表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セーラー服とピンヒール  作者: 一初ゆずこ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/9

6 今は、まだ

 明け方に、すたれた灯台を見つけた。いたんだ扉は簡単に開き、螺旋らせん階段を収めた吹き抜けの空間に倒れ込み、気づけば天井の闇から陽光が白々としていた。隣でガウンコートにくるまって眠る汐璃の顔が、思いのほか近くてどきりとする。ね起きると、身体の節々《ふしぶし》が痛かった。汐璃もまぶたを開くと「今、何時?」と再び訊いてくる。

「十時半」

「お腹()いたね」

 立ち上がりかけた汐璃は、ラブホテルで財布を返したときのように、よろけた。脱げたピンヒールが転がって、誉はいまさら気づく。合わない靴をき続けた汐璃の素足は、眼鏡を外した瞳でも見分けられるほど、靴擦くつずれで血が出ていた。

「何か買ってくる。汐璃は待ってて」

 すぐ近くに、ハンバーガーショップがあったはずだ。灯台を出ると、んだ水色の空のまぶしさが目をいた。ねた髪を潮風に遊ばせた誉は、目的地の前で立ちすくむ。

 白い屋根の小さな店は、どうやら個人経営のようだ。立て看板のメニューには、一人分を買うにもワンコインでは足りない額が書かれている。客層も、所作しょさ洗練せんれんされた大人ばかりだ。

 レジで、夫婦と思しき男女の店員に「照り焼きバーガー二つ、烏龍ウーロン茶二つ」と告げると、目を軽くみはられた。誉のコートは砂で汚れていて、セーラー服とピンヒール姿の汐璃のように、大人の居場所から浮いていた。財布の残金や、不透明な未来に思いをせると、ふっと肩の力が抜けた。背伸びをしても埋められない隔絶感かくぜつかんが、無理やり続けた逃避行とうひこうの終わりを教えてくれた。誉と汐璃は、逃げられない。今日のところは、まだ。

 灯台に戻る途中で、波止場はとばに座った汐璃を見つけた。海面に足を投げ出して、こちらを振り向くと薄く笑った。誉も、隣に腰かけた。

「ん」

「ありがと」

 ハンバーガーの包みを開くと、ほんのりと湯気が立ち上った。冬の寒さで急速にうばわれていく熱をつなぎ止めるようにかじりつくと、口内に柔らかいバンズが吸いついた。水分を取っていなかった身体に、パテの肉汁にくじゅうの力強さとソースの甘辛さが染み渡る。日差しも、やけに目にみた。マヨネーズが馴染なじんだレタスを咀嚼そしゃくしていると、汐璃が「あはは」と乾いた声で笑い出した。横目に見ると、まだ一口も食べていない。

「これから、どうなるんだろう。ひばり伯母さんは、あたしが邪魔じゃないかな。お母さんとあいつ、追いかけてこないかな」

「汐璃」

「怖いよ。誉」

 汐璃が、誉を振り向いた。はじけた真珠のネックレスのように散る涙が、陽光を照り返す海に吸い込まれる。血だらけの素足すあしは、ピンヒールが片方なくなっていた。

「もう、死にたい」

「……伯母さんを、信じよう」

 無責任で、他力本願たりきほんがんな台詞だ。だが、大人から逃げるために、大人を信じて頼ることしか、今の誉たちにはできないのだ。

 小さく嗚咽おえつした汐璃は、ハンバーガーを食べ始めた。泣き止むまでそばにいることなら、今の誉にもできる。そう考えを改めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ