8 次は勝つから
「誉、もう大丈夫なのか?」
登校するなり声をかけてきた直輝は、心配そうに眉を曇らせた。快活な友人には似合わない表情に意表を衝かれて、誉は「ああ」と返事をする。前日の無断欠席は、担任教師の配慮で病欠扱いになっていた。
「ん、確かに元気そうだな。こっちは誉がいない間に、噂話で持ちきりでさ」
「隣のクラスの、風早さんのこと?」
「知ってたのか。退学って本当かな」
「義務教育の中学校を、退学になるわけない」
「そりゃそうか。でも、転校はマジらしいぜ。……あ、噂をすれば」
直輝は、すぐ隣の窓を指さした。誉もグラウンドに目を凝らして、品の良い服装の女性とともに校門を目指す少女を見つけた。
風に靡く髪からはインナーカラーが消えていて、艶やかな黒一色に戻っている。汐璃は、新しい場所で生きる覚悟を決めたのだ。隣の女性が『ひばり伯母さん』だろう。
校舎を振り返った汐璃と、一瞬だけ目が合った。だが、それだけだ。今日を最後に着なくなるセーラー服の襟を翻して、汐璃はこの町を去っていく。
きっと、これでいい。次に会うのは、約束を果たす時だろう。誉も視線を窓から剥がすと、通学鞄から取り出した物を直輝に見せた。
「スマホ、買ってもらえたんだ」
「まじかよ、やったな! これからは連絡を取りやすくなるな。誉、ちょっとスマホ貸して。俺のアカウントを教えるから」
表情を明るくした直輝は、慣れた手つきでメッセージアプリのフレンド登録を済ませてくれた。家族以外の連絡先が増えただけで、世界が少し拡張された気がした。
「直輝。これからも、塾でもよろしく」
「なんだよ、改まって」
「あと、いろいろごめん」
「? どういうごめん?」
「次の模試は、僕が勝つから」
直輝は、きょとんとしてから、笑い出した。「俺も負けねえからな!」と宣戦布告されたので、誉も負けじと笑ってやった。




