海斗はゆっくりと目を開けた。
頭が割れるように痛い。
「ここは……。」
体を起こすと、すぐ隣には由奈が座っていた。
「海斗!」
目を覚ましたことに気づいた由奈は、涙を浮かべながら駆け寄る。
「よかった……本当に……。」
「由奈……無事だったんだ。」
海斗は安堵の息を漏らした。
「海斗が助けてくれたから……。」
由奈は震える声で言う。
海斗はゆっくりと立ち上がり、辺りを見渡した。
「……え?」
言葉を失った。
さっきまでビルが並び、人であふれていた街。
その景色は、どこにもなかった。
建物は跡形もなく消え、地面は土と瓦礫だけが広がる荒野になっている。
道路は裂け、電柱は倒れ、信号機は折れ曲がっていた。
そして——。
「誰も……いない。」
耳が痛くなるほど静かだった。
人の声も、車の音も、救急車のサイレンすら聞こえない。
風だけが瓦礫の間を吹き抜け、砂埃を舞い上げていた。
「どうなってるんだ……。」
海斗は震える拳を握り締める。
「家……。」
その一言を口にすると、海斗は走り出した。
「海斗!」
由奈も必死に後を追う。
二人は瓦礫だらけの道を走り続けた。
見慣れたはずの景色は、どこにもない。
目印だったコンビニも、公園も、橋も、すべて崩れ去っていた。
それでも海斗は止まらない。
(無事でいてくれ……。)
(父さん……母さん……。)
(お願いだ……。)
何度も心の中で祈りながら走り続ける。
そして、ようやく家があった場所へたどり着いた。
「そんな……。」
そこに家はなかった。
残っていたのは、押し潰された木材やコンクリートの破片だけ。
「父さん!」
返事はない。
「母さん!」
静寂だけが返ってくる。海斗は夢中で瓦礫をどけ始めた。
手が切れようが、爪が割れようが構わない。
「頼む……!」
「返事をしてくれ!」
必死に掘り続ける。
やがて、瓦礫の下から人の手が見えた。
「……!」
海斗は震える手で周りをどかしていく。
そこには、動かなくなった両親の姿があった。
「……っ。」
声が出ない。
現実を受け入れられなかった。
肩を揺すっても、何度名前を呼んでも、二人が目を開けることはなかった。
「なんでだよ……。」
膝から力が抜ける。
「なんで……!」
涙が止まらなかった。
勉強も、知識も、人よりずっとあった。
それなのに。
「家族一人……守れなかった……。」
海斗は崩れ落ち、瓦礫の上で声を上げて泣いた。
由奈は何も言えず、その背中を静かに見つめることしかできなかった。
崩壊した世界には、海斗の慟哭だけが響いていた。




