2 優等生と問題児
「君、すごく冷静だよね。びっくりしちゃった」
汐璃に讃えられた誉は、鼻白む。雑踏に紛れて難を逃れた二人は、先ほどの繁華街よりは治安がいくらかマシな飲食店街に流れ着き、学生御用達のハンバーガーチェーン店に来たところだ。お礼にシェイクを奢るという汐璃に押し切られたのだ。注文前に席を確保すべく二階に行き、異様に目立つ連れの姿を隠すように、円形のソファに囲われたテーブル席に陣取る。
セーラー服を覆うガウンコートは、生地の滑らかさが一目で分かり、素足に履いたピンヒールも、足のサイズが合っていない。大人の靴で危うげに走る汐璃が無事でよかったが、修羅場を切り抜けた反動か、今になって心臓が忙しく鼓動を打ち始めた。
「ねえ、あたしのことを知ってた?」
「……クラスが隣だから」
「ふうん。じゃあ、改めて自己紹介ね。二組の風早汐璃。君は?」
汐璃の笑みは華やかで、噂通りの美少女だ。黒髪に奇抜さを添えたオレンジは、ほんのりとピンクがかっている。
「一組の如月誉」
「あ、知ってる。頭がいい人でしょ?」
店内の照明と同じくらいに明るい声が、胸の痛みを思い出させた。汐璃は、ソファに置いた通学鞄から、黒い革の財布を取り出した。
「どうして、あいつが追ってこないって分かったの?」
「疚しいことをしてる人間が、外に出られるわけがないから」
「疚しいことって、何?」
誉は口ごもり、汐璃はにやにやと笑っている。「あたし馬鹿だから、説明してくれないと分かんないよ」という卑屈で卑劣な台詞が癇に障った。つまらない恥じらいと張り合うように、誉は躊躇いを排して答えた。
「援助交際に関わったオッサンが、十四歳を外まで追いかけられるわけがない。違う?」
「違うよ」
あっさり否定されて、ほっとした。だが、続いた台詞に驚愕した。
「あたしがしたのは、援助交際ごっこ」
「……ごっこ?」
「『遊び』を持ちかけられたらゲーム開始。相手がシャワーを浴びてる間に、財布を持ち出せたら勝ち。逃げられなかったら負け。あたし、まだ負けたことがないんだよ」
「あ、遊びって……!」
「この上着は、あたしたちが外で怪しまれないように、お金持ちの相手が買った貢ぎ物。今日は危なかったなー。靴を隠されたし、お風呂から急に戻ってきたんだもん。仕方ないから、上着と一緒に買ってもらったこれを履いたの。どう? 可愛い?」
汐璃は、その場でくるりと回って見せた。剥き出しのふくらはぎの眩しさが、武勇伝のように語られた犯罪の信憑性を高めている。汐璃は「買ってくるね」と言って一階に行きかけたが、衝撃から立ち返った誉は「待った」と呼び止めた。
「その財布、見せて」
「いいよ」
財布を受け取り、おそるおそる中身を見た。さっきタオルで股間を隠していた男の顔写真がばっちり入った運転免許証と、クレジットカードが出てきた。激しい眩暈に襲われて、片手で顔を覆った。
「オッサンから盗った金で、シェイクを買おうとしてたのか?」
「人聞きの悪いことを言わないでよ。あたしにプレゼントされるはずだったんだから、あたしのものだよ」
「そういう言い訳を、詭弁って言うんだ」
「誉って、難しい言葉を知ってるんだね」
名前の呼び捨てに、面食らった。「あたしのことも、汐璃でいいよ」と軽い調子で言われたが、女子を名前で呼んだことなんて一度もない。呼べない名前なんて、ないも同じだ。怒ればいいのか嘆けばいいのか、一つに絞れない感情を、溜息と一緒に吐き出した。




