第8話 断罪の舞台
審理の場へ向かう廊下は、夜明け前の静けさに沈み、足音だけがやけに響いた。
少し前を歩くリオナはまっすぐ、迷いなく進んでいく。
「殿下。中では挑発はなさらないでください」
「分かっている。余計なことは言わない」
扉の前に衛兵が並び、教会の法衣も混じっている。宮廷だけの裁きではない。
扉が開いた。
半円形の席、前方の評議席、奥には紋章の垂れ幕。灯りは白く、影が薄く見える。
床の文様にも目が止まる。礼拝堂ほど露骨ではないが、結界の一部だろう。
「第三皇子殿下、入廷」
名を呼ばれ、視線が集まる。拍手もざわめきもない。見られるばかりで息が詰まる。
俺は中央へ進み、リオナが半歩後ろについた。監視の距離だが、突き放す気配はない。
評議席の中央、その長椅子に座る男が口を開いた。宰相の代理だという。
「レオンハルト殿下。祝宴での毒杯事件、ならびに王女殿下の発作について確認させていただく」
「……確認というなら、聞こう」
「まずは証言を」
証人が呼ばれる。侍女、給仕、近衛の補佐。言葉は揃っていた。
杯に触れたのは俺。乾杯の直前に俺が動き、その直後に王女が倒れた。
出来すぎている。
俺は控えの列へ視線を流した。
端正な顔。柔らかな笑み。侍従官――クロード。
目が合うと、彼はわずかに視線を外した。見つけられたと分かっている動きだ。
リオナの肩がほんの少し動く。彼女も捉えた。
「次に物証を示す」
侍従が盆を運び、布が払われる。
青い液体の入った小瓶が現れた。封は新しい。
「毒の残りだ。殿下の袖口から見つかったと報告がある」
通したい形が先にある。そういう空気が、最初から漂っている。
「確認させろ」
「殿下に触れさせるわけにはいかない」
「触れたと言うなら、確認は必要だろう」
評議席の男が眉を動かす。
「……近衛騎士が立ち会うなら許可する。開封は認めない」
リオナが即座に言った。
「私が確認いたします。殿下には触れさせません」
盆が近づき、リオナが小瓶を取り上げる。封の周りを確かめた指先が一瞬止まった。
「封が新しい。祝宴の直後に回収した物とは思えません」
「証言は一致している」
「証言は揃えられます」
言い切ってから、リオナが一度息を整える。押し込みすぎないための間だ。
俺は続けて問う。
「回収したのは誰だ」
「給仕長だ」
「呼べ」
中年の男が出てくる。額に汗。視線もどこか落ち着かない。
「お前が回収したのか」
「……は、はい」
「どこで回収した」
「殿下の……ええと……」
詰まる。横目で、クロードの口元がわずかに動いた。合図だろう。
給仕長が慌てて言い直す。
「廊下で……拾いました」
「廊下?」
「乾杯の直後です」
「乾杯の直後に、廊下で拾ったのか」
給仕長の言葉が絡み、次が出ない。評議席の男が給仕長を見る。
給仕長は目を泳がせ、逃げ道を探す。
クロードが半歩下がった。逃げる気だ。
逃がせば、盤面はまた固め直される。
俺は影へ意識を落とした。薄く削られている。それでも足元の影が消えたわけではない。
床の結界に引っかからない範囲で、糸のように細く伸ばす。
クロードの靴元の影へ、そっと絡めた。引かない。躓く一瞬だけ遅らせる。
クロードが身を翻した瞬間、足がもつれた。倒れはしないが体勢が崩れる。
リオナが言った。
「そこの侍従官。止まりなさい」
クロードが止まる。視線が一斉に集まった。
「何のことでしょう、近衛騎士殿」
「動きが不自然です」
クロードは笑みを作ろうとしたが、遅い。目が一瞬だけ揺れた。
「クロード。あなたは祝宴の席にいましたね」
名が出た瞬間、空気が変わる。
評議席の男が身を乗り出す。
「近衛騎士、その者を知っているのか」
「祝宴の場で、殿下の周囲にいた者です。確認させてください」
クロードがさらに一歩退いた。逃げる。
リオナが衛兵に命じる。
「拘束してください。抵抗するようなら、必要な範囲で制止を」
衛兵が動く。
クロードは口を開きかけ――その時、扉が荒く開いた。
伝令が駆け込む。
「王女殿下が再び発作を起こしました! 結界が揺れています!」
場がざわつく。評議席の男が顔をしかめる。
クロードは小さく息を吐き、安堵の表情を浮かべた。これが次の手だったのだろう。
リオナが俺を見る。王女を優先すべきか、審理を続けるべきか。
俺は短く言った。
「行く」
「殿下。ここを動けば――」
「ここで止められるなら止めればいい。止めないなら、王女を優先する」
評議席の男が声を荒げる。
「待て! 殿下は――」
俺は構わず背を向けた。
ここで足を止めれば、王女の容体を理由に罪だけが押しつけられる。
走る。影は薄く、床に削られる。
それでも、使える分は残っている。
発作は起こされた。なら止める。止めたうえで、次は掴む。
背後でクロードが叫ぶ。
「勝手なことを……!」
焦りの滲んだ声だった。
……いい。焦れ。焦った顔は、隠しきれない。
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