3 再び、ラブホテルにて
一時間後、誉たちは問題のホテルまで戻ってきた。
一刻も早く財布を始末するためだ。あの中年の男に見られては困るので、汐璃は離れた場所で待機させた。あとは、誉が落とし物を装って届けるだけだ。警察に届けると汐璃の『遊び』が露見するので、この方法を取るしかない。
だが、ブラウンの薄明りが灯るフロントを自動ドア越しに眺めたまま、誉はなかなか動けなかった。午前零時が迫る夜中に、中学二年生がラブホテルにいるという状況の気まずさと戦っていると、ふっと甘い匂いが近づいてきた。
「あたしが行く」
「あ……いや、でも」
「おじさんはいないし、制服を誤魔化せるあたしのほうがいいよ」
汐璃は、口角を妖艶に上げた。色つきのリップを引き直したのか、整った笑みに大人の凄みが宿り、気圧される。ガウンコートの前を合わせて制服を隠した汐璃は、ピンヒールをこつこつと鳴らして自動ドアを通過して、フロントの女性スタッフに財布を渡した。二人の声が、かろうじて聞こえてくる。
「すみません。そこで拾ったんです」
「わざわざありがとうございます」
スタッフが、財布を受け取った。誉は、胸をなでおろす。汐璃も、気が緩んだに違いない。出口に向かう途中で、事件は起きた。――ピンヒールの爪先を、タイル張りの床の凹凸に引っかけて、転んだのだ。
水を打ったような静寂が、フロントに流れる。誉たちが対峙する大人は、子どもの失態を見逃さなかった。猜疑の声が、冷たく響く。
「あなた、未成年よね」
汐璃が、ひゅっと息を吸い込んだ。演技の仮面が落ちると同時に、スタッフの手が電話の子機に伸びる。誉は、思わず叫んでいた。
「汐璃!」
手放されていた自我の光が、さっと汐璃の瞳に蘇る。呼び止める大人の声を無視した誉は、制服姿をさらしてフロントに飛び込むと、汐璃の腕を掴んで立ち上がらせて、脱兎のごとく逃げ出した。
「だから、僕が行くって言ったのにっ」
「いつもは年齢確認なんて、されないもん! おじさんと二人のときは、訊かれないのに!」
ぞっと肌が粟立った。おじさんと二人という台詞に、激しい嫌悪感を掻き立てられた。日付は、とうに変わっていた。




